第五十七話 異世界からの客人
第五十七話 異世界からの客人
瑠花と学校をサボっている最中に、牛尾さんに呼び出された。しかも、瑠花も一緒に連れてこいという。私の返事も聞かずに、あっという間に決まってしまった。いつもながらの強引さだ。おそらく、真面目に登校していたとしても、強制的に呼び出されていたことだろう。
「しっかし、うちまで来いなんて、どんな用事やろな~!」
「来てから話すってさ」
ぶつくさ言いながら横を歩く瑠花を、ぼんやりと眺めた。何気なく、私の手が瑠花に伸びてしまう。
「何や……?」
「温かいね。一度黄色のピアスの力で存命しているなんて、嘘みたい」
「アホか……」
私がキメラによって、パソコンの中に閉じ込められていた時に、瑠花はストーカーによって、命を脅かされていたのだ。そのまま命を失ってもおかしくないほどの大怪我を負ったそうだが、偶然通りがかったキメラからもたらされた黄色のピアスの力によって、奇跡的に命を取り留めたそうだ。
「うちの体がまだ温かいのは、それだけキメラの力がすごいっちゅうことやないの?」
悔しいけど、それは認める。そして、そのおかげで、瑠花は助かったのだ。今までは、キメラのことを憎む一方だったのだが、こうなると、もうどう感情を整理したものか、分からなくなってくる。特撮物の悪役みたいに、ただぶっ倒せばいいだけなら気が楽なのに、上手くいかないものだわ。
「なあなあ。そのことで質問なんやけど、これから真白の知り合いに会いに行くやんか」
「うん。ちょっと変人だけどね」
「うちの黄色のピアスが取り上げられる可能性はあるかな?」
「それはないと思うけど……」
絶対ないとも言い切れないけど、万が一の場合は、私が全力で止めるつもりだ。
だって、そうでしょ? 黄色のピアスを取りあげられたら、瑠花は消滅してしまうのよ。それが分かっていて、見過ごすわけがないわ。
「ほら、着いたわ。ここが目的地よ」
久しぶりに来るけど、目の前にすると、やっぱりでかいわ。壮観っていうのかしら? 横で瑠花も目と口を両方あんぐりと全開にしちゃっているわ。
「え!? 『神様フィールド』を開発しているのって、このビルなのか! めっちゃでかいやん!!」
「大きな声を出すな。ここで開発しているのは、周りには秘密になっているんだから」
静かにするように、瑠花を戒めたが、興奮状態にある彼女には効果がなかった。ほとんど暴走機関車のように、瑠花はビルの周りを勝手に見物し始めて、終いには花壇まで興味深げに見ていた。
このまま好きにさせていたら、警備員のおじさんに叱られてしまうので、瑠花を強引に引っ張って、ビルの内部へと足を踏み入れた。
「うお! 何かめちゃくちゃ広いロビーやな」
「だから静かにしろって……」
瑠花のせいで、さっきから人の目が気になって仕方がないのだ。手早く受付を済ませて、エレベーターに逃げ込もうと思っていると、サングラスをかけた屈強な体格のおじさんが私たちに近付いてきた。
騒ぎ過ぎたからつまみ出されるかと思っていたら、私たちを案内するように、牛尾さんから指示を受けているのだという。
「おお! 案内係までおるとは、なんちゅう親切な知り合いなんや!」
瑠花は無邪気に感激していたが、単に寄り道をさせないで、とっとと自分の元に連行させるつもりなのだろうと、邪推してしまった。
私の懸念をよそに、瑠花の暴走は収まるところを知らない。
「おお! 外から見て巨大やと思っていたけど、このビル、百階以上あるで。すごい、すごい!!」
「お二方には、地下五十階の研究スペースへと移動していただきます」
「地下五十階か。秘密の匂いがプンプンするなあ。気分は悪の秘密結社や」
いやいや、悪じゃ、正義の味方に成敗されちゃうでしょ。確かに、牛尾さんには悪の女性幹部のコスプレとか似合いそうだけど。
「やっぱり儲かってるんやな~!」
否定はしない。実際、『神様フィールド』はなんだかんだ言って、莫大な利益を上げているのは、誰の目にも明らかだ。そうでなければ、これだけ豪勢なビルを建てることは出来まい。
それにしても、気のせいだろうか。さっきから瑠花の目が¥マークになっている。自分を売り込む気満々なのが、聞くまでもなく分かる。
エレベーターが五十階に到達して、ドアが開くと、地下深くとは思えないくらい、明るい廊下が目に入ってきた。
