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第四十話 幻の修羅場

ここ最近、ずっとシリアスな話が続いていたので、今回はギャグを多めに入れてみました。

第四十話 幻の修羅場


 手術の腕が買われて、生きながらえることに成功した女医さん。本人はあまり嬉しくなさそうだったが、命の恩人が助かったことに、私は密かに安堵していた。


 さて、当分の間、牛尾さんにこき使われることになった彼女に対して、一つの疑問が生じていた。


「ちなみに君……、名前は?」


 考えてみれば、彼女の名前を聞いていなかった。アーミーのやつはドクターと呼んでいたが、それではあまりにも味気ない。女医さんは何故か困ったような顔をした後で、口を動かした。


「……パーフェクトドクター」


 名付け親にはネーミングセンスはなかったらしい。女医さんも、決して気に入っている訳ではなさそうで、顔を赤らめて小声で呟いていた。


「え? 何だって?」


「いや……、名前は付けられていないんだ」


「そうか。不便だな」


 小声過ぎて聞き取れなかったみたいで、月島さんが聞き返したのを好機と捉えたのか、名前がないと弁明していた。パーフェクトドクターと呟いていたことは黙っておいてあげよう。


「じゃあ、私が名前を付けてあげるわ。あなたの名前はそうね……。決めた! 『まな板』にしましょう」


「パワハラ全開の名前だな」


 明らかに女医さんの胸を見て決めた名前だ。


「他の名前にしてあげましょうよ」


 その名前だと、私も罵倒されている気分になるから、嫌だわ。


 私と月島さんの二人で変更を希望するが、肝心の女医さんはあまり気に留めていないようだった。


「分かった。それでいいよ」


「「いいの!?」」


 よく考えてみれば、自分の命にも無頓着な人なのだ。名前くらいでガタガタ言う筈はなかったか。本人としては、パーフェクトドクターでなければ、何でもいいらしい。


 結局、『まな板』だけは駄目だと私が強行に反対したため、女医さんの名前は、最終的に『マナ』に決まった。無論、まな板を略しただけの名前だが、マナの方が何倍もマシだ。


 女医さんの問題も無事に解決したことで、話題はこの世界の神様ピアスへと移っていった。


「また神様ピアスが増えたね」


「ああ」


 アーミーから没収した神様ピアスを見ながら、ちょっとお願いがしてみたくなってしまった。


「ねえ、私にも一つちょうだい。三つあるんだから、一つくらい良いでしょ?」


「だ~め! 子供にはまだ早い」


 私の願いはあっけなく突っぱねられてしまった。「月島さんのケチ!」と舌を出しながら、不満をあらわにしたが、月島さんは堪えてないようだった。


 話し合いの末、神様ピアスは牛尾さんの手に渡ることになった。マナをこき使うために必要だろうというのが、決め手になったようだ。


「神様ピアスで思い出したけど、黄色のピアスの入手経路も気になるところだわ」


 無我夢中だったせいで、失念していたが、そこが一番重要だった。上手くいけば、キメラやお父さんにつながる手がかりになるかもしれないのだ。今後の取り調べで、何としても解明してもらわねばなるまい。


 とにかく今日のところは、あとの始末を牛尾さんに任せて、私は現実世界に戻ることになった。


 ふ~、一時はどうなるかと思ったけど、今回もどうにか生き延びた、と!!


「ああ、それからね。君の親友から連絡があったよ」


 その言葉を聞いて、背筋がピキッと凍り付いた。


 うっかり忘れていたと、頭をかきながら、月島さんが教えてくれた。そんな重大なことをどうして忘れているのよと、月島さんを責めることは出来ない。私だって、瑠花と小桜のことを今まで忘れていたのだから。


