第四十九話 空を舞う少女
第四十九話 空を舞う少女
私はただ異世界に引きこもってしまったお兄さんを連れ戻しに来ただけなのに、妙なことになってきた。その原因ともいえるイタズラくんと、お兄さん、そして私の三人の間に、緊迫した雰囲気が発生していた。ティアラと女ゴリラが、その様子を、固唾を飲んで見守っている。
そこに、城の北にある森から火の手が上がった。兵士たちの騒ぎから、さっき女ゴリラの話していた巨大な熊の仕業だと推測できた。
「勇者様……」
ティアラが訴えるような視線を、勇者になっているお兄さんに向けた。
「大丈夫だ、ティアラ。あいつは俺が倒す。あんたたちとの話はその後で再開しよう」
ティアラには勝利を約束した後で、私とイタズラくんに話し合いの中断を申し出ると、そのまま窓枠に足をかけて、そのまま外に飛び降りてしまった。
おお、何か格好いいと感心していたが、ふと、ここが五階だということを思い出した。
「これはもしかして飛び降りというやつかしら」
私もイタズラくんもいきなりの飛び降りに呆気を取られた。物理ダメージを無効にする神様ピアスを付けているから、死ぬことはないだろうが、一体何をしているのだろうか。城の中を歩いて出る時間をショートカットでもしたかったのだろうか。
そう思っていると、どこかからドラゴンが飛んできて、器用にお兄さんを背に乗せた。
「ドラゴンだ……!」
他の異世界でプテラノドンを見たことがあるのに、つい声を出してしまった。
「あれは勇者様が魔法の力で生み出したドラゴンで、勇者様の意のままに動き回ります」
そうティアラが説明してくれた。自分専用のドラゴンまで生み出しているのね。高級車も格好いいけど、ドラゴンもいいかもしれないわ。
おっと! 感心している場合じゃないわ。お兄さんを追いかけないと。せっかく会ったのに、見失っちゃう。
そう思って、私も後を追おうとしたところで、女ゴリラに右足を掴まれてしまった。そのまま宙ぶらりんの姿勢で、引き上げられる。
「捕まえた」
女ゴリラは勝ち誇った顔で、私を見ていた。そうか。私はこいつに追われていたんだっけ。いろいろあって、すっかり忘れていたわ。しかし、この体勢……、捕獲する側とされる側が入れ替わった気分だわ。
「あの……。私も勇者様の活躍を見たいんです。後を追いたいんで、離してもらっても良いですかね?」
なるべく感じの良い愛想笑いを作って訴えたが、やはりこいつには通用しなかった。
「そんなつれないことを言うもんじゃないわ。竜彦殿が魔物を討伐している間に、女同士、楽しくいきましょうよ」
「女同士……」
生物学的にはそうなるけどさ……。いや、そうじゃない。お兄さんを追うために拘束を解かないと。
とはいえ、力任せに暴れたところで、女ゴリラが手を離してくれるとも思えない。こうなっては、致し方ない。能力を発動することにしましょう。
本音を言えば、ここまでかなりとんとん拍子に進んできたこともあり、このまま発動しなくてもいけるんじゃないかと思っていた。しかし、やはり甘かったなと思いつつ、自分の体をバラバラにした。
「な、なんだと!?」
「か、体が。バラバラに……!?」
惨劇に小さな悲鳴が漏れた。だが、何も自分の体を刃物の類を使ってバラバラにしたわけでもなければ、命にかかわるような事態になった訳でもない。バラバラになったのは、もちろん能力によるものだ。
今私が使っているのは、『自分崩し』という能力。積み木を崩すように、自分自身を一時的にバラバラにする能力だ。すぐに磁石が惹かれあうように元に戻るが、掴まれた際に不意を突いて逃げるのには、絶好の能力だ。……あまり使う時はなさそうだけど。補足すると、バラバラになるといっても、断面は肌色一色だから、中の内臓が見えたり、血が出たりということはありませんので、ご安心を。
様々な異常事態に備えて、日々の訓練を欠かさない女ゴリラも、この不意打ちは効いたようで、私を掴む手を離してしまった。それを見計らって、バラバラになった各部位と合体する。
空中で半回転して、華麗に着地した私に、恐る恐るといった様子で、当然の疑問が飛んできた。
「な、何なんだ、これは? お前、魔物だったのか!?」
魔物呼ばわりされるのは心外だが、いきなり見せられたのなら、まあ仕方がない。大目に見て、簡単に説明をしてあげましょう。
「違いますよ。変わった魔法が使える美少女です」
「か、変わった魔法……?」
「そう。系統的には、竜彦殿が使っている魔法に近いものです」
詳しく言ったところで、余計に混乱するだけだろうから、このくらいの説明が一番よね。ティアラは「勇者様はバラバラになったりしませんよ?」と小さな声で反論していたけど。
とにかく! 今はお兄さんを追わないといけない。女ゴリラとティアラが呆けているのを尻目に、私は次の能力を発動した。
「さっきのドラゴンちゃん。私の元にもカモン!」
右手を軽快にパチンと鳴らすと、お兄さんの真似をして、窓から飛び降りた。
お兄さんが飛び降りた時は、平気な顔をしていたティアラと女ゴリラが、慌てて窓に駆け寄ってきているのが見えた。でも、大丈夫。今度もドラゴンが迎えに来てくれるから……。
そら、聞こえてきた。ドラゴンの羽ばたく音が。
宙に舞う私を、彼方より飛来したドラゴンが自分の背に受け止めてくれた。
「ゆ、勇者様が呼び出したのと同じドラゴンだわ」
「ど、どうなっているんだ!?」
「実を言うと、私もドラゴンを手なずけているのだ!」
得意になって、思わず嘘をついてしまう。もちろん、これもさっきの自分バラバラと同じように、能力によるものだ。
今私が使ったのは、『模倣奇跡』という能力だ。ごつい能力名だが、要は直前に使われた神様ピアス所持者の能力を、そっくりそのままコピー出来る能力だ。今回はこれでドラゴンを呼んだのだ!