「これだけ明るいと、地下って感じがしないわね」
「衣食住を始めとした、日常生活を送る上で必要な設備が全て揃っていますからね。この光も、太陽の光を意識して、特別に開発されたものです。長い間、外に出なくても、何の不自由もなく、籠もることが可能になっています」
さっきからすれ違う人たちはどれも、見かけからして、バリバリの理系だ。一体何人くらい、外に出ない生活を送っているのかしらね。
興味津々で研究室が並ぶ廊下を歩いていると、向こうから牛尾さんの叫ぶ声が聞こえてきた。
「おい! あまりうろちょろするなと言っているだろう。聞いていないのか!?」
なんか揉めている様子だ。元々叫ぶことが多い人なのだが、明らかに取り込み中と思われた。
話の内容から推測すると、誰かを追いかけているようにも聞こえる。しかも、こっちに向かってきているようだ。
間を空けることなく、中世のドレスを着た私たちと同じくらいの女性が、こちらに向かってきた。
「何か……。この場所に似つかわしくないやつがおるで……」
意表を突いた人物の登場に、さっきまではしゃいでいた瑠花ですら、呆然としてしまっていた。というか、前からやってくる人物と、以前に会ったことがある。
「ひょっとして……、ティアラ!?」
小夜ちゃんのお兄さんが引きこもっている世界で会った、お姫様のティアラだった。どうしてここにいるのだろうか?
「ティアラ。私を覚えている? 昨日、会ったばかりだよね?」
ティアラに詰め寄るが、彼女は私をきょとんとした目で、見つめている。私が誰なのか気付いていないようだ。
「あのう……、あなたは?」
そうか。前回会った時は、百木真白の姿だった。それに対し、今は月島水無月の姿。何も知らない人間にしたら、全くの別人だ。分からないのも無理はない。
そういうことなら、仕方がない。違いを説明しようとしていると、ティアラを追いかけて、牛尾さんがやってきた。
「はあ、はあ……。やっと追いついた……。ちょこまかと逃げやがって……」
日頃の運動不足が出てしまったのか、話をするのもつらいくらいに息が乱れていた。それと同じくらいに、着衣も乱れて、胸元がこぼれそうになってしまっている。
「う、牛尾さん。ふ、服を整えてください……」
顔を赤らめながら、サングラスのお兄さんが牛尾さんに服を整えるように促した。荒事には強そうなのに、色恋沙汰には免疫がないのが丸分かりだ。いじらしいほどに、狼狽してしまっている。
「ああ、済まない。年甲斐もなく、慌ててしまったよ……」
服装を整えながら、軽く謝罪したが、サングラスのお兄さんは視線を外したままだ。この人、色仕掛けで押したら、ちょろいかもしれない。
さて、牛尾さんの服装の乱れも整ったところで、現状について問いただすことにした。
「牛尾さん。これはどういうことですか!?」
これとは、無論ティアラのことだ。
「街中をうろついているところを私たちが保護したんだ。何でも、騙されて、この世界に連れてこられたらしい」
ドレス姿で現実世界を歩いていたのか……。さぞかし浮いていただろうな。いや、でも、東京の大都市では、時々ゴスロリ姿の少女が歩いているのを見るし、コスプレの類と思われているかも……。
というか、騙されて連れてこられたって……。
「ティアラを連れてきたのって、やっぱりキメラの手下ですか?」
「だろうな。姫様の話では、昨日も城に来た男って言っていたしな。それについて、確認したくて、お前を呼んだんだ」
「そういうことですか。間違いないですよ。詳しく聞くまでもなく、そいつ、キメラの手下です。名前は御楽って言います」
私はやつについて知っていることを洗いざらい話した。牛尾さんは感心したようにため息をつきながら、話に耳を傾けていた。
「それで? その御楽はどこに行ったんですか? 私としては、ここに幽閉している展開が望みなんですけど」
「いやあ、それがな……」
申し訳なさそうに、牛尾さんが頭をかいた。あ、捕り逃したなと思っていると、ティアラが代わりに説明してくれた。
「分かりません。私をこの世界に連れて来たら、どこかに行ってしまいました」
爆弾だけ作動させて、自分は雲隠れか。やってくれるじゃない。
昨日会った時に見せた、人を馬鹿にしたようなやつの笑顔を思い出して、握りこぶしに力を込めた。
今回はどうにか17時に間に合いました。やれやれ……。