第五十四話 敗北が降り注ぐ……
第五十四話 敗北が降り注ぐ……
キメラとの決闘は、終始私が弄ばれるだけの展開になっていた。
特殊能力無制限の中、手持ちの能力を片っ端からぶつけていったが、キメラには蚊に刺された程度のダメージすら与えることが出来なかった。
「能力の無限使用を許しただけあって、ふざけたことをしてくれるじゃない……」
「ははは! 好きなように言ってくれて構わないよ。実際にふざけた真似をしているという自覚はあるからね」
罵倒していいとのことだったが、そんなことをしたところで状況が改善する訳ではないので、挑発には乗らないことにした。
どんなに殴りつけても、威力をゼロにされてしまうのでは意味がない。こいつをボコボコにするのは諦めるか……。
でも、勝負まで諦めた訳じゃないわよ!
私はキメラの背を向けて駆け出すと、そのままヘリポートの柵を飛び越えて、階下に向かって身を投げた。
「!? いきなり飛び降りたぞ!」
御楽が驚いて声を上げるが、哀藤は落ち着いて、現状を分析した。
「賢明ですね。力で勝てないのなら、戦い方を切り替えたんです。もう決闘開始から五分経っていますからね。あと五分、黄色のピアスを奪還されなければ、彼女の勝ちです」
黄色のピアスを付けているおかげで、物理ダメージ無効はまだ生きている。落ちても、衝撃を受けることはないだろう。
「奪還できなければね」
付け足すように、キメラが呟いた。そんなことは無駄だとでも、言いたそうに。
次の瞬間、キメラは指をパチンと鳴らした。すると、それまで落下を続けていた私の体が上空に向かって浮き始めたのだ。
「やあ、また会ったね」
「私は会いたくなかったけどね」
結局、私は元いたヘリポートへと戻されてしまった。ああ、そうか。キメラなら、この程度の奇跡はお手の物か。
戦っても駄目、逃げても駄目。本当にどうしたものかしらね。会話をしながら、タイムアップでも狙ってみようかしら。無駄に終わりそうだけど。
そう思っていたら、私の手から黄色のピアスが意志を持ったかのように浮き上がって、キメラの手元へ吸い寄せられるように移動していった。
「なるほど。いつでもそうやって自分の手元にヨーヨーみたいに戻したわけね」
「そう。その状態で、君との決闘ごっこを楽しんでいたんだ。感想はどうかな?」
感想? 最悪よ。改めて、あんたをぶちのめしたくなったわ。
「だから、言ったんだよ。無駄だって」
横で御楽が話しているのが聞こえてきて、私の不機嫌に拍車がかかった。
「そんなに怖い顔をするなよ。もし、君が僕の想像を上回る行動を見せてくれて、決闘に勝利した場合は、本当に約束を守るつもりだったんだから。まあ、やり方はともあれ、黄色のピアスは僕の手の中にある。決闘は、僕に軍配が上がったようだね」
何の気休めにもならないことを言ってくれる。結局、私の足掻きなんて、キメラの予想の範囲内だとい言いたいだけじゃない。
腹の虫が収まらないので、決闘とか関係なしに、飛びかかってやろうかと思っていると、キメラは奪還したばかりの黄色のピアスを、また私に投げてよこした。
「?」
再戦しようとでも、言うつもりかしら。不思議に思っていると、さらに意味不明なことを言ってきた。
「上げるよ。もう僕には必要ないものだしね」
「! いらないわよ」
激高して投げ返してやろうとすると、キメラが手で制してきた。
「そういうことを言うなよ。また異世界に来るために必要になるんだから」
「……私にはお父さんからもらった黄色のピアスがあるから、いらない」
そうとも。これがあれば、どの異世界にもログインできるのだ。今いる世界にだけは例外で、自由に来られないけど。
私の強がりなど、どうでも良さそうな顔で、キメラは佇んでいた。
「そうだ! せっかく来てくれたんだから、僕のとっておきを見せてあげるよ」
あまり興味はなかったが、キメラの赤い瞳が怪しく輝くのを見て、気が変わった。