「うん! ドラゴンの乗り心地って、意外に良いものね。風を強く受けるのが難点だけど」
最初は上下に動く翼にぶつからないように注意しつつ、ドラゴンにしがみついていたが、慣れてくると、上体を上げるだけの余裕が出てきた。
とりあえず振り落とされる心配がなくなったところで、お兄さんの後を追ってもらうことにした。私が命じると、お安い御用だと言わんばかりに一鳴きして、ドラゴンは動き出した。
おお! スピードもなかなかだわ。これなら追いつくことは十分可能ね。
空を独り占めしたような気分になり、高らかに笑いながら、城を後にした。
さて。後に残されたティアラと女ゴリラは、すっかり腰を抜かしていた。まさか勇者と同じ力を使える者がいるとは思っていなかったのだ。
「わ、私は夢を見ているのでしょうか?」
「でも、頬をつねると痛いですよ?」
事態の整理が出来ず、かすれた声で話すティアラと女ゴリラの脇で、ドラゴンに乗って飛び去る私を見ながら、男は呟いていた。
「今日はずいぶんと派手に動くじゃないか……」
お兄さんを追って、巨大な熊の魔物が暴れているという北の森にやって来たが、私が降り立ったときには既に決着はついてしまっていた。そればかりか、お兄さんはもうこの場から立ち去ってしまっていたのだ。
「く……。追いついたと思ったのに……」
お兄さんがここに来てから、そんな時間差はない筈よ。どれだけあっさりやられているのよ。私が追いつくまで持ちこたえなさい。などと、もう何も言わない死体になっている巨大な熊に毒づいた。
「あらら……。勇者のショーには間に合わなかったみたいだねえ」
横で軽い感じの声がした。イタズラくんが立っていたのだ。私が呆気にとられていると、自信の黄色のピアスを爪で弾きながら、「能力で追ってきた♪」と言っていた。いや、そんなことは言われなくても分かるから。
「あんた……、こんなところまで追ってきたの?」
「ここの神様ピアス所持者との話がまだついていないからね。こう見えて、君の命令を全うしようと頑張っているんだよ」
だから、私には心当たりがないんだって。もういい加減にしてよ。平行線のままの会話にうんざりしていると、イタズラくんが私の目を覗きこんできた。
「……そう言えば、瞳の色がいつもと違うね」
「? 私の瞳は生まれてからずっとこの色よ」
「またまた~。最近は赤で統一しているけど、しばらく前までいろいろ試していたじゃん。やっぱり今日の君はおかしいよ、キメラ」
「……何ですって?」
イタズラくんの口から洩れた名前を聞いて、私の中の全細胞が沸騰しそうなくらいに熱くなった。
キメラ……。私から、体と、お父さんを奪った相手……。私が今いる異世界を始めとした、百十の異世界を作り出したコンピュータのメインプログラム……。私にとって、宿敵ともいえる相手。こいつはそんなやつの名前を口走った。しかも、話し方から、かなり近しい間柄なことが窺える。
「あんた、キメラの手下なの?」
「? 今更何を言っているんだい。君の方からスカウトしてきたんじゃないか。……ひょっとして、人違い?」
ようやく自分の勘違いに気付いていたが、もう遅い。キメラと口走るのを、しっかり聞かせてもらったわ。
お父さんと自分の体を盗られたあの日から、ずっと探し続けてきたけど、ようやく尻尾を掴んだわ。手下の口を割って、私から出向いてあげるから、首を洗って待っていなさい。
拳を強く握りながら、私は闘志を漲らせていた。
シートベルト付きなら、ドラゴンに乗るのも悪くないと思っています。
転落防止シートもいいですね。