第五十二話 不可解な命令
第五十二話 不可解な命令
紆余曲折を経て、キメラの元にたどり着いた。復讐心を抑えきれずに殴りかかる私に、キメラは決闘を提案してきた。
「何、心配しなくていい。君が負けても、特にペナルティーは科さないから。今までどおり、僕たちに復讐を続けてくれていい」
「ちょっ……! それだとこっちが一方的に不利じゃないか」
「そんなことはないさ。僕はこの世界の創造主だ。それと決闘するという時点で、真白ちゃんは圧倒的に不利なんだ。このくらいハンデにもならない。違うか?」
論破されたのか、御楽はまだ何か言いたそうな顔のまま、黙ってしまった。
「それで? 君はどうする? 決闘の申し出を受けてもらえるかな?」
「当り前じゃない」
当然、受けるに決まっている。さっきまであんなにすごんでおいて、対決を申し込まれた途端に、引きさがるなんてありえないわ。
「真白ちゃんも異論はないみたいだね。それじゃあ、場所を移そうか」
私はここでやることに全く異議はなかったのだが、返事をするより先に、キメラは御楽を従えて、部屋を出ようとしていた。
廊下に出てエレベーターを待っているときに、誰かが下から上がってくる足音がした。
「キメラ、哀藤が帰ってきたみたいだ」
「思ったより早かったな。相変わらず彼の仕事は早い」
哀藤? さっき御楽の話していたキメラにつき従う四人のキーパーの一人かしら? こいつら二人だけの時に決着をつけたかったのに、面倒くさいことになってきたわ。
やがて、一人のもの悲しそうな顔をした男が一人入ってきた。キメラを見つけると、恭しく頭を下げる。
「キメラ。頼まれていた仕事が完了しました」
「ご苦労さん」
哀藤はキメラに、黄色のピアスを一つ渡した。
「ピアスの回収も滞りなく済みました」
「ありがとう」
キメラは黄色のピアスを手に取ると、くるくる回して楽しんでいる。私はそれを何の気なしに眺めていた。
「ねえ、真白ちゃん」
黄色のピアスから視線を私に向けて話しかけてきた。自分たちの仲間以外がここにいることに、哀藤は表情をこわばらせて、次に御楽を睨んでいた。「俺じゃないよ。キメラが招待したんだよ」と、御楽は弁解していたが、元はあなたのミスから始まったことでしょうに。
「この黄色のピアス。誰のものか分かるかい?」
? いきなり問題を出してきたわね。とはいっても、私に黄色のピアスを持っている知り合いなんて、数えるくらいしかいないわよ?
アーミーでしょ。それから、瑠花……。
「……誰のだ?」
低いトーンでキメラにすごんだ。万が一、瑠花のものだったら、ここにいる全員、ただじゃおかない。
「そういきりたつなよ。これは君の親友のものじゃない。以前君と戦った連続殺人犯のものさ」
連続殺人犯。アーミーのことか。あいつなら、どうなっても構わないわ。沸騰しかけた怒りを収めることにした。
「本当は無理やり取り上げるようなことはしたくなかったんだけど、警察に捕まっちゃっただろ。僕たちのことを話されても困るからさ。彼に頼んで回収してきてもらったんだ」
回収してきた哀藤は私を難しい顔で見ている。決して歓迎はされていないようだ。命令次第では、私の黄色のピアスもすぐに回収したいように見える。
「口封じってやつさ」
「黄色のピアスだけ回収しても、あいつ本人を黙らせないと、情報の駄々漏れは防げないんじゃないの?」
皮肉をこめて言ってやったが、キメラは涼しい顔のままで答えた。
「現実世界に戻ったら、確認してみるといいよ。君のお兄さん、月島って刑事なら、詳しく知っているだろうから」
月島さんのことまで知っているとは。こいつ、どこまで私たちのことを知っているのかしら。あの月島さんが、モヤシみたいな男に後れを取るとは思えないけど、不安だわ。
「ねえ、私が勝ったらお父さんを返してくれるのよね。だったら、先に一目だけでも会わせてくれるかしら。ちゃんと五体満足でピンピンしているか、確認しておきたいのよ」
「信用されてないな。無理もないけど。でも、出来ない相談だ」
ある程度予想していた回答だが、やはり気分のいいものではない。その気持ちはキメラにも通じたらしく、説明を付け足してきた。
「彼なら、ここの地下深くで、他の開発スタッフと一緒に眠っているよ」
「地下、ですって……?」
「あ、眠っているといっても、休憩しているわけじゃないから、ここで八時間待っていても、起きてくることはないよ」
「……分かっているわよ。私を馬鹿にしているの?」
こんな時に冗談を言われると、元々悪い気分がいっそう悪くなるわ。というか、何で寝ているのよ。攫うだけ攫って、後始末に困ったとかいうオチじゃないでしょうね。
「叩き起すことは出来るの?」
「それは出来ないな。命令違反になる」
命令違反? まさかキメラより、さらに上の存在がいるっていうの!?
