第五十六話 ガール ミーツ デス
第五十六話 ガール ミーツ デス
ただ今、瑠花と学校をサボって、デートの真っ最中。手始めに映画を観た後、街中をぶらりと散歩。お腹が空いてきたので、ハンバーガーショップでランチという、なかなかの不良ライフをエンジョイしていた。
「いやあ~! 学校をサボるっちゅうのもいいもんやな。癖になりそうや」
本当にやらないだろうなと思いつつ、私はハンバーガーをのどに流し込んだ。
「うちに比べて、真白はつまらなそうやな。人を誘っておいて、その態度は何やねん」
私の態度が不満なのか、瑠花が唇を尖らせる。でも、瑠花の言う通りね。だからといって、テンションが上がりそうにもないんだけど。
「なあ、今日うちを誘った理由、そろそろ話してくれてもええんとちゃうのか?」
「……」
ストローに息を吹きかけながら、瑠花の話に耳を傾けていた。ストローから逆噴射された私の息が、ジュースの海にゴポゴポと波紋を立てた。
そうね。話すのが嫌だからといって、先延ばしにしても、何も変わらないんだし、それなら始めてしまいましょうか。
「昨日、キメラと会ったよ……」
それまで私を励ましてくれていた瑠花の笑顔に、一瞬だけ亀裂が入った。
「そうか。会ったんか……」
すぐに笑顔に戻ったが、動揺しているのは間違いない。
「実は、瑠花と私の他にも、黄色のピアスを持っているやつがいたんだけど、そいつね。キメラの手下から、黄色のピアスを没収された途端、消滅しちゃったんだって……」
「あ、私のジュースが底をついてもうた」
私の話を半ば強引に打ち切って、瑠花が代わりのジュースを取ってくるために、席を立った。上手く取り繕ったつもりだろうが、私の眼は誤魔化されない。私がしていた話を瑠花が避けているのが手に取るように分かったのだ。
すぐに戻ってきた瑠花は、申し訳なさそうに笑いながら、ペコペコと頭を下げてきた。
「あはは。堪忍な。大事な話を途中で切ってもうて。悪いと思って反省しとるから、そんな怖い顔で睨まんといてな」
そんなことで腹を立てる気はない。私が怖い顔をしている理由は別にある。
「瑠花ってさ。この話になると、決まってはぐらかすよね。それって、私に話したくないことを隠しているってことだよね」
「そんな。隠してなんか……」
ここで「隠してないなら、じゃあ話して」というほど、私は子供ではない。でも、だからといって、きれいに身を引くようなこともする気はない。
「もしかしてさ。瑠花から黄色のピアスを取りあげたら、同じように消滅したりするの?」
「……」
アーミーが消滅したという知らせを聞いてから、ずっと気になっていたことだ。確信というより、不安といった方が正しいが、どうしても瑠花本人に確認して、安心しておきたかったのだ。
「そんなわけないやん」と一笑に付される展開を望んでいたが、瑠花の顔は見る見る泣きそうになっていく。
ちょっと、そんな顔は止めてよ。早くいつもの笑顔で、私をからかってよ。
すがるような気持ちで願ったが、瑠花は私を地獄に突き落とす一言を話した。
「そうか。バレてもうたか……」
衝撃の余り、脱力してしまう。椅子に座っていなかったら、その場に崩れ落ちていた頃だろう。
「う、嘘……」
「嘘ちゃうで。事実や。うちの命、この黄色のピアスが支えてくれとんのや」
え? 何を言っているのか、分からないな。黄色のピアスが命を支えてくれているって、それは異世界での命でしょ? 何を中二病なことを言っているのよ。
「この際だから、言うけどな。うち、本当なら、もう死んどるんや」
「何を言っているの? あなた、ずっとピンピンしていたじゃない。死にそうな素振りも見せなかったじゃない」
興奮のあまり、男の言葉を使うのを忘れていたが、そんなことを機にしている場合ではない。
「真白が体を失って、うちらの前から姿を消しとった時があったやろ? その時に死にかけてん」
私がパソコンの画面の中に幽閉されている時か。あの時に、瑠花の身にまで危険が迫っていたなんて。
「何で死にかけたの? キメラたちに殺されかけたの!?」
「ちゃう。ストーカーや。前からうちのことを陰から見とったやつがおってな。そいつとの交際を拒否したら、いきなり刺されたんや」
