第四十一話 悲喜こもごもな放課後
第四十一話 悲喜こもごもな放課後
学校にいる間中、誰かに見られている気がする。敵意や殺気の類は感じなかったから、物騒な輩でないことは分かったが、それでも良い気がしない。たまに振り返ってみても、隠れるのが上手いのか、まるでしっぽを掴めないのだ。結局、私を付け狙う影の正体が判明したのは、翌日のことだった。
この日も相変わらず続く、何者かから向けられる視線に、居心地悪く過ごしていた。次の授業の準備をしていると、隣の席の三上くんが亡霊のように青白い顔で、私の机に手紙を置いてきた。
「何、これ?」
見たところ、妙に可愛らしい便箋だった。こう言っては何だけど、スポーツ刈りの三上くんには似合わない。
「お前宛てのラブレターだよ……」
「ああ、どうも」
何で私宛てのラブレターを三上くんが渡してくるのかしら。ああ、そうか。私に渡してって、頼まれたのね。
机の上に置かれたままのラブレターに目を通す。私宛てか……。悪いけど、中身が女だから、OKは出来ないのよね。小桜が知ったら、付き合う予定がなくても、部に勧誘するように言うんだろうな。それにしても、三上くんはどうしてこんな死にそうな顔をしているのかしら? 確かいつも無駄に元気だったやつの筈なんだけど。
不思議に思って、ラブレターを手に取ると、封が既に開いていることに気付いた。
「ごめん、中を見ちゃった……」
「……そうなんだ」
他人宛てのラブレターを読むなんて、悪趣味なことをするわね。最初は楽しんで読んでいたけど、その内に自分がしていることが虚しくなって、元気をなくしたということかしら。
「その手紙な。俺の机に入っていたんだよ……」
ラブレターを持ったまま、私の動きがピタリと止まる。
「可愛い便箋に入っているだろ。すぐにラブレターだと分かって、テンションは最高潮さ。俺にも春が来たんだって思って、夢中で読んだよ。そして、最後にお前の名前が書いてあるのを見て、自分の勘違いに気付いたんだ……」
そりゃあ、自分の机に入っていれば、無条件で自分宛てだと思うからな。彼のことを間抜けと笑うことは出来ない。間抜けがいるとしたら、ラブレターを入れる机を間違えた差出人の方だろう。
「悪いな。こんな言い訳を聞かされても迷惑だよな……」
「いや……、気にするなよ。怒ってないから……」
彼がラブレターを読む過程を想像すると、胸が痛んだ。相当の心理的ダメージを負ったことは、彼の衰弱しきった表情を見れば、一目瞭然だ。そんな意気消沈する彼を、さらに責めるような、傷口に塩を塗りこむ真似を私には出来ない。
「男っていつも肝心な部分を見落とすものだな……」と呟きながら、肩を落として、三上くんは教室から出ていった。せめて、次の授業が始まるまでには戻ってきてほしいと思いながら、彼の復活を切に願った。
気を取り直して、ラブレターに目を通す。三上くんが相当激しく扱ったのだろう。ところどころくしゃくしゃになっている。
内容を要約すると、ずっと好きでした、付き合ってくださいというお決まりの内容だった。返事は今日の放課後に教えてほしいとのこと。ずいぶん返事を急ぐじゃないか。熟考したところで、私の答えは決まっているけど。……無視するのも何だし、ちゃちゃっと断ってきてしまおう。大事になるのも面倒なので、小桜には黙っておくか。
ラブレターの事実は隠したままで、次の授業は始まった。
「私はね。そろそろ神様ピアスを手に入れたいと思っているのよ。あれがあれば、世界中のどこの都市でも再現可能じゃない。旅行のためにお金を貯める必要もない訳よ」
次の授業は美術で、外に出て風景画を描くという内容だった。私たちは旅行部の三人でつるんで、適当なところに陣取って描き始めたのだが、小桜は絵を描いている振りをしながら、異世界談義に夢中になっている。
「神様ピアス! ええな~」
もっとも異世界に興味があるのは、私と瑠花も同じで、やはり絵はそっちのけで雑談に熱を上げていた。
「でも、あれってすごく高いんじゃ……」
ただでさえ、私にとっては高嶺の花なのに、全部で百十個しかないという状態なので、値段はさらに吊り上っていた。需要に対して、供給が少なすぎるのだ。
「私もね。もちろん買えるとは思っていないわよ。でも、実力で勝ち取ることは出来ると思うの」
「実力? ……ああ、そういうことか」
神様ピアスの需要が高まっているのを好機と見た一部の企業が、イベントの商品にするケースが増えているのだ。それに参加して、入手しようというのだろう。
「ええやん、それ。めっちゃ面白そうや!」
瑠花も私も、その案に乗り気になった。小桜も詳しく調べておくと、鼻息を荒くして語った。
金を稼ぐことには自信はないが、イベントで勝利する自信ならある。腕が鳴るわ!
