第四十二話 三つ巴の始まり
第四十二話 三つ巴の始まり
ずっと定員割れが続いていた旅行部に、待望の新入部員が入った。とはいっても、騙して入れたといっても過言ではないが。
「いや~、真白が行方不明になって、部員が二名になった時はどうしようかと思ったけど、無事に五人揃って助かったわ」
この後の展開次第では、萌が怒り狂って辞めていくかもしれないから、ぬか喜びは現金だというのに、小桜はすっかり上機嫌だ。
それよりも、百木真白の存在価値が、小桜の中で薄らいでいるような気がしてならない。私が行方不明なままなことをもっと心配してほしいわ。
「これで顧問の美佐ちゃん先生にも、胸を張って報告できるよ」
「長い間、苦労をかけさせていたからなあ……」
美佐ちゃん先生というのは、この部活の顧問を務めている新人の女教師だ。人から頼まれるとノーと言えない、典型的な日本人で、その人の好さに付け込んで、半ば強引に顧問に祭り上げているのだ。
無理やり任されているためか、あまり乗り気ではないというのが伝わってきて、たまに申し訳ない気持ちになる。むしろ、旅行部が定員割れで消滅してくれる事態を望んでいる節があったので、部員が集まってしまったことを、間違っても喜ぶようなことはあるまい。不幸にも部員が揃ってしまった以上、これからも私たちに振り回されることになる、実に不憫な先生だ。
「あの~、私は何をすればよろしいでしょうか」
借りてきた猫のように落ち着かない様子で、小夜ちゃんがそわそわしながら聞いてきた。さっきから、私と瑠花と小桜の上級生トリオが楽しく雑談している中、会話に入れずにもじもじしていたのだ。適当に寛いでくれればいのに、新人として何かしなければいけないと、変な使命感を覚えているのかもしれない。見た目通りの真面目な子だな。
でも、自分以外は先輩という環境にいきなり馴染めというのも、酷な話だろう。
「そんな気を回さなくていいよ。その辺に座って楽にしてくれれば……」
機を見て、こっちから話しかけるようにして、小夜ちゃんがこの場の雰囲気に馴染めるようにしてあげようと思っていると、小桜が目を怪しく光らせた。
「ふふふ……、自分から働こうとしているとは、なかなか有望な子だわ」
「悪者の目になっとるで、小桜」
思わず瑠花からたしなめられてしまうくらい、小桜は悪い目をしていた。こいつは悪いやつではないが、やり過ぎてしまうところがあるので、もしもの場合は私が率先して止めるようにしないと。
「小夜ちゃん。ちょっとお茶を淹れてもらえるかしら。お湯はポットに入っているから」
「は、はい」
さっきまで救世主のように扱っていたくせに、あっという間にこき使い始めた。この変わり様を傍から見ていると、物哀しいものがあるわね。
「ど、どうぞ」
「ありがとう」
慣れた手つきで小桜の分のお茶を淹れた。口を付けた小桜の表情が緩む。
「あら、美味しい。小夜ちゃん、お茶を淹れるのが上手いわね」
「あ、ありがとうございます」
恐縮したように頭を下げる小夜ちゃんを見ながら、次はメイドの服でも着てもらおうかしらと小桜が呟いていた。どこぞのライトノベルの様な展開になってきていたので、さすがにそれは阻止させてもらった。
「何はともあれ、お茶を淹れるのが上手いのはポイントが高いで」
「何のポイントだよ……」
呆れながらツッコミを入れていると、この日、唯一顔を見せなかった後輩がだいぶ遅れてやって来た。
「おっつかれさまで~す!!」
無駄に元気な挨拶と共に、萌は部室のドアを開けた。この快活な声が数秒後に低くなると思うと気が重い。
「水無月さん。元気してましたか~」
「ああ、俺はいつでも元気……って、抱きつくな!」
部屋に入ってくるなり、いきなり抱きついてきた萌を強引に引きはがす。旅行部ではお馴染みとなりつつある光景だ。初めて目にする小夜ちゃん一人だけが驚いて後ずさっていた。
「小夜ちゃんも、水無月に気に入られたかったら、ああいう風に積極的にスキンシップをはかるようにせんと勝ち目ないで」
「ひえええ……」
いやいや、従順な小夜ちゃんに、萌のような馴れ馴れしい真似は出来ないでしょう。小夜ちゃんも、瑠花の冗談に耳まで赤くしなくていいから。
「む!?」
遅ればせながら、萌のやつも、新入部員の存在に気付いたようだ。小夜ちゃんを確認すると、萌は早速表情を強張らせた。
「誰なんですか、その泥棒猫は……」
初対面なのに、いきなり泥棒猫呼ばわりとは、ずいぶん口が悪いわね。見るからに人見知りの激しい小夜ちゃんは、当然のように怯えて私の背に隠れてしまったわ。それを見て、萌はさらに機嫌を悪くしていく。泥沼状態が凄い勢いで加速しているわ。小桜が小声で、どうにか収めろと指示を出しているが、骨の折れる展開よ、これは。
「ちょっと! あなた、同じクラスの新見小夜よね! そこは私の指定席なんだから、どきなさいよ!」