「勘違いしないでくれ。僕に命令したのは、君のお父さんだ。内容は、自分を含めた開発スタッフ全員を未来永劫異世界で眠らせたままにしてくれというものだ」
お父さんが、自分で捕縛された? 私や、お姉ちゃん、萌もいるのに?
「そして、その命令を全力で守っているのが、僕と御楽、哀藤に、ここにはいない二人を含めた計五人ってわけだ」
お父さんからの命令を守る? 何を言っているの? だって、こいつは開発スタッフを強襲して、プログラムを乗っ取ったんでしょ。……違うの?
「その顔は僕たちの話を信用してないみたいだね。お父さんの命令で動いていたのが、そんなに意外か? 逆に聞くけど、それじゃあ、何のために僕たちが何のために活動していたと思っていたんだ? まさか世界征服だとでも思っていたのかい?」
「違うの?」
私のあまり考えないで発した言葉に、御楽と哀藤から失笑が漏れるのが聞こえた。私のことを話にならないと馬鹿にしているのが、問い詰めるまでもなく伝わってくる。何よ! いきなりあんなことされたら、誰だって同じことを思うじゃない。そんなに馬鹿にすることじゃないでしょ。
だが、ここで慌てる素振りを見せる訳にはいかないと、冷静を装って、次の質問をぶつけた。
「あ、あなたたちはお父さんたちを起こさないように頑張っているのよね」
「そうだよ」
「ねえ、私が勝ったら、お父さんと私の体を返すという約束を本当に信じていいの? ちゃんと守るのか不安になってきたんだけど」
だって、それだと自分から進んで命令に背くようなものではないか。自分が負けたら、命令違反をしますと言われても、信憑性がないのだ。
「それは問題ないよ。これも命令の範囲内だから。というのも、君や他の姉妹がここまでたどり着いたら、この条件下で対決していいことになっているんだ。そうでもしないと引きさがらないことを理解していたんだろうね。それと同時に、僕を倒せるほどの実力を持ち合わせているのなら、眠りから覚ましても大丈夫ということでもあるんだろう」
「さっきからいろいろ言っているけど、そんなに起こされるとまずいの?」
「まずいね」
私はただ、自分の体とお父さんに戻ってきてほしいだけなのに、だんだん話が変な方向にこじれてきたわ。
「さて、着いたよ」
結局、キメラとの会話は私を不安にさせただけだった。今まで知らなかった事実が明らかになったのに、そのせいで却って混乱してしまった。そうこうしている内に私たちは決闘場所に到着。
「ここなら派手に暴れても問題ないだろ」
「ヘリポートか。確かにね」
少し風が強いけど、余計な障害物がない分、暴れるには向いているかもね。
「じゃあ、始めようか」
髪をたなびかせながら、キメラは落ち着いた口調で私に告げてきた。とても、これから決闘をする人間には見えない。
その余裕をすぐにぶち壊してあげると決意を新たにしていると、アーミーが付けていた黄色のピアスが放られてきた。右手でキャッチした私に、キメラが宣言した。
「ルールは簡単だ。決闘開始の合図から十分の間、その黄色のピアスを守り切れれば、君の勝ち。もし僕に奪われたら、僕の勝ちだ」
争奪戦ってわけ? てっきり先にダウンした方が負けという、ノックアウト方式が取られると思ったけど、案外ちょろい対戦になりそうだわ。
「それだけじゃない。普段は3つしか使えない特殊能力の発動回数制限を撤廃しよう」
「それって、特殊能力を好き放題に使えるってこと?」
てっきり御楽と同じように、特殊能力を封じてくると思っていただけに、意外な申し出だった。もちろん、私はその条件を受けた。ここまで私を舐めたことを後悔させてやるつもりだ。
次回は特殊能力祭りになりそうです。