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第四十三話 クレーンゲームで捕まえて

第四十三話 クレーンゲームで捕まえて


 私がずっと欲しいと思っていた神様ピアスが、三丁目のゲームセンターで開かれるイベントの賞品になっているらしい。賞品にするくらいなら、自分たちで使えばいいのにと、ゲームセンターの店員たちの気前の良さを皮肉ったが、もらえるものはもらっておかないと。


 翌日の日曜日、私たちは意気揚々と、ゲームセンターの前に集合した。


「水無月さん。クレーンゲームの景品で、可愛いぬいぐるみがあったんですよ。でも、難しくて、私じゃ取れそうにありません。水無月さんに取ってほしいなあ」


 私の右腕に自分の胸を押し当てて、露骨にアピールしてきやがる。しかも、小夜ちゃんに見せつけるように。


 小夜ちゃんも放っておけばいいものを、顔をしかめているではないか。そんな顔をしたら、ますます萌を調子づかせるだけだよ。


「これから格闘ゲームをやるんだから、クレーンゲームはいいじゃないか……」


「何を言っているんですか。私たちみたいな普段携帯のゲームアプリしかしない人間が優勝出来るわけないじゃないですか。どうせすぐに負けるのがオチです」


 萌の言っていることは的を得ているが、何も今言わなくても……。


「だ・か・ら、今日は萌とのデートを楽しみましょうよ。ねっ!」


 いやいや、他にも人がいるでしょ。デートは無理だから。まあ、元々あんたとデートする気なんてないけど。


「ちょっと、今日は格闘ゲームで燃えに来たのよ。イチャついて、愛に燃えてどうするのよ」


 眉を潜めて注意しつつも、小桜はどこか得意そうだった。上手いことを言ったつもりなのかしら。


 頭を抱えていると、萌に抱きつかれていない、もう片方の腕に柔らかな感触が。萌に対抗しているのか、小夜ちゃんも私の腕に胸を押し付けてきていたのだ。


 むむむ!? 押し付けられている腕から伝わってくる、この弾力に溢れた豊満な感触!! 小夜ちゃんも、萌と同程度の胸を持っているということなの!?


 大きな胸が大嫌いな私にとっては、この上なくむかつくことだわ。小夜ちゃんは私の味方だと思っていたのに、こんな形で裏切られるなんて。あ~、気に食わない。気に食わないわ!


「ほら。あなたたち、これからエントリーするから、ちょっと手続きするのを手伝いなさい」


「え~! 私、これから水無月さんとラブラブする予定が……」


「いいから来なさい!」


 真昼間から公衆の面前でイチャついている私たちに嫌気を刺したのか、私の腕から、後輩コンビを引きはがし、受付に引っ張っていった。


 三人の姿が人ごみに消えたのを見計らって、今度は瑠花が話しかけてきた。


「あははは! 後輩コンビは最高やな。見ていて、退屈せんわ」


「見ている暇があったら、助けてよ」


 後輩コンビに争って求愛される私は、もみくちゃにされて落ち着かないのよ。


 不機嫌になっていると、何を思ったのか、瑠花がグイと顔を近付けてきた。


「まっ! 周りにはうちも狙っているってことで伝わっとるからなあ」


「ば、馬鹿……。近いよ」


 もう少しで互いの唇がくっつきそうだ。


「ええやん。今は男の体なんやろ?」


「で、でも、中身は瑠花の親友だよ……」


 しどろもどろになって拒否していると、それまで真顔だった瑠花が突然、噴き出した。


「あははは! 冗談や、冗談。そんな顔を赤くせんといてえな!」


 こんなに面白いことはないと爆笑している瑠花に、いいように遊ばれた私は、恥ずかしいやら、頭に血が上るやら。


 全く、親友をからかいやがって……。気分が悪くなりそうだったが、周囲の気分はさらに悪くなった。


 会場には男の人が多く、今のすったもんだで、ずいぶん睨まれることになってしまった。無理もない。いつの時代も、モテる男は敵意の対象になるのだ。


 やがて瑠花もジュースを買いに行ってしまうと、完全に一人取り残されてしまった。


 私が一人になったのを見計らったかのように、私の隣にメガネをかけた中年太りのお兄さんが一人立った。


 うわあ、この人もめっちゃ私のことを睨んでいるよ。


 しばらく気まずい雰囲気のまま、だからといって、自分が悪い訳でもないのに、どこかに行くのも変なので、我慢していたら、お兄さんに話しかけられた。


「君、ずいぶんモテるんだねえ」


 やっぱりそうきたか。いきなり話しかけてきたことには驚いたのだが、予想していたことだったので、無難な回答を返すことにした。


「いえ、そんなことないですよ」


 謙遜したら、すごい目で睨まれてしまった。かといって、「はい、モテます!」と素直に認めても睨まれるんでしょ? どう言えっていうのよ。


 お兄さんはしばらく面白くなさそうにしていたが、コホンと咳払いをすると、メガネをくいと上げながら、捨て台詞のように言い放った。


「まあ、いいさ。僕も神様ピアスを手に入れたら、君と同じようにリア充生活を満喫させてもらうから」


 自分で作り出した理想の彼女たちと送るハーレム生活。それはリア充と呼ぶのでしょうか。


「神の知らせだったねえ。実を言うと、僕は死ぬ寸前だったんだよ」


「ふえ?」


 ちょっと、ちょっと。いきなり死ぬ寸前だったとか、何を言い出すのよ、この人。


「この小説を知っているかい?」


 名前だけなら聞いたことがあるわ。確か学歴も、職も、友人すらもいない駄目男が交通事故で死んだのを機に、異世界に転職するという話だわ。確か、その世界では、人間の王女と魔王との間に生まれた子と言うことで、人間と魔族の両方の頂点に生まれながらに立っていて、それを良いことに、たまに武術大会を開いて反乱因子を公開処刑しながら、百人の嫁を娶ることを目指していくという大ヒット作品だ。私は活字本の類を一切読まないので、ノーチェックだけど。


