第四十六話 定番尽くしの世界
第四十六話 定番尽くしの世界
神様ピアスを手にしたばかりに、異世界に引きこもってしまった小夜ちゃんのお兄さんを連れ戻すために、私は黄色のピアスの力で異世界へとやって来た。
降り立った場所は、中世のヨーロッパをイメージして作られたと思われる街中だった。こう言うと難しく聞こえるが、早い話がRPGでよく目にする街の光景だ。
ちょっと周りを見回しただけで、武器屋や宿屋といったRPG定番の施設が目に入ってくる。この世界の通貨を所持していないので、利用することは出来ないが、街の外で魔物を倒せば手に入るだろうと根拠なく思った。
もっとも黄色のピアスを付けている以上、武器や防具がなくても私は無敵だし、疲れたら現実世界の自分の家に帰ればいいだけだから宿屋も必要ないので、私にとっては何の利用価値もないけど。
「さてと! 早速小夜ちゃんのお兄さんを探さないと!」
手がかりは全くないけど、推測は出来る。ガチガチのファンタジー世界とくれば、男の子が選びそうなキャラは自然と絞られるのだ。街の人たちに話しかけて、情報を収集していけば、おのずと判明するだろう。
「ここから西に進めば、アトラスの町に行くことが出来る」
いきなり定番の台詞が返ってきた。
「武器はただ持っているだけじゃ駄目だ。装備しなきゃ意味がないんだぜ」
また定番。何よ、この世界。国民的RPGの世界を再現しただけじゃないの。少しくらい捻りを加えられないのかしら。
ログインしてからずっと続く定番攻勢にげんなりしていると、通行人たちが会話しながら、私の横を歩き去っていった。
「また魔物が出たんだってよ……」
「魔王が復活したって噂はやはり本当なのかな?」
街中では、しきりに魔物が強力になってきているという会話が飛び交っていた。ガチガチの設定なら、魔王が復活しているのは、むしろ当然の流れなので、驚くことはない。この流れだと、小夜ちゃんのお兄さんが演じているキャラは一つだ。
「すいません。どこに行けば勇者に会えるのか、御存知でないですか?」
魔王を作ったのだ。自分が勇者になって、自分の作り出した魔王を倒して、人々から英雄ともてはやされて、お姫様と結婚して幸せに引きこもるつもりなのだろう。中二病全開の浅はかな考えが頭をよぎる。
氷室やアーミーもろくな異世界を作っていなかったが、小夜ちゃんのお兄さんも別の意味でロクな世界を作っていない。他の人が使うことを想定しない、自分の欲望のままにやると駄目だなとつくづく思った。
「勇者? 勇者って何の勇者だい?」
町の人は怪訝な顔で私を見ている。あれ? てっきり勇者になっていると思ったのに、違うのかしら。
「魔王の復活が近いからね。王様が勇者を募集するお触れを出してからと言うもの、我こそは勇者だという腕自慢がこの町に集結しているからね。一言で勇者って言われても分からないよ」
何てことだ。この世界にはたくさんの勇者がいるらしい。おそらく、そいつらは真の一人を際立たせるための引き立て役だろう。真の勇者は誰かって? 決まっている。この世界の神様にして、小夜ちゃんのお兄さんだ。
私に言わせれば、真の勇者もある意味では、偽物なのだが、この世界の住人はそれを知らない。
神様の用意した壮大な三文芝居に、何も知らずに付き合わされている、この世界の住人が気の毒でならない。もっとも、それは現実世界に住む私たちにだって言えることだろう。少数の権力者の決めたルールに従わせられているのだ。この世界の住人を愚かだと言って笑うことは出来ない。
「小夜ちゃんっていう可愛い妹がいるのに、どうしてそんなことに躍起になるのかしらね」
同じ兄でも、高級車を乗り回すイケメンのお兄さんとは大違いだ。あっちは現実世界での生活を目いっぱい楽しんでいる感じだ。対照的に自分の殻に閉じこもって、異世界に活路を見出した弟。同じ遺伝子で作られている筈なのに、どうしてこんなにも違うのだろうか。
ため息をつきながらも、振り出しに戻ったお兄さん探しを再開する。
「たくさん勇者がいるらしいですけど、そいつらが集まっている場所ってありますかね?」
「? お嬢ちゃん、変なことを聞くねえ。あっ、分かった。勇者様に気に入られてお嫁さんにしてもらう魂胆だろ? お嬢ちゃんは可愛いからねえ」
そんな魂胆は全くないが、可愛いのは認める。このおじさんの人を見る目は確かだ!