さて、時間は流れて、放課後。私は告白の返事をするために、屋上へとやってきていた。
さっきからため息ばかり出て止まらない。無理もないか。私に対して好意を持ってくれている相手に、残酷な返事をするのだから。気分は決して良くない。
屋上に到着すると、既に女子が一人待っていた。私の顔を見るなり、顔を赤らめたところから察するに、この子がラブレターの送り主で間違いなさそうだ。
「え~と、手紙をくれたのは君?」
一度でいいのに、何度も首を縦に振っていた。何か小動物を思わせる仕草だな。
「どうして俺なのかな? 素敵な男子ならほかにいくらでもいると思うけど?」
などと意味のないことを言ってみる。ここで「確かにあなた以外で素敵な人がいました。そっちに告白することにします」とはならないだろう。
「そ、そんなことないです。先輩くらい格好いい男子は他にはいません。学食で先輩を見かけた時に、その……、一目惚れしちゃったんです」
一生懸命言い終えた後、彼女は顔を沸騰しそうな勢いでさらに赤らめた。あがり症なのかしら。
とりあえず、外見を見て惚れたということで良さそうね。この年頃の女の子にありがちな面食いか。私のことを先輩というくらいだから、後輩なのだろう。
「そ、それとも、先輩は、既にお付き合いしている女性がいるんですか?」
「いや、そんな大層なやつはいないよ」
いないという単語を聞いて、彼女の顔が見る見るうちに明るくなる。君と付き合うつもりもないから、喜ぶ要素はないんだけどね。
これ以上、希望もない告白に突き合わせるのも忍びなくなってきたので、切り出すことにした。この子、きっと泣いちゃうんだろうな。ああ、心苦しい。
まさに私にとっても、後輩の子にとっても、苦痛の時間だった。私は、交際している女性はいないけど、だからといって、付き合うことが出来ない旨を、言葉を選んで慎重に話した。だが、いくら気を遣ったところで、所詮振る作業。後輩の表情はどんどん曇っていった。
「だから、……ごめんね。君とは付き合えない」
交際は出来ないと発言した途端、女の子のつぶらな瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れてきた。
「え……と、ごめんね。希望する返事が出来なくて」
「いえ、いいんです。勝手に好きになっただけですから。余計なご足労をかけて、私の方こそ、すいませんでした……」
振ったばかりの私に対して、丁寧な言葉遣いで話す。性格は良いようだ。こんな子を泣かせなければいけないなんて。仕方がないとはいえ、あまり気分が良いことじゃないな。
どうにもいたたまれなくなってしまい、適当な言葉で場を濁して、そのまま退散するように屋上を後にすることになってしまった。萌のように、周囲が手を焼くほどのプラス思考なら問題ないんだろうけど、彼女は繊細そうだったからなあ。ちゃんと立ち直ってほしいわ。
告白を終えて、重い気持ちを引きずるように、部活に出るために部室へ行くと、まだ誰も来ていなかった。しばらく待っていると、小桜と瑠花が、さっき私が振ったばかりの女の子を連れてきた。
「その子は……」
「新入部員よ!」
私が唖然としていると、小桜が堂々と言ってのけた。明らかに私がその子に告白されたことを知って、勧誘している。悪意は感じないものの、気分は良くなかった。
「屋上で一人、涙を流していたから、声をかけたのよ。旅行部で、親交を深めていれば、今は駄目でも、将来的に付き合えるようになるわよって」
「また口から出まかせを……」
いくら親交を深めても、私がその子と付き合うことはないのよ。だって私は女だから。事情を知らない小桜はともかく、瑠花まで乗り気なんて。こいつのことだから、どうせ面白くなりそうだと賛成したんだろう。根っからのトラブル好きだからな。
「でも、驚いたわ。瑠花まで小夜ちゃんの入部に賛成するなんて。ライバルが増えるから、反対すると思っていたのに」
「人を好きになるのは自由や。ま、どっちが勝っても、恨みっこなしでいこうな!」
瑠花が後輩の子の背中をバンと叩いた。勢いが強すぎたみたいで、ちょっとむせていたが、私と目が合うと、恥ずかしそうに目を反らしてしまった。
「もう! 新入部員の勧誘には力を入れるように言ったじゃないの。どうしてすぐに振ったりするのよ」
小桜は理不尽にも、腹を立てていたが、そういうことじゃなくて、この後はどうするのよ。言っておくけど、私はこの子と付き合うつもりなんてないわよ? それに、萌が知ったら、激怒するわよ。どう収めるつもりなのよ!
「任せた!」
小桜にクレームを入れると、そんな無責任な答えが返ってきた。かき混ぜるだけ、かき混ぜておいて、結局それか……。分かっちゃいたけど、親友の言葉を聞いて、どっと疲れが出てしまった。
今回登場した後輩ちゃんですが、名前は「新見 小夜」といいます。