第五十話 追うものと使われる者
第五十話 追うものと使われる者
本当に人生は何が起こるのか予想できないものね。後輩のお兄さんを連れ戻すために訪れた異世界で、キメラの手下と遭遇することになるんだから。
キメラには私の体と、お父さんを奪われているのだ。思い出すだけでも腹が立ってくる存在であり、その手下と遭遇したことで、怒りのボルテージは急上昇していった。
あっという間に、怒りが頂点に達した私は、自分の意志とは関係なく、男の胸ぐらを掴んでいた。私の乱心に、手下はいきなり何をするんだと文句を言っている。
「キメラじゃないなら、君は誰だ? その怒りから判断するに、キメラとは無関係ではないんだろ?」
「百木真白。キメラに体と父親を奪われた者よ!」
自分の声とは思えないほど、低い声で自己紹介してやると、それまで人を馬鹿にする態度を崩さなかった手下がわずかばかり目を細めた。そして、私の手を振り払うと、襟元の乱れを直しながら、私に話してきた。
「そうか。キメラに体を提供した百木真白って君のことだったのか。風の噂じゃ、別の体を手にしているみたいだけど、異世界では自分の体に戻れるんだね」
「現実世界でも、自分の体に戻りたいのよ。あんたの親玉から取り返してね」
「ははは……、気が強いな」
手下は苦笑いすると、改めて自己紹介をしてきた。
「俺は御楽っていってね。キメラの組織したチームに所属している者だ。君もさっき見たと思うけど、キメラから頼まれた仕事をしている」
「引きこもりにダメ出しするのが、あなたの仕事なの? 購買でパンを買わされているパシリの方がよっぽど格好いいわね」
御楽は苦笑いして、他の仕事もしているよと、あまり格好のつかない反論をしてきた。まあ、いいわ。私の目的は御楽と団欒することじゃないから。
私も気が長い方じゃないから、そろそろ本題に移らせてもらいましょうか。懐から警棒を取り出すと、くるくる回しながら、低い声で御楽に言い放った。
「あんたに対して、お願いがあるから聞きなさいよ。あんたのボスの言葉と思って聞いて頂戴」
普通なら、こっちの要求に従わない場合は武力行使も辞さないという脅しを含んでいる。だが、黄色のピアスを付けているせいで、互いに物理ダメージは無効になってしまう。御楽もそのことは熟知しているので、私の脅しにも少しも動揺していない。
「この警棒は何? 俺を脅しているつもりなの?」
心からつまらなそうにため息をつくと、御楽は諭すような口調で話し出した。
「あのさあ。黄色のピアス所持者が物理ダメージを免除されるのは知っているよね。だから、脅しても無駄だよ?」
そんなことは百も承知だ。これは意思表示だ。私があなたたちに対して敵対姿勢を取るという意思を表示しているのだ。
「私の要求は一つよ。キメラのところに案内しなさい!!」
御楽の性格上、こっちを馬鹿にして、まともに取り合わない可能性も考慮していたが、意外にも話を真面目に聞いてくれている。
「……断ったら?」
こっちの攻撃が全て無効になることを知った上で、その返しか。でも、そうくることは予想済みよ。
「あなたがキメラのところに戻るまで、勝手についていくだけよ。黄色のピアスがあれば、どこまでだって、追っていけるものね」
どうせどこかの異世界に潜伏という名目で引きこもっているんでしょ? ここの神様ピアス所持者と同じように。
「あのねえ……。俺はキメラの手下なんだよ。連れていけと言われて、はい分かりましたという訳にはいかないでしょう?」
聞き分けのない子を諭すような口調で、御楽は私に語りかけてきた。
「それに、君は俺を攻撃することも敵わない。この話し合いは平行線を辿るばかりで、交わることがない。時間がただ無為に流れるだけになるのが目に見えている。どうだい。ここは潔く泣き寝入りというのは……」
御楽の話を強引に中断させた。持っていた警棒で御楽を叩いたのだ。それも何度も。
私の攻撃を避けることもなく、不思議そうな顔をして、御楽は見つめていた。攻撃しても効かないのに、どうしてこいつは無駄なことをしているのだろうという顔だ。
泣き寝入りですって? 冗談じゃないわ。
「絶対に吐かせてみせる」
物理攻撃が出来なくても、私には特殊能力がまだ残っているのよ。残しているのは、『誘拐ブレイド』。これであなたを現実世界に引っ張り出してやるわ。そこで、キメラについての情報を、洗いざらい吐かせてやる。
「『誘拐ブレイド』!!」
能力名を宣言して御楽に切りかかろうとしたが、肝心の剣が出現しない。どうして? こんな時に!
