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第四十五話 スポーツカーのイケメン

第四十五話 スポーツカーのイケメン


 ゲームセンターでのイベントから数日後、私たちは部室でのんびりと過ごしていた。旅行部といっても、頻繁に旅行に出かける訳ではない。自分たちがまったり過ごせる場所を確保するための詭弁も含んでいるのだ。


 自分たちのゲームの腕では負けて当然と、みんな早々と立ち直っていたが、小桜だけが未だに敗戦のショックを引きずっていた。


「あそこで、あそこで、必殺技が決まっていれば……」


 今更考えても仕方がないことをうわ言のように呟いている。


「小桜、いい加減にせえや。もう悔やんでも仕方がないことやろ」


 いつまで経ってもネガティブなことばかり呟いている小桜を、鬱陶しく感じるようになった瑠花が立ち直るように諭したが、彼女には効果がない。


「小桜先輩、落ち込んでいますねえ」


 小桜をちら見しながら、萌が話しかけてきた。心配しているというよりは、面白がっているように見える。放っておけば治ると突っぱねようとしたが、萌は食い下がってきた。


「神様ピアスとまではいかないまでも、ライフピアスくらいなら、すぐに手に入るじゃないですか。それで機嫌を直してもらうというのはどうでしょうか」


「当てでもあるの?」


 ライフピアスも、神様ピアスに比べれば安価だが、それでも一個十万円とやはり高い。そんなに簡単にプレゼント出来るものではない。


「もちろん、買えるなんて思っていませんよ。神様ピアスを持っている人に頼んでライフピアスを分けてもらうんです。確か、神様ピアス保持者は、自分の異世界に限り、ライフピアスを増産できるんですよね」


 萌の言っていることは本当だ。でも、神様ピアス保持者の知り合いなど、私の側には月島さんと牛尾さんしかいない。ただ、このことを萌は知らない。……と思っていた矢先だった。


「月島さんに頼んで少しもらえませんかね?」


「えっ! 兄さんに? どうして」


 私がどきまぎしながら、とぼけると、萌はおかしそうに笑った。


「とぼけても無駄ですよ。月島さんが神様ピアスを持っていることは調べがついているんですから。月島さんの部屋で、この目で確認したんだから、間違いありません」


 そこまで調べ上げていたとは……。というか月島さん、刑事なんだから、自室のセキュリティーくらい、もっと気を配ってよ。萌なんかに侵入を許しているようでは、本当の泥棒に入られた日には大惨事よ。




 その日の帰り道、私は小夜ちゃんと歩いていた。さっきまで他のメンバーも一緒だったのだが、各々用事があるということで先に帰ってしまっていた。


「お兄さんは相変わらず異世界に引きこもっているの?」


「はい……」


 彼女には根暗そうなお兄さんがいるのだが、ゲームセンターのイベントで、異世界の一つで莫大な力を持つことの出来る神様ピアスを入手してしまい、それ以来異世界に引きこもってしまっているというのだ。


 小夜ちゃんのお兄さんは異世界の神になるや、まずその世界にログインするために必要なライフピアスを全て粉砕したというのだ。


 異世界にログインするためには、異世界ごとに用意されたライフピアスか、神様ピアスを使うか、どの異世界にもログイン可能な黄色のピアスを使うしかない。


 各異世界に一つしかない神様ピアスはお兄さんの手にあるし、ライフピアスを全て壊したとなると、黄色のピアスの力でログインするしかなく、実質完全に籠城が出来ている状態だ。


 神様ピアスの力を使えば、食べ物も衣服も、好きなだけ生み出せるので、閉じこもったままでも餓死する心配はない。ある意味で、最高の引きこもり場所かもしれない。


 周りの人間が説得しようにも、異世界に閉じこもっているとなると、コンタクトを取ることも出来ない。本人が自分の力で立ち直るのを、指を咥えて待つしかない状況の訳だ。


「どうして、『神様フィールド』なんて、開発されたんでしょうか……」


 異世界を作り出したオンラインゲームの名前を憎々しげに、小夜ちゃんが呟いていた。口が裂けても、自分の父親が開発責任者とは言えない雰囲気だ。


 この間会ったお兄さんの印象からすると、自分から外の世界に出てくるような人間には見えないので、迂闊に励ますことも出来ない。


 ……これは私の出番かな?