「現実世界があまりにも退屈だから、この主人公を真似て、僕も電車に向かって飛びこんで、そのまま異世界に旅立とうとしていたんだ。そんな矢先に、今回のイベントを知ったんだよ」


 ……いやいや、それ、小説の話だから。フィクションを呼んで、その世界に憧れるのは分かるけど、本当に実行しようとしてどうするのよ。しかも、実行したら、あなた、死ぬのよ!? 現実世界に飽きたみたいなことを言っているけど、どうせ小説の主人くと似たような境遇なんでしょ。でも、似ているのはそこまでだから。


 二次元に飲めるこむあまり、頭がどこかに飛んでしまった可哀想なお兄さんの独白を聞き終えて、夢の世界から戻ってきて現実と向き合ってほしいと、心底思った。


「そういう訳だから、神様ピアスは諦めて、彼女とゲームをエンジョイした方が賢明だよ」


 萌にクレーンゲームをせがまれたことを言っているのだろう。あんな会話に聞き耳を立てているなんて、どれだけ地獄耳なのよ。


 高笑いと共に、お兄さんは去っていった。ここまで何一つ自慢できる要素がないのに、あそこまで得意になれるお兄さんって、一体……。


 やや呆れつつ、立ちっぱなしなのも疲れたので、座って待っていると、小夜ちゃんが一人で戻ってきた。


「あれ? もう戻ってきたんだ」


「はい。手続きが思ったより、簡単だったので、私だけ先に解放されたんです」


 萌でなく、小夜ちゃんを先に戻してくれたところに、小桜の優しさを感じた。もし、萌が先に戻っていたら、うるさくて仕方がなかったからなあ。


「でも、他の二人もすぐに戻ってくると思いますよ」


「そうか……」


 萌が来るとうるさくなりそうだったので、避難も兼ねて移動してしまうか。


「小夜ちゃん。何かやりたいゲームとかある?」


「え?」


「ただ待っているのも暇だから、何かして暇を潰そうよ」


 小夜ちゃんは驚いているようだったが、すぐに意を決したようにクレーンゲームをしたいと主張した。


 またクレーンゲームか。本当にやりたいのか、それとも、萌に対抗意識を燃やしているのか。どちらにせよ、穏便に争ってほしいものだ。


 小夜ちゃんの手を引いて、クレーンゲームの前に行くと、ちょうど空いていた。


「どれか欲しいのある? 取ってあげるよ」


「良いんですか?」


「ああ。ターゲットが決まっている方が面白いからな」


 本当は犬のぬいぐるみが欲しかったのだが、今の私は男の姿。さしがに公衆の面前で、自分の欲しいものを躍起になって狙うのは恥ずかしい。仕方なく、小夜ちゃんの欲しいものを狙うことにした。


「では、あのうさちゃんをお願いします……」


 小夜ちゃんがぼんやり見つめながら、指差した先には、ウサギのぬいぐるみが鎮座していた。あれが欲しいらしい。


「分かった。ちょっと待っててね」


 実はクレーンゲームには自信があるのだ。もう勘弁してくださいと泣きつかれるくらい、うさちゃんを取りまくってやるぜ。


 そして、十分後、獲得できたぬいぐるみは……、一体もなかった。


「……おかしいな」


 最近のクレーンゲームは難易度が上がったのだろうか。こんな筈では……。さっきから小夜ちゃんに「もういいですから。うさちゃんは諦めますから」と泣きつかれている。


「ちょっと待って。次こそ! 次こそ取るから!」


 もう完全に痛々しいキャラに成り下がっていた。しかし、ここまで金をつぎ込んだ以上、取らずに引き下がることは出来そうにない。早い話が闘争心に火がついてしまっていた。


「駄目だよ。そんなやり方じゃ」


 何十回目の挑戦を始めようかしている時に、後ろから声をかけられた。振り返ると、いかにもオタクといった風貌の暗そうな男が立っていた。


「何なら取ってあげようか?」


 な、な、何ですって~? いきなり声をかけてきて、さらには取ってあげようかですって!? 何なのよ、こいつ!


 私が怒り気味に震えていると、業を煮やしたのか、男が再度口を開いた。


「聞こえなかったようだから、もう一度言うぞ。取ってあげようか、小夜?」


 え? 今、小夜ちゃんの名前を言った?


 驚いて小夜ちゃんを見ると、男を見たまま硬直している。この二人、知り合いなの?


クレーンゲームをしたことはありませんが、祭りで射的ゲームを楽しんだことはあります。いつもPS2やミニ四駆を狙って撃沈していました。良い感じにかもられていましたね。

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