「おじさん的に一番強い勇者がよく訪れている場所を教えてほしいの。ねえ、お願い❤」
人を見る目に優れたおじさんを信じて、ちょっと甘えるような声でお願いしてみた。かわいい子には弱いのだろう。おじさんは鼻の下を伸ばしながら、城に行くといいと教えてくれた。
「あそこは王様の認めた勇者候補が揃っているよ。魔王の侵略に備えて、いざという時は自分の身を守ってもらうつもりなんだろ。ちゃっかりした王様さ」
なるほど。そこでお姫様と良い感じになって、ゆくゆくは自分が次の王様になる気ね。勇者に王様。武力に権力。男の願望勢揃いじゃないの。
「じゃあ、そこに行ってみる。おじさん、教えてくれてありがとう」
おじさんに向かって投げキッスをすると、もう失神しそうなくらいに興奮していた。良いわあ、この世界。小夜ちゃんのお兄さんが引きこもっちゃうのも頷けるわ。癖になりそう!
幸いともいうべきか、小夜ちゃんのお兄さんの居場所に関する情報は次々と手に入った。国王の住む城に、部屋を与えられて住んでいるらしい。いくら勇者にしても、ずいぶんな好待遇ではないか。
現実世界なら、舞台が中世のヨーロッパで、実際に魔物が我が物顔で歩いていても、与えられることはないだろう飛びきりの待遇に、やはり自分で操作した異世界は最高だなと思った。
もう情報はたくさん。後は城に行って、直接お兄さんと対峙しようと、城に向かって歩き出そうとした時、いきなり視界が暗転した。
「だ~れだ!」
何者かが両手を私の目の上に被せているのだ。声の感じから知り合いでないとすぐに分かる。恋人にやられたら、苦笑いしているところだが、赤の他人にされると、ただ不快なだけだ。
「何をするのよ。止めなさい!」
不機嫌な声を出しながら、乱暴に何者かの手を振り払って、そいつを思い切り睨んでやった。
「えへへへ! びっくりした?」
案の定、私の視界を塞いでいた男は、全然知らない奴だった。人にイタズラをしてきて、悪びれる素振りが全く感じられない。ふてぶてしいやつだわ。
睨むついでに男の服装を確認する。ファッション誌に載っていそうなカジュアルな服装をしていた。どうもこの世界の住人ではないように見える。黄色のピアスをしていることから、キーパーであることも分かった。大方、適当に異世界を渡り歩いている時に、この世界に迷い込んだのだろう。いや、そんなことはどうでもいい。
私は不機嫌な感情を前面に出して、男に抗議した。
「あんた! 何のつもりよ! いきなり人にイタズラをするなんて、失礼にも程があるわ!」
「そんなに怒んないでよ。いつもやっているじゃないか!」
いたずらっ子のように、反省を感じられない笑みを浮かべて、男はおどけていた。こいつ、ここが異世界だから、女の子に手を出しても、警察を呼ばれないとでも思っているのかしら。
「いや~、この世界に来てみれば、君がぼ~っと歩いているのを見かけたから、ついイタズラしたくなっちゃったね。でも、駄目だよ、ぼんやり歩いていたら。俺じゃなかったら、襲われているかも」
何よ。私が隙だらけだって言いたいの? そりゃあ……、みんなから可愛いて言われて、少し浮かれていたのは認めるけどさ……。
「それにしても、俺に任せるって言っていたくせに、君が直接来るなんて、どういうことさ。ひょっとして、俺のことを信用していないの?」
「何を言っているのよ、あんたは」
あんたとは初対面よ。私の知り合いを探しても、うるさいのはいても、あんたみたいに無礼なやつはいない。
「とぼけちゃって」
私があんたなんか知らないと断言しても、男は信じようともしない。それとも、新手のナンパだろうか。それならありうるかもしれない。何といっても、私は可愛いし!
「じゃあ、俺は予定通りに仕事をしに行くから。また後でね~♪」
人を小馬鹿にした態度で、勝手に話を切り上げて、男はどこかに走って行ってしまった。結局あいつが何者なのかは分からずじまい。
仕事がどうとか言っていたけど、また後でねって……。こっちは二度とあんたの面を見たくないっての!!
おっと! こんなことをしている場合じゃなかったわ。小夜ちゃんのお兄さんを探しに行かないと。
軽いアクシデントで忘れかけたが、小夜ちゃんのお兄さんを探しに城へ行かなくては。そこに行けば、きっと会える筈だ。
今回登場した謎の男は、結構重要なキャラです。正体については、次回か、そのまた次回にでも判明する予定です。