 後輩のためと割り切って、異世界に殴りこむことを考えていると、後ろからスポーツカーが一台走ってきた。


「うわあ、すごい車」


 行儀が悪いことを自覚しつつも、きれいに磨かれた車体に、思わず目がいってしまう。車は全然詳しくないが、一目で高級車だということが分かった。


 そのまま通り過ぎるかと思ったら、車は私たちの横で停まった。


「あれ? 停まったぞ」


「誰でしょうか?」


 二人して顔を見合わせる。ひょっとして月島さんかなと思っていると、中のドライバーが顔を覗かせた。


「小夜!」


 爽やかな笑顔と共に顔を覗かせたのは、ロン毛のイケメンだった。


「こんなところで会うなんて偶然だね。送って行ってあげようか?」


 小夜ちゃんを見ながら話しているところから、この格好いい人は小夜ちゃんの知り合いのようだ。しかし、先日のゲームセンターと言い、小夜ちゃんの知り合いとはよく合うものだ。


 だが、先日のお兄さんと接している時とは対照的に、小夜ちゃんの表情は険しかった。


「あれ? 何か機嫌が悪いようだな。そっちの彼氏と喧嘩でもしたのか?」


 そっちの彼氏とは私のことだろう。元は女でも、今は男の姿なので、女子と歩いていると、よく彼氏に間違われるのだ。


「私の気分が悪いのは……」


 怒りを噛みしめるように、小夜ちゃんの口が開いた。


「あなたに会ったからですよ!!」


 他の通行人が驚いて振り返るほどの音量で、小夜ちゃんは叫んだ。私も思わず後ずさってしまったが、イケメンさんだけは涼しい顔のままだ。


「あなたに送ってもらうなんて、冗談じゃないわ!」


 吐き捨てるように言うと、小夜ちゃんは走り出してしまった。


「小夜ちゃん!? ちょっと待って!」


 彼女のことが心配なので、私も走って追いかけることにした。走りながら振りかえてみると、イケメンさんは車に乗ったまま、小夜ちゃんを追いかけようともしないで、余裕の笑みで見つめていた。どことなく月島さんに似ている気もするが、こっちからは冷たい印象も感じる。


 すぐに追いつくと思ったのだが、小夜ちゃんの足は思ったより早く、なかなか捕まえることが出来ない。


「小夜ちゃん、いきなりどうしたの」


 だいぶ走ったところで、ようやく小夜ちゃんを引き留めることに成功した。お互い息を整えた。高級車はとっくにどこかに行ってしまっていた。


「さっきのイケメンさんにだいぶ突っかかっていたけど、過去に何かされたの?」


 一見すると、小動物のような印象を与えるため、小夜ちゃんは結構からかわれやすいのだ。私が近くにいる時は追い払うようにしているが、目が届かないところでいたずらされている可能性は十分にあった。


 小夜ちゃんは荒い息をしたまま、しばらく私を無視するように黙っていたが、やがて意を決したようにボソリと呟いた。


「……さっきの男は、私の兄です」


「へ?」


 まさかの兄です宣言に、驚くやら、ホッとするやら、どう答えていいものか分からず、ポカンと口を開けて固まってしまった。


「あ、あの人もお兄さんなの?」


「あれが長男で、先日ゲームセンターで会ったのが次男です。そして、その下に私がいます」


 そうなんだと相槌を打ちつつ、同じ兄でもずいぶん扱いが違うものだなと思った。だって、実の兄をあれ呼ばわりよ。


「私、あの人のことが嫌いです!!」


 あの人というのは、イケメンの方のお兄さんのことだろう。この間の根暗そうな方が心配で、さっき会ったイケメンの方が嫌いって、小夜ちゃんったら、変わった趣味をしているのね。それとも、複雑な家庭の事情でもあるのかしら。


 この日はこれ以上、小夜ちゃんから話を聞くことは出来なかった。曲がり角で彼女と別れると、自然とため息が漏れてしまった。


 兄弟間で何やら、大変なことになっているわね。家庭の事情に首を突っ込むものではないということは分かるけど、どうも放っておけないわね。


 たまには後輩のために一肌脱ぎますか! ……あのムカつく兄貴にも、一泡吹かせたいしね。


 少しばかり黒い感情を胸に抱きながら、黄色のピアスを手に、帰宅を先延ばしにして、異世界へとログインした。


異世界に行かなくても、一生遊んで暮らせる金が手に入ったら、引きこもり生活を始めてしまうでしょう。

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