「僕たちの計画もそろそろ次の段階に移る。それに合わせて導入しようと思っている新しい能力の一つなんだけどね」
次の段階? また何かやらかそうという気なの? しかも、私の体で。くそ……! このタイミングで、自分の体を取り戻せなかったのが、改めて悔やまれる。
「君が御楽と会った世界で実験的に使用しようと思っていたんだけどね。いくら神様ピアス保持者に交渉しても良い返事をくれない。だから、勝手に使うことにしたんだよ。まあ、元々は僕の作った世界だし、許可を求める必要なんてなかったんだけどね」
小夜ちゃんのお兄さんが勇者をしている世界のことを言っているのだろう。突っぱねられているところなら、私も目撃した。何を提案していたのかは不明だけど。話の内容から、次の段階とやらに関係していることは明らかだ。
訝しる私に向かって、キメラは上に注目するように求めてきた。
言われるがままに視線を上に向けると、上空からまばゆい光が射してくるのが見えた。陽の光ではない。人工の光を思わせる光だ。
「『スピアレイン』という能力でね。上空から、光の槍が降り注ぐんだ」
キメラが話している横で、隣のビルに、光の槍が何本か降り注いだ。百メートル以上はあると思われる高層ビルが、轟音を立てて崩れ落ちる。
「どうだい? なかなかの威力だろ?」
自慢するように言ってきているが、なかなかどころではない。物理ダメージ無効が約束されていない状態で、こんなのをまともに食らったら、ひとたまりもないだろう。
思わずたじろいでしまいそうになるが、慌てる必要など一切ないと、自分を落ち着ける。
今、あの光の槍が私を狙うことはない。だって、そんなことをしたら、こいつらだって巻き添えを食うもの。
「今、大丈夫とか思わなかったか?」
それまで黙っていた御楽が、私の安心を見透かしたかのように、会話に割り込んできた。
「御楽。それは僕から話すから、黙っていてくれよ」
御楽の乱入に、ちょっと気分を害したのか、文句を言ったが、すぐに気を取り直して、説明を続けてきた。
「つまりね。あの光の槍は大きさを調整することも出来るんだよ」
大きさの調整……。それはつまり巻き添えを食らわないようにしつつ、私を攻撃できるということ……。
「勘が良いね。その通りだよ……」
会話の時間は終わりを迎えていたようだ。光の槍が何本も私の体を貫く。
「……!?」
衝撃が私の体を駆け巡る。変な感じだった。自分の細胞が焼かれていくみたいな感覚だ。もちろん、実際に焼かれることなどありはしない。
だが、代わりに、左の耳に付けていた黄色のピアスが音を立てて割れていた。
「嘘……!?」
地面に破片が落ちるのを見ながら、目を大きく見開く。
「この能力はね。黄色のピアスを破壊することが出来るんだ。……ピアスを破壊されたということは、君がもうすぐ強制ログアウトになるということだ。つまり、お別れの時間だよ、百木真白ちゃん」
お別れ?
「……」
「驚きの余り、声も出ないかい? でも、黄色のピアスはもう一つ君の手にある。まだキーパーの資格はあるということさ」
何の励ましにもならないことを、キメラが話している。いいから、黙れって言っているのに。
「さようなら、真白ちゃん。また会えると良いね……」
キメラの声がやけに遠くに聞こえた。同時に、辺りの風景もぼやける。強制ログアウトが始まったのだ。
気が付くと、私は現実世界で、異世界にログインした場所に戻っていた。
ログインした時には晴れ渡っていたのに、いつの間にか雨が降っていた。傘をさしていない私に、大粒の雨が降り注ぐ。
雨の勢いは強く、私の体はすごい勢いで濡れていったが、そんなことは全然苦にならない。こんなもの、いくら浴びたところで、せいぜい風邪を引くくらいだろう。『スピアレイン』に貫かれた時の衝撃に比べたら、たいしたことはない。
「そんなところで蹲っていると、風邪を引くよ」
私に笠をかけてくれたのは、月島さんだった。
しばらく月島さんの顔をじっと見た後で、私は彼に抱きついて、泣いた。