第五話 不思議な床と敵襲
第五話 不思議な床と敵襲
月島さんから、お父さんが開発に携わっていた「神様フィールド」の世界が勝手に増殖していることを聞いた。
誰の仕業なのか聞かれたが、そんなことは考えるまでもない。私の元の体を奪っていった憎いあいつに決まっている。
ケーキバイキングで腹を満たしてエネルギーチャージを完了していた私は、元の体の情報を集めるために、早速異世界へ飛ぶことにした。
専用のパスカードを使用すれば、どこでもログインすることは出来たが、だからといって、あまり人ごみの多いところでやりたいとは思わなかった。
そこで、人目に付かないところを選んで、月島さんと一緒に専用のパスカードを頭上に掲げて、「ログイン!」と力強く叫んだ。それと同時に、私たちは「神様フィールド」の世界の一つへ飛んだ。
次に気が付いた時は、私たちはさっきまでいた世界とは全くの別世界に立っていた。
そこは見渡す限りの草原の世界だった。
「ここが「神様フィールド」の世界……」
ログインするのは初めてだったが、現実の世界と全く違わない。ゲームの中に来たというより、モンゴルの草原地帯に瞬間移動したような錯覚に囚われてしまう。
「確か公式の方でも同じような設定の世界があったよね」
「おぼろげにしか覚えていませんけどね」
左の耳に違和感があったので、触ってみると、大きめのピアスが付いていた。
「これがライフピアス。思ったより邪魔だな」
ライフピアスというのは、この異世界において、プレイヤーの代わりにダメージの肩代わりをしてくれるアイテムのことだ。専用のパスカードを使ってログインすると、異世界に来たと同時に自動で左耳に付けられるようになっているのだ。
「真白ちゃん。試しに俺に殴りかかってみなよ」
「はい、遠慮なく」
ライフピアスがダメージの肩代わりをしてくれるのなら、遠慮する必要はない。月島さんの誘いに従って、私は渾身の蹴りを、彼の股下に見舞った。
「いきなりそこを蹴るのかよ」
月島さんは苦笑いしていたが、私が注目していたのは、月島さんのライフピアスだ。私が蹴るのと同時に、ピアスにひびが入った。設定どおり、ダメージの肩代わりをしてくれたのだ。
「おっと! ずいぶんダメージを負ったな。もう少し威力があったら、いきなりログアウトだったかも」
ライフピアスは異世界におけるプレイヤーの命そのものだ。ダメージの肩代わりを強制的且つ自動的に行ってくれる代わりに、ダメージを受けるごとに威力に応じてひび割れていくのだ。
完全にライフピアスが砕けてしまうか、左の耳からライフピアスを外すと、異世界から強制的にログアウトして、現実世界でログインした場所へと戻されてしまうのだ。
「全くダメージはなかったんですか? 少しくらい痒いとかもないんですか?」
「ああ。全くの無痛だ。蹴りを見舞われたと思ったら、ピアスにひびが入っていたんだ。目を瞑っていたら、気が付かなかったね」
ということは、他のプレイヤーから飛び道具で攻撃されていたら、いつの間にかログアウトさせられることも考えられる訳だ。もし他のプレイヤーが近くにいた場合、おちおち背中を見せることも出来ない。
「しかし、何もない世界だな。突如現れた意味不明な世界ということで、大がかりな仕掛けでもあると思ったんだけど、拍子抜けだ」
「ハプニングを期待するようなことを言わないでくださいよ」
そんなことを言ったら、変な仕掛けと遭遇しそうだ。私の懸念をよそに、月島さんは口笛を吹きながらずんずんと進む。
しばらく進むと、草原しかない世界には、明らかに不釣り合いな綺麗なタイルの床が置かれるようになってきた。しかも、あちこちに。
「月島さん……」
「そんな目で見ないでよ。俺のせいみたいじゃないか」
月島さんは否定していたが、さっきの発言の直後に発生していることを考えると、月島さんの挑発を受けて出てきた可能性も否定できない。私のジト目から逃げるように、月島さんは床へと近付いた。
「草原の中にミスマッチな床だね」
床には「↑」か「↓」の矢印が表記されていた。
「これは何だろう?」
「なんかのスイッチですかね。「↑」の床を踏んだら、床が上昇するとか」
二人で顔を見合わせて、しばらく黙りこんだが、それで答えが出る訳もなかった。
「踏んでみれば分かることだ。真白ちゃん、後ろに下がっていて」
「はい」
もしこれが現実世界だったとしたら、こんなあっさりと得体の知れない床を踏むような軽率な真似はしなかっただろう。だが、ここは異世界。ゲームオーバーになっても、ログアウトするだけ。巷で流行になっている小説のように、ここでの死は現実世界に置おいての死を意味していない。おまけにダメージはライフピアスが代わりに受けてくれる。躊躇するだけ野暮だ。そういう安心感もあって、月島さんは大胆にも床を踏みつけた。
