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第四十四話 神様ピアスの行方

第四十四話 神様ピアスの行方


 イベントに出場するために訪れたゲームセンターで、暇つぶしにクレーンゲームで遊んでいた。だが、私が下手なのか、全然景品を獲得できないでいた。


 それに業を煮やしたのか、一人の暗そうな男が、代わりに景品を取ってやろうかと、打診してきた。


 これだけならお願いすることも考えたが、とにかく男の話しぶりが気に食わないのだ。もう完全に私を馬鹿にしているような態度なのだ。こんなやつに、素直にお願いしたくない。


 私だけならすぐに断っていただろうが、今は小夜ちゃんとも一緒だ。一応彼女にも意見を聞こうと目を向けると、小夜ちゃんの方も、こいつの申し出には乗り気じゃない様子だ。


「断っちゃいましょう。今は先輩が挑戦しているんですから」


 ここで、「先輩じゃ話になりませんから、お願いしましょう」と言われたらどうしようと、密かにドキドキしていたが、まだ私を信じてくれているらしい。ひとまずホッとした。


 意見が一致したところで、無礼な男を追い返そうと向き直ると、男は私たちが許可を出していないのに、既に席についていた。


「おい! まだやっていいなんて、言っていないぞ」


 勝手に始められた怒りも加わって、小夜ちゃんの前ということも忘れて、つい語気が荒くなってしまった。


「空いていたから、勝手に始めただけだ。失敗するな。料金を請求したりはしない。ただ景品だけをくれてやる。あんたにとっては、ノーリスクな話だ。だから、安心して見ていろ、下手くそ」


「な……!?」


 こいつ、言わせておけば……。


 あまりの口の悪さに手が出そうになるのを、寸前で堪えた。男は私にはもう興味がないように、クレーンの操作に集中していた。


 ……上手いな。わざわざ代わりを申し出るだけあって、クレーンを操る手の動きは、かなり安定していた。言いたくはないが失敗しそうに見えない。さっきまで私の挑戦を後ろで笑っていたギャラリーも舌を巻くほどの、見事なテクニックだった。


 そのまま約束されたように、クレーンはうさぎのぬいぐるみを掴んで、穴へと入れてしまった。途端に観客から歓声が上がった。


「ほら!」


 獲得したうさぎのぬいぐるみを小夜ちゃんに投げるようにして渡してきた。小夜ちゃんは慌てて受け取っていたが、あまり嬉しそうではなかった。


「ん? 他にも落ちていたか」


 取り出し口には、もう一つのぬいぐるみが落ちていた。どうやらうさぎのぬいぐるみと一緒に、たぬきのぬいぐるみも落ちてきてしまったいたようだ。お前はお呼びじゃないよと、たぬきを見つめながら、内心で愚痴った。


「これはあんたにあげるよ」


 今度は俺にたぬきを放ってきた。受け取ったものの、素直に受け取りたいとは思わない。


「……いらないよ」


 意地でも受け取らないと投げ返そうとしたが、その時にはもう、男はそっぽを向いていた。


「俺もいらないんだ。欲しくないなら、ごみ箱にでも捨てればいいさ」


 そう言い残して、さっさと行ってしまった。


 私はいらない子扱いされてしまったたぬきをしばらく見ていたが、ため息交じりにバッグに入れた。取ってしまったものは仕方がないので、萌にでも渡すか。


 何かケチがついてしまったな。ぬいぐるみは手に入ったけど、これなら取れずじまいに終わった方が、気分が良かったわ。


 もう行こうかと思い、小夜ちゃんを見ると、男を凝視した姿勢のままで固まっている。


「今の人、知り合い?」


 単にすれ違っただけにしては、反応がおかしかった。様子が気になったので、聞いてみることにした。


 だが、試しに聞いてみたものの、小夜ちゃんから返事はなかった。


「言いたくないなら別にいいんだけどさ」


 複雑な事情がありそうだし、言いたくないなら深くは聞くまい。そう思っていたら、それまで黙っていた小夜ちゃんが口を開いた。


「……兄です」


 小夜ちゃんから聞かされたのは、今の根暗そうな男が兄だということ。だが、私が驚いたのは、次に発した台詞だった。


「ここ最近、家に引きこもって、部屋からも出てこなかったんです。こんなところで会うなんて」


 成る程。それは難しい話にもなるし、人に話したいことでもないわね。ましてや、好きな人相手には、尚更話したくないわ。うっかり聞いちゃって、小夜ちゃんに悪いことをしちゃったわ。