 そうだ。家でお泊り会をするために、スーパーで買い物をしている最中に、アーミーに絡まれて、そのままになっていたのだ。


 無論、私の事情など、あの二人は知らない。私が約束をすっぽかして、先に帰ったと見なしているに違いない。どうしよう。下手したら、絶交されるかもしれない。


「仕方ないじゃないか。殺人犯に絡まれていたんだから。正直に話せば、向こうも許してくれるよ」


「仕方なくない!」


 殺人犯と喧嘩していましたなんて、言える訳がないじゃない! どう言い訳をしようか、頭を悩ませる私に、優しく微笑んで、ポンと肩を叩いてきた。


「心配するな。気を効かせて、上手く取り繕っておいてあげたから」


「さすが、月島さん、頼りになる!」


 親友との仲がこじれずに済みそうなことに、私は舞い上がってしまった。月島さんがどう取り繕ったのか、詳しく聞くこともせずに、無邪気に彼を称賛したのだった。




 翌日、登校すると、すぐに小桜と瑠花のところに謝りに行った。いくら月島さんが上手く取り繕ってくれたと言っても、何も言わないままは不味い。


「昨日はごめん……」


 開口一番、頭を下げる私に、小桜は笑って、頭を上げるように促した。


「気にせんでええよ。うちら、別に怒っとらんし」


「そうそう。気にしてないから」


 月島さんの説得が功を奏したのは本当で、彼女たちからは微塵も怒りを感じなかった。だが、安堵しかけた私に向かって、小桜が衝撃的な事実を告げてきた。


「もうビックリだよ。あの私と分かれたすぐ後に元カノと再会したなんて」


「ほえ!?」


 あれれ? 何かおかしいことを言いだしたぞ? 元カノ? 再会? 小桜は何を言っているのかしら。


「しかも、一人やない。五人と同時に再会して、ちょっとした修羅場になったらしいやないか」


「……何ですと?」


 知らない内に、私はとんでもない女たらしになってしまっていた。つまり、この二人には、元カノ五人と偶然鉢合わせしてしまい、修羅場という名の話し合いをしていたということで、伝わっているのか。


 月島さん……。取り繕ってくれたのはありがたいけど、もっと当たり障りのない嘘で誤魔化してほしかった……。ていうか、この話って、月島さんの実体験じゃないわよね。


「心配すんなや。元カノが何人おろうが、お前に対するうちの愛は変わらん」


 含み笑いを押し殺すように言ってきていることから、瑠花は月島さんの作り話を見抜いているのだろう。その上で、誤解を加速する発言をしているのだ。本当に良い性格をしているわ、この子。


 私と瑠花の会話を、小桜は真面目な顔で見ていた。そして、私の両肩に手を置いて、諭すように言ってきた。


「水無月くん。今回揉めた女の子たちと仲直りしてきなさい……」


 仲直りしろと言われても、月島さんの悪ふざけで生み出された実在しない女子にどう謝れというのよ。


「そして、仲直りの印に我が旅行部に勧誘……」


「結局、それか~~!!」


 柄にもないことを言っていると思えば、結局勧誘の話じゃないの。真面目に耳を傾けて損したわ。


「せっかくのチャンスじゃない。後一人で部として正式に認められるのよ。リーチがかかっているんだから、ここ一番で頑張ってくれないと困るわ」


「困るのはあんただけだから!」


 仮に元カノの話が本当でも、旅行部にだけは勧誘はしないわ。そんなことを気にしているのだったら、小桜が男を誘惑すればいいのよ。黙っていれば、可愛いんだから、きっと上手くいくわ。


 大体旅行部といっても、ここ最近全然旅行に行っていないじゃないの。こんな状態じゃ、部員が集まっても潰されるわよ。などと、脳内で愚痴っている時だった。


「む!」


 何者かの視線を感じて、反射的に振り返った。


「どうしたん?」


 瑠花が不思議そうに聞いてくるが、視線の主は発見できなかった。


「いや、誰かに見られている気がして……」


「元カノやな」


「だから、早く仲直りしてきなさい」


「いやいや、違うから」


 月島さんの創作話の登場人物が現実にいる訳はない。


 ただ、それを別として、今日は、やたらと誰かの視線を感じるのよね~。振り返ってみても、誰もいないし、本当に何なのかしら。


 腑に落ちないものを感じつつも、いつまでも振り返ったままなのも何なので、正面に向き直った。


 こうして、また雑談に興じるようになった私は、物陰から私を見る人物に気付くことはなかった。その子が手にしている、可愛らしい封筒のことも、翌日までのお預けとなったのだった。


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