駄目だ。興奮のせいで、頭がグラグラする。それでも、瑠花の言葉だけは、頭に無理やり入ってくる。もう、本当に、勘弁してほしい……。
「出血多量で死にかけていたところを、真白の姿をしたキメラに助けられたんや。その時に、薄れゆく意識の中で渡されたのが、こいつや」
瑠花が黄色のピアスを取りだして、自慢げに私に見せてくれた。
「真白は、キメラのことをいろいろ悪く言っとるけどな。うちのとっては命の恩人なんや」
キメラ。私にとっては、怨敵以外の何者でもないあいつが瑠花の恩人……。
「悪い。一気に話し過ぎたみたいやな……」
「いいよ……。分割して話したところで、衝撃は変わらなかっただろうし、それなら一気に話してくれた方が一度で済んでくれて助かる……」
返事はしたものの、体力が尽きたみたいにぐったりしてしまった。心配した瑠花が水を持ってきてくれた。
「ちなみに、そのストーカーは?」
「キメラと一緒におったパーカーを被った女性が、ボコボコにしてくれたわ。ピクリとも動かなかったから、もしかしたら死んだかもしれんな」
瑠花を刺した憎いやつだ。生きていても、私がぶちのめす。とりあえず、ざま見ろと、何の助けにもならない言葉を呟いた。
それにしても、パーカーを被った女性か。昨日キメラと会った時にはいなかったな。あの場にいなかった、残り二名のどれかなのだろう。
「どうしてすぐに話してくれなかったの?」
「言うたやろ。心の準備が必要やて。自分が死んどるなんて、そんな気軽に話せへんわ」
「そっか……。それもそうだね」
大きく息を吐いて、瑠花の持ってきてくれた水を飲んだ。
何と言ったものかな。死ななくて良かったねとでも、言えば良いのかな?
「少し合わない内に、お互い大変な目に遭っていたんだね」
「そうやな……」
しばらく二人で黙り込んでしまう。お互いに何を話せばいいのか、分からなくなっていたんだと思う。
「ごめんな。こんなこと、本当は言いたくなかったんや」
「いいよ。無理にお願いしたのは私なんだから」
ポツリと会話をした後、また無言。瑠花との関係が破綻になることはなかったものの、これからどうしよう。
「電話、なっとるで……」
沈黙を破るように、私の携帯が鳴りだした。こんな時に似つかわしくない、妙に軽快な着信音がやたら癪に障る。
苛立ちながら、携帯の画面を見ると、牛尾さんからだった。……駄目だ。彼女からなら無視できない。他のやつなら、無視できるのだが、月島さんと牛尾さんだけは話は別だ。どんなことがあろうとも、出ない訳にはいかない。
今電話には出られないことだけでも伝えようと、通話のボタンを押した。電話に出ると、すぐに牛尾さんの声が耳に入ってくる。
「すいません。今、込み入った話の最中なんです。後でも大丈夫ですか」
「駄目だ。緊急の用事があってな。電話じゃ何だ。直接見せたいものがあるから、私のところに大至急来てくれ」
都合が悪いと言っているのに、有無を言わせない強引なものだ。しかも、自分のところに来いですって? こっちは学校サボってまで、親友と話し込んでいるっていうのに。
「迎えの席に座っているそいつも、キーパーだったな。ついでに連れてきてくれ」
「それって、瑠花のこと? ていうか、どうしてそんなことまで分かるんですか? まさか盗聴?」
この状況を見ていない限り話せないことだ。確認を取るまでもなく、カメラか何かで、私たちのことを見ている。
「細かいことを気にするな。じゃあ、すぐに来るんだぞ!」
用件だけ言うと、一方的に切られてしまった。毎度ながら強引な性格だ。
「今の電話、誰から?」
通話の切れた携帯を眺めながら、唖然としている私を不思議に思ったのか、瑠花が効いてきた。その顔を見ると、自分には関係がないと思っているのがよく分かる。でも、残念。あなたにも関係がある、強引な電話だったのよ。
「……知り合いのゲーム開発スタッフ」
本人の話では、警察関連の仕事もしているらしいが、開発スタッフということでいいや。どうせ、話というのも、『神様フィールド』絡みだろうし。
二話連続で更新の時間が遅くなっています。次回はいつも通り17時に更新したいですね。