「すいません。普段はあんな人じゃないんだけど、最近不幸があって……」


「ああ、いいんだよ。俺、気にしてないから」


 本当は気分を悪くしていたが、小夜ちゃんに頭を下げられては、怒りを収めるほかない。でも、最近不幸があったって、それは小夜ちゃんにも当てはまることなんじゃないの?


「あ、いたいた!」


 大きな声で私たちを呼ぶ声がした。瑠花たちが集合場所からいなくなっていた私たちを探して、ここまで来たのだ。


「クレーンゲームをしていたんですか? 私とは行ってくれないくせにひどい!」


 先を越されたと判断した萌が、猛然と近付いてきたが、間髪を入れずに、バッグからたぬきのぬいぐるみを出して渡す。


「はい、これ。プレゼント」


「え? 私にですか」


 さっきまで怒っていた顔から、急激に体温が減少していくのが分かる。プレゼントに弱いのは相変わらずのようね。


「もう! これから大会が始まるって言っているでしょ。クレーンゲームにうつつを抜かすなんて、何を考えているの?」


 小桜も食ってかかってきた。ぬいぐるみのストックはもうないので、素直に謝ることにする。まあ、小桜はぬいぐるみではつれないので、ストックがあったところで同じことか。


「いよいよ本番よ。みんな、気合を入れてバトルに挑むように!!」


 こう言っては何だが、小桜だけ気合が入っている状態だ。瑠花は面白がって合わせているだけだし、萌は最初から勝負を投げているし、私と小夜ちゃんは先ほどの一件で戦意を喪失しているし……。こんな状況で戦えるか、甚だ疑問だ。


 これじゃ勝てないよなと思っていたら、本当にその通りになってしまった。


「負けちゃったね……」


 さっきまでの威勢が嘘のように、小桜は意気消沈していた。敗戦がよほどショックだったのか、うな垂れたまま座り込んでいる。


「全員一回戦負けか。かすりもせえへんかったな」


 正直、惨敗と言っていい結果だった。ここまであっさり負けると、却って清々しいくらいだ。


「やっぱりこういう色物イベントで一発逆転を狙っちゃ駄目なんですよ。人間、地道にいくのが一番です」


 萌にしては珍しく現実的なことを言っている。


「旅行代を稼ぐために、明日から働きましょう。……小夜がね。メイド喫茶とか、良いと思いますよ」


「萌ちゃんの方が、男性受けがいいと思います」


 萌にしては良いことを言うと思っていたら、やっぱり裏があった。小夜ちゃんも言い返したため、見る間に雰囲気が悪くなってしまった。


 必死に仲裁に入る私の横を、異世界でハーレム生活を送ることを目論んでいたお兄さんが、死んだ魚のような虚ろな目で通り過ぎていった。予想通りだが、あの人も駄目だったようだな。とぼとぼと歩く後姿を眺めながら、自殺しないことだけを祈った。


 こうなると、誰が優勝したのかが、気になるところだが、向こうで店員から神様ピアスを渡されている人間はというと……。


「お兄ちゃん……」


 小夜ちゃんのお兄さんだった。獲得した神様ピアスを興味深げに見ている。その姿を小夜ちゃんが悲しそうに見ている。


 確か小夜ちゃんの話では、引きこもりだったらしい。まずいな。神様ピアスを使えば、一生金や食べ物、生活に困ることはない。つまり、未来永劫殻の中にこもったまま出ないことになるかもしれない。


「……あの神様ピアス、強奪出来ないかな」


「小桜、悪人の目になっとるで」


 神様ピアス欲しさに、物騒なことを言いだす小桜を、瑠花がたしなめていたが、それもいいかもしれないという考えが頭をよぎった。


もう十二月なんですね。あと一か月で今年も終わりなんですね。などと、しみじみしてみます。年末に同じことをまた言いだすと思いますので、どうか温かい目で見てください。

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