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第四話 増殖する異世界

第四話 増殖する異世界


 父さんが中心となって開発していたオンラインゲームのメインプログラムに体を盗られた上に、パソコンの中に閉じ込められてしまった。牛尾さんのおかげで、他人の体とはいえ、どうにか現実世界に戻って来ることが出来た。


 この後、予定があるという牛尾さんにお礼を言って別れた後、月島さんと二人で、彼のマンションへと向かった。


「まっ! 狭い部屋だけど、ゆっくりしていってよ」


 部屋に入ると、お決まりに近い言葉を月島さんは私に投げかけた。


「いやいや。一人暮らしの男の部屋にしては広いですから」


 これから居候となる身としては、偉そうなことは言えない。それを抜きにしても、月島さんの部屋は広いけど。


 どうにか現実世界に戻ってくることの出来た私だったが、中身は私でも、体は別人。当然、この姿のままでは、家に帰ることは出来ない。友人の家も同じだ。


 しがない女子高生だったので、お金もなく、アパートを新たに借りることも出来ない状態だ。あわやホームレスの危機に見舞われたが、そんな私に救いの手を差し伸べてくれたのが、月島さんだった。


 幸い、月島さんは年齢の割には部屋数の多いマンションに住んでいたので、たまたま空いていた一部屋を使わせてもらえることになった。


 今の姿では家に帰れないので、当然、私の自室から私物を持ってくることは出来ない。なので、着の身着のままの引っ越しとなった。


「引っ越しだけは簡単に済むな」


「物がありませんからね。私がその部屋に一歩立ち入ったら、それで引越し完了です」


 月島さんに皮肉を言われながら、私は自分が使うことになる部屋に入った。いくら使っていないとはいえ、当然、荷物の一つ二つはあった。


 その内の一つである写真立てに目がいった。そこには月島さんとお姉ちゃんがツーショットで写っていた。


 写真のお姉ちゃんは幸せそうに笑っていた。


「お姉ちゃん……」


 月島さんの話では、私とお父さんが失踪したことに、たいそう心を痛めているらしい。優しかった姉に思いを馳せていると、自然と頬を涙が伝っていった。


「おいおい。男の涙はみっともないぞ」


 月島さんに軽く小突かれたが、涙はすぐに止まらなかった。抑えていた筈が、お姉ちゃんの写真を見た途端、感情が溢れてしまったのだ。一度溢れた涙はそう簡単に止まらない。結局、月島さんの前だというのに、五分ばかり泣いてしまった。


「とりあえず現実世界に戻ってきたお祝いに、ケーキでも食べに行こうか。今日は好きなだけ食べていいぞ」


「うん……」


 私が泣いているのをただ黙って見つめていた月島さんだったが、私の泣き止むのを見計らって、気分転換も兼ねたケーキバイキングに誘ってきてくれた。以前、パソコンに幽閉されていた時に、ケーキを食べる約束をしていたので、おそらくそれを果たそうとしているのだろう。


 とにかくぐだぐだ悩んでいても仕方がない。涙をぬぐって、今はケーキを食べて元気を出そう。そして、私の元の体を取り戻しに行くのだ。


「好きなだけ食べて良いって言ったことを後悔しますよ。この体、今までより多く物が食べられそうな気がするので」


「男の体だからね」


 私が忠告してあげたのに、月島さんはあまり焦った様子はなかった。本気にしていないと見た。これは何が何でも、顔色を変えてやらねばなるまい!


 連れて行ってもらったケーキバイキングでは、モンブラン、エクレア、チーズケーキ、そして、この前に食べ損ねたイチゴのショートケーキと、目についたものを次々と頬張った。


「よく食うねえ……」


 呆れたように、私を見ながら、月島さんは呟いた。予想通り、この体は百木真白の体に比べて、容量が大きい。


 他人の体ということもあり、カロリーを気にせずに、心ゆくまでケーキを堪能した。体重の増減を気にしなくていいとは、なんて素敵なことなんだろうか。こうして、お腹が膨れるまで食べたのだが、残念なことに月島さんを後悔させるには至らなかった。


 大好物のケーキを一か月ぶりに堪能できたことで、元気が出てきた。月島さんには感謝してもし足りない。


 ケーキをごちそうしてくれたお礼を言ったついでに、厚かましいとは思いつつも、月島さんに追加のお願いをした。


「ああ、そうだ。月島さん。あとで私の股下を蹴りつけてくれます?」


「ぶっ!!」


 男のあそこはダメージに弱いと聞く。よく屈強な体格の男がそこを蹴られて、うずくまるのを目にする。私も小さいころ、家族から暴漢に襲われるようなことがあったら、股下を蹴って逃げるように教えられて育った女だ。どれくらのダメージになるのか、早めに体感しておくに越したことはないだろう。