強い口調で迫るが、小夜ちゃんも負けじと「どきません!」と返す。
たちまち二人の間で火花が散った。間に立たされている私はただ圧倒されるのみだ。
萌も、小夜ちゃんの態度から、恋のライバルだと認識したらしい。掴みかからんばかりの迫力で睨む。
「お、おい! 頼むから喧嘩は止せ。争い事は嫌いだ」
声が上ずっているのを自覚しながら、争いの仲介をしようと懸命になる。
「そうや。恋のバトルは、恋で白黒つけなあかん!」
「そうですね。まあ、私の圧勝になるのは目に見えていますけど」
「せ、先輩はきつい女性は嫌いだと思います」
「何ですって……?」
瑠花の放った一言で、事態はさらに混沌としたものになってしまった。小桜だけが「三つ巴ね」と楽しそうに目を細めているのが癪に障った。
「とりあえず今日のところはここまでや。続きはいつでも出来るしな」
瑠花がまた席に着くと、他の二人も渋々引き下がることを決めたようだ。
「分かったわ……。でも、これだけは覚えておいてね。水無月さんは絶対に渡さないから」
「わ、私だって負けません」
それまで私の背に隠れて怯えていた小夜ちゃんがしっかりした口調で言い放った。
その強い態度が気に入らなかったのか、萌は面白くなさそうに、プイと顔を背けると、テーブルの上に乱雑に鞄を置いた。
やれやれ。すっかり部の空気が悪くなってしまったわね。
望まぬ事態に頭を抱えていると、小夜ちゃんが湯気のたったお茶を持ってきてくれた。
「あ、お茶を入れてくれたんだ。ありがとう……」
私の分のお茶まで淹れてくれたのか。何てマメな子なのかしら。
呆気にとられつつも、ありがたくお茶を受け取ろうと手を伸ばすと、それを遮るようにコーヒーが差し出された。
「はい、どうぞ。水無月さん。砂糖のたっぷり入ったコーヒーがお好きでしたよね」
「……」
横槍を入れるように、コーヒーを差し出してきたのは萌だった。砂糖が大量に投入されたコーヒーを愛飲しているのは事実だが、何もこのタイミングで出してこなくても。
「あ、ありがとう」
ここでどっちか片方から受け取ると、角が立ちそうな気がしたので、反射的に、小夜ちゃんの淹れてくれたお茶と、萌の作ってくれたコーヒーを同時に受け取ってしまった。
そんなに喉が渇いていた訳ではないが、受け取ってしまった以上、今更いらないと拒否することも出来ない。観念して、二つとも飲み干した。そのため、腹が少しダボダボになってしまった。
後輩二人のバトルを十分に楽しんだのか、私が飲み終えるのを見計らって、小桜が話し出した。
「さて。全員集合したことだし、そろそろ本日の部活を始めますか」
「本日の活動といっても、ゲームをやったり、漫画をしたりして、帰宅時間まで時間を潰すだけじゃないですか」
萌が横で突っ込みを入れるが、小桜は無視して話を続ける。
「今日は重要事項の報告があります。みんな、注目!!」
そんなことを言わなくても、小桜の言動にみんなが注目している。たいして広くもない室内で、小桜の大きな声はよく響くのだ。
「瑠花と水無月くんは、前回異世界で遊んだけど、一年コンビはまだ異世界に行ったことがないわよね」
「一年コンビって……。こいつと一括りにするのは止めてもらえませんか?」
小夜ちゃんを見ながら、萌が唇を尖らせていたが、小桜はまたも無視。
「でもなあ、みんなで行こうにも、五人分のログイン用カードを集めようとすると、結構な値段になるで」
「その点は私も考えたわ。そして思いついたの。神様ピアスが一つあれば、問題ないじゃないかって」
神様ピアスがあれば、ログイン用のカードを増やせるので、全員分確保するのは確かに容易い。だが、神様ピアスの値段は、さらに高い。しかも、出回っている量も少なっているので、金があっても、手に入れられないケースが急増していた。
授業中に、小桜が話していたことを思い出した。イベントで神様ピアスを勝ち取ると言っていたな。こんな話を部員の前で話すということは、もう見つけたらしい。こういうことに関しては、手が早い。
「実は次の日曜日に、三丁目のゲームセンターで、格闘ゲームの大会があるのよ。その商品に神様ピアスが出品されているの」
部員の間から歓声が上がる。三丁目のゲームセンターといえば、学校の近くではないか。そんな近場で、神様ピアスを入手するチャンスが転がっていたとは。
「次の日曜日は予定を空けておいてね。あっても、キャンセルするのよ」
またずいぶん強引なことを言いだしたものだ。だが、神様ピアスでテンションの上がった部員たちから、不満が噴出することはなかった。
「そうと決まれば、みんなで一丸となって、神様ピアスを取りに行くわよ!」
小桜の叱咤に呼応して、勇ましい雄叫びが部室にこだまする。ひょんなことから、五人が揃った旅行部の士気がいつの間に高まっていたのだった。
旅行部の部長は小桜です。仕切りたがりな性格なので、任せられました。