「……」
「……何も起きないな」
踏んでみたが、変化はなし。いや、あるにはあった。踏んだ時に、床が一瞬だけ点灯したのだ。だが、それで何が起こったのかは不明。
同じ床をもう一回踏んでみても、また点灯することはなかった。だが、別の床を踏むと点灯する。
どういう仕掛けなのか分からないままだ。とりあえず何回も叩けば、顕著な効果が出てくるかもしれないという憶測から、「↑」の床を五回踏んでみることにした。不毛な作業のような気もしたが、そこまで踏んだところでようやく変化が顕著なものになって表れてきた。
「少し暑くなってきた……」
「確かに。この床のせいか?」
今度は「↓」の床を連続で踏んでいく。
「あっ! 涼しくなってきた」
「なるほど。どうやらこの床は、この世界の気温を管理しているらしいね。「↑」を踏めば踏むほど暑くなり、「↓」と踏めば踏むほど寒くなる訳だ。なかなか面白い仕掛けじゃないか」
最初の一回で分からなかったのは、変化がなかったからではなく、乏しかったからだったのだ。
「真夏の暑い日や、冬の寒い日なんか重宝しそうだな」
確かに、何日も連続で三十度を超える日や、十度を下回る日が続くと、自分で気温を操作できれば、どれだけ良いか考えたことは数知れない。
「この仕掛けで快適な気温を維持できれば、お金も取れそうですね」
「誰かがこの床を踏んで、気温を操作しなければね」
さっきは気付かなかったが、気温を操作できる床はあちこちに無数にあった。イタズラされないように、目を光らせるには数が多すぎる。
「ん? あれは何だろう?」
あちこちに配置されている床に目をやっていると、向こうから変な生物がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。大きさはバスケットボールくらいだろうか。
「変わった生き物ですね」
「ああ。火の玉みたいな生き物と、雪玉みたいな生き物の二種類がいるな。ああいうのを見ると、ここがゲームの世界なんだなと実感するよ」
ここで謎の生物たちとお友達になれれば楽しいのだが、向こうの様子から察するに、それは期待できそうにない。
「もしかしなくても、私たちに危害を加える気満々ですね」
「よそ者に対して厳しいことだな」
口ではそう言いつつも、戦闘になることに対して、月島さんはあまり気が滅入っていないようだった。むしろ、楽しんでいるようだ。
生物たちはファンタジーな見た目の割に醜悪な表情をしていた。その内の一匹が月島さんに向かって飛んできた。
「火の玉小僧くんが襲ってきた。これはやばいかな?」
いやいや、弾んだ声で危険を唱えられても、緊迫感が伝わってこない。実際、やばいと言われている月島さんは余裕の笑みをたたえていた。
火の玉小僧くんが月島さんに襲いかかろうとした瞬間、見事としか言いようのない蹴りが火の玉小僧くんに見舞われた。蹴られた可哀想な火の玉小僧くんは百メートルくらい吹き飛ばされて、悲壮な鳴き声と共に消滅した。
「たいしたことないね」
あまりにもあっさり倒してしまったので、私も月島さんも拍子抜けしてしまった。
「次は私にやらせてください。ずっとパソコンの中にいたから、運動不足なんですよ」
「心配ないよ。見な、次々とこっちに襲いかかってきてくれているじゃないか」
見ると、残った生物たちも一斉に襲いかかってきていた。たった今、仲間が瞬殺されたのを見ていなかったのかと言いたくなるくらいの見事な特攻だ。
その後は二人で、襲い来るこの世界の奇妙な生物たちを倒しまくった。
「やるね、真白ちゃん。新しい体の使い心地は上々のようだね」
「バッチグーです! そういう月島さんこそ、まだ錆びついていませんね」
やんちゃだったころの名残は確実に体に残っていた。
全くダメージを受けることなく、順調に敵の数を減らしていく。これはこれで楽しかったけど、だんだん飽きてきた。
「そうだ。面白い倒し方を思いついた!」
私は敵の攻撃をかわしながら、「↑」の床だけを狙って踏み始めた。
「なるほど。ユニークなやり方だ」
「↑」の床を踏んでいくたびに、この世界の気温は上がっていき、それに比例して、雪玉小僧くんは解けて消滅していった。
「はい、一丁上がり!」
「でも、気温が上がったということは、雪玉の方には地獄でも……」
月島さんの懸念はよく分かる。体が解けて消滅していく雪玉小僧と対照的に、火の玉小僧の方はどんどん元気になっていった。
「問題なしですよ。今度は「↓」の床を連続で踏んでいくだけですから」
ちょっと大変で、息も切れるけど、これはこれでアリかもしれない。
今回から異世界の探索に入ります。複数の異世界がある設定なので、今後もいろいろな異世界を書いていくつもりです。