 万が一、再起不能になったとしても、この体の持ち主は既に死亡。私もいずれ元の体に戻るつもりなので、問題はあるまい。


 だが、月島さんにはやんわりと拒否されてしまった。体感しない方が良いとのことで、何とも気になる断られ方だ。


「キメラと闘う前に体感しておきたかったんですけどね。狙われてからじゃ遅いし」


 私の決意を聞くと、月島さんは苦笑いした。


「早くも臨戦モードだね」


「腹ごしらえも済みましたんで」


 何しろ、こちらはパソコンの中で一か月も待たされたのだ。フラストレーションがたまって仕方がないのだ。


「そんな真白ちゃんにビッグニュースがあるんだ」


「早速聞かせてもらえますか?」


 この流れなら、ビッグニュースとやらが、キメラ関連であることは間違いないだろう。今の私にとっては、願ってもない事態だ。


「今更なことを聞くけど、「神様フィールド」の世界は全部で幾つでしょうか!」


 人差し指を立てて、いきなり問題を出された。少々困惑はしたものの、答えは知っていたので、回答する。


「十個ですよね」


 テレビのインタビューでお父さんが散々話していたことなので間違いはない。


「その通り。真白ちゃんの言う通り、異世界の数は全部で十個だ。社員の失踪事件が起こった時も、数は十個のまま。これは俺が直接確認したことだから、間違いはない」


 公式の設定をおさらいした後で、話は本題に移る。


「ところがね、いつの間にか増えているんだよ。公式には存在しない筈の世界が……」


「へえ……。増えているってどのくらいですか?」


「百個!」


「ずいぶんな増殖じゃないですか」


 どこのどなたの仕業なのか、察しはつくが、派手に始めてくれたものだな。目的は何かしら。


「誰の仕業だろうね」


 もったいぶったことを聞いてくるものだ。そんなの一人しかいないだろうに。


「もう一人の私じゃないですか?」


 憎しみをこめてそいつのことを呼んだ。もう一人の私というのは、あくまで私の体を使っているから、そう呼んでいるだけだ。もちろん、すぐに返してもらうつもりでいる。


「ケーキを楽しんだばかりだけど、行ってみる?」


「入るためのパスカードはどうするんですか?」


 「神様フィールド」の世界にログインするためには、異世界ごとに専用のパスカードが必要になる。そのカードを発行するのは、本来はお父さんを始めとする開発チームの筈だ。だが、それはお父さんたちが作った公式の世界の話だ。突如発生した世界への侵入方法までは知らない。


 だが、その疑問はすぐに晴れる。何でも、牛尾さんを含めた技術者が集められて、急造の新開発チームが組まれたらしいのだ。そして、そのチームが新たに発生した異世界へのログインに必要となるパスカードの作成に成功したらしい。


「私の知らないところで、いろいろ動いていたんですねえ」


「そりゃ、パソコンの中から全てを把握できるほど、世界は狭くないよ」


 皮肉を込めた冗談を月島さんに言われてしまった。


「それでね。ここにその新しい異世界の一つに入るために必要な専用のパスカードがある。さっき牛尾にもらった」


 目の前で専用のパスカードを二枚ひらひらさせた。


 私が現実世界に戻って来られるかの瀬戸際だった時にもらったのだそうだ。こういうところはちゃっかりしている。


「僕はこれから、その異世界に行ってくるつもりだけど、真白ちゃんはどうする? 先に帰って休んでいても構わないけど」


 私の答えを知っているくせに、わざと試すような聞き方をしてきた。


「意地悪な聞き方をしないでください。行くに決まっているじゃないですか。私の体を盗り返すきっかけになるかもしれないんですよ」


 さっき体重を気にせずに、好き放題に食べることが出来て良いと言ったばかりだが、それとこれとは別の話だ。やはり一番は自分の体だ。私がハッキリと言い切ると、月島さんはニヤリと笑った。


「君ならそう言うと思ったよ。そうと決まれば、善は急げだ。早速行こうか?」


「うん!」


 善は急げか。確かにね。ケーキ屋を出た足で、すぐに異世界に出発することにした。デートコースとしてはなかなか面白い部類に入ると思う。


前回の後書きで、今回から異世界に入ると書きましたが、すいません。予想していたより、話が伸びたため、次回からになります。

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