異常事態に慌てていると、御楽から無駄なあがきだと一蹴された。
「キメラ。及び俺を含む、キメラに忠誠を誓う四人のキーパーは、神様ピアスと黄色のピアスの力を無効に出来るんだよ」
そんな……。それじゃあ、『誘拐ブレイド』が発動できないのも……。
「俺が発動を禁止したからだ。どんな能力を使おうとしていたか知らないけど、用心に越したことはないからね」
特殊能力が封じられるなんて、ありえない。つまり、私にはもう打つ手がなくなったということなの?
……いや、そんなことはない。まだ一つだけ手が残っているわ。
私は御楽に向かって猛然と駆けだした。だが、私の狙いは読まれてしまっていた。
「おっと! 俺の黄色のピアスを外しに来たか。でも、そんな動きじゃ、俺の裏をかくことは出来ないよ」
格闘技の心得もあるらしい。多少は喧嘩慣れしている私の突撃を、苦も無く躱すと、逆に私の右手を掴んで動きを制限してきた。
「君は泣き寝入りするのを拒んでいるみたいだけどさ。生きていれば泣き寝入りする場面なんて、たくさんあるじゃん? 理不尽な先輩、ケンカの強い不良のクラスメイト……。ちょっと思い浮かべただけで、君の身の回りにも何人かいるだろ? 本心では顔も見たくないと思っているのに、争っても勝ち目がないから、ことなかれ主義全開で、愛想笑いで誤魔化している相手が」
「さあ、悪いことは言わないから、もうログアウトしな。心配しなくても、この世界の神様ピアス保持者も、強制的にログアウトさせられることになるんだから、君の出る幕はもうないよ」
神様ピアスの力を無効に出来ると言っていた。本来は無敵の神様ピアスも、こいつらにかかったら、ただのアクセサリーに過ぎないということなの?
御楽は私に攻撃を仕掛けてくるでもなく、じっと見つめている。
「……ないわよ。ことなかれ主義で通したことなんて、一度もないわ」
「マジ?」
信じられないという顔で、御楽が私を見ているが、これは事実だ。物心ついたころから、曲がったことが大嫌いなお姉ちゃんと、超武闘派の月島さんが側にいたのだ。その影響か、ムカついた相手とは、上級生だろうと、近所の不良だろうときっちり争って育ってきたのだ。
「ましてや、今回は私の体と、お父さんがかかっているのよ。退くなんて冗談じゃないわ。絶対にログアウトなんかしてやらない」
あくまで徹底抗戦を訴える私に、御楽はすっかり困ってしまったようだ。その変化を私は突くことにした。
「さあ、私はあんたの申し出を突っぱねたわ。次はどう出るのかしら? 強制ログアウト? それとも、殺す?」
「やれやれ、可愛い顔に似合わず、強情だな……」
こんな強気に出られるとは思ってもみなかったのだろう。頭をかきながら、心底面倒くさそうに御楽は唸っていた。
その時、頭上から何かの破片が落ちてきた。これは……、空間?
驚いて上を見ると、私たちの真上の空間が、まるでゆで卵の殻が破けるかのように、ボロボロと崩れ出していた。
「な、何よ。これ……」
そして、崩れた空間の向こうには、真っ黒い空間が広がっている。その暗さはブラックホールを連想させた。
「キメラだ……」
御楽の呟きに、驚いて彼の顔をじっと見た。
「あれは俺たちが隠れ家に使っている異世界へ通じる穴で、キメラの意志でしか開くことがないんだ。どうやら、君と話をしたいらしいね」
キメラ本人からのまさかの招待に、一瞬たじろいてしまったが、私はすぐに好機と判断した。
「ふん! 向こうから招待してくれるとはね。願ったり叶ったりだわ!」
物怖じする素振りを依然見せない私に、御楽もだんだん呆れてきたようだ。
「なあ、さっき君は俺の要求を突っぱねた際に、この後どうするのか聞いてきたね。もし、あそこで俺が殺すと言った場合、それでも、君は意見を曲げなかったのか?」
質問をしてくるから、何かと思えばそれか。愚問ね。
「殺されてやる訳ないじゃない。殺される前に、あんたを倒していたわ」
この上なくシンプルな回答だ。だが、御楽には、お気に召さなかったらしい。
「とことん限度を知らないんだな。殺される前に、俺を倒す? 手段もないくせに。返り討ちにあって、命を縮めるくらいなら、頭を下げて許しを請うべきなんだ。命を懸けてまで、徹底抗戦なんて、馬鹿げているよ」
御楽の言葉は間違いではない。むしろ、現代日本では、そちらの方が正しいのかもしれない。でも、敢えて言わせてもらう。
「一見して無謀でも、前に踏み出してみると、意外に状況が好転する時もあるわよ。今回みたいにね」
好転しているのかはまだ分からないが、道が開けたのは事実だ。泣き寝入りを突っぱねたのは、とりあえず正解ね。
今回で五十話に到達しました。話はまだまだ続きます。