第三十三話 老婆の襲撃
第三十三話 老婆の襲撃
月島さんが仕事で家を空けるので、良いタイミングだと、瑠花や小桜とお泊り会を開くことになった。
「もう! 水無月も人が悪いわ~! 一人でお泊りなんて楽しいイベントがあるんなら、知らせてや~」
「瑠花と小桜が泊まりに来るから、もう一人でお泊りじゃないけどね。あと、俺に抱きつくのを止めてくれるかな」
瑠花は終始上機嫌で、私に抱きついてきている。あまりにも激しいので、小桜からは「熱々ね」とからかわれる始末だ。
「いつも萌に言い様にされているからな。おらん時くらい好きにさせてもらわんと」
いやいや。萌に対抗意識を持たなくていいから。腕に抱きつかれていると歩きづらいから、さっさと離してよ。
「さて。うるさいのもいないことやし、今夜はたこ焼きパーティで決まりやな!」
私たちに何の相談もなく、関西かぶれの瑠花が強引に、今夜のメニューを決めようとする。対抗するように、小桜も口を開いた。
「たこ焼きはもう飽きたよ……。今回はおでんにしましょう」
「何でや。たこ焼きの方が美味しいやんけ」
「瑠花ったら、いつもたこ焼きばっかじゃない。たまには別のものを食べないと、体に悪いよ」
しばらく瑠花と小桜でどっちにするか良い争いが続いていたが、私の「両方やればいいじゃん……」の一言で、あっさりと決着はついた。このメンバーは基本的に食道楽が揃っているので、たくさん食べられれば、それでいいのだ。
だが、メニューが増えるということは、買わなければいけない食材が増えるということだ。簡単なリストを作ってみたのだが、スーパーの前で確認したら、声を失ってしまった。
「結構な量になるな……」
「手分けしてカートに入れていった方が良いんじゃないの?」
「せやな。ほな、うちはこれとこれを持ってくるわ」
「じゃあ、俺はこれとこれ……」
たこ焼きとおでんを両方やるため、食材もかなりの量に上ってしまった。一つ一つカートに入れていくのも面倒なので、三人で手分けすることにした。
「ほな、十分後にレジのところで集合や。ほな、おおきに~!」
言い終わると同時に、瑠花はロケットスタートしていた。走り去る後姿を見ながら、やや唖然としながら、私と小桜は呟いた。
「行っちゃった……」
「いつもながら瑠花の行動力には頭が下がるわ」
この場で立ち尽くしているのも何なので、私も瑠花の後を追って、食材探しに繰り出そうとした時、袖を引っ張る者がいた。
「ちょっといいかね?」
振り返ると、何もそこまでと思ってしまうくらい、腰の曲がったおばあさんが私を見つめていた。
「何か?」
「済まんが、荷物を持ってくれんかね?」
見ると、老婆はかなり重そうな米の袋を手押しカートに入れていた。
「家まで運ぶのがしんどくての。お菓子を買ってあげるから、お願い出来んか?」
別にお菓子が欲しい訳ではないが、困っているようだったので、快く了承することにした。
お婆さんの荷物を運んでくるから、買い物をしていてほしいと、まだ側にいた小桜に伝えると、彼女はニヤリとした。
「水無月くんはお婆ちゃんにまでモテるんだね」
「変なことを口走らないでくれるかな?」
ただでさえ、瑠花と萌からアタックを受けて迷惑をしているのだ。その上、見知らぬ婆さんにまで言い寄られるとは……。冗談にしても、笑えない。
ある程度覚悟はしていたが、荷物は想像以上に重かった。
「それで、この荷物をどこまで運べばいいですか?」
なるべく近い場所だと良いな。駐車場に止めている車までとか。家まで運んでくれと言われたら、どうしよう。ドキドキしていると、老婆は笑って、「ついてきなさい」とだけ言う。
「でも、かなり重いですね。買い物のたびに苦労しているんじゃないですか?」
失礼だとは思ったが、黙ったままでいるのも気が引けたので、思い切って話しかけてみた。
私の話を聞いているのか、いないのか。お婆さんは含み笑いのような、あまり何回も聞きたいとは思わない声で、乾いた笑いをもらしていた。
「この姿は良いねえ。張り込んでいたおまわりさんも、変な顔はしたけど、すんなりと通してくれたしねえ」
「はあ……」
こっちの質問には答えないくせに、自分の話をいきなり始めてしまった。しかも、話している内容は意味不明。とんだお婆さんに絡まれたものね。やれやれだわ。
「はっきり言って、こんな荷物はどうでもいいんだよ……」
おいおい……。人に重い荷物を持たせて、何を言い出しているのよ。どうでもいいのなら、その辺にでも捨てればいいじゃない。私に持たせないでよ。
お婆さんの誘導に従って、ここまで来たのだが、いつの間にか周りに人がいなくなっていた。まるで人の居ない方に誘導された感もある。ただし、この時の私は、必要のない労働をさせられたことに対して、気分を害していた。
「じゃあ、どうしてこんなものを買ったんですか? どうでもいいものを買って、持てなくて困るなんて馬鹿みたいですよ」
「ちょっと殺したい相手がいてね……。そいつを呼び出すのに、口実が必要だったんだよ……」
「……?」
「相手はこの近くに住んでいると踏んだのさ。以前、この辺りで偶然会ったからねえ。老婆の姿なら話しかけても、怪しまれないと思ったのじゃが、こんなに早く見つかるとは思っていなかったよ。わしにとってはラッキーだけど、君もつくづく運が悪いねえ……」
……。こいつの話し方。何か気になるわ。ただのボケた婆さんという訳でもなさそうだし、何者なの?
「実を言うと、さっきから笑いそうになるのを堪えるので、大変だったよ……」
「何を、言っているんですか?」
あまり変なことばかり話すので、思いきって聞いてみた。だが、質問する私には、嫌な予感が生じていた。
ただのお婆さんだと思っていたこいつだが、良く考えてみたら、心当たりがある。
値踏みするかのように、私を見定めるいやらしい目つき……。今にも涎を垂らしそうな舌なめずりを続ける口元。
「アーミー……」
半ば外れてくれていることを願いながら、頭に浮かんだ殺人鬼の名前を口にする。
私の願いを裏切るように、老婆は心底嬉しそうに顔をほころばせた。その表情を見ただけでも、私の悪い予想が当たってしまったことが分かる。
「一度会っただけなのに、覚えていてくれたんだ。嬉しいねえ……」
「そんな特徴的な薄ら笑い。一度見たら忘れようがないわよ」
何てことだ。その内、リベンジしに来るかもしれないとは思っていたが、こんなに早く来るとは。恐怖で足がすくみそうになるが、怯えている場合ではない。
前回は逃げたけど、すぐに追いつかれたから、今回は先手必勝を狙わせてもらおう。相手は老婆の姿。何のつもりか知らないけど、大幅にパワーダウンしている。これなら、私にも倒せると踏んだのだ。
「今回は逃げずに向かってくるんだね。老婆の状態なら、倒せるとでも踏んだのかい?」
私の意図を瞬時に見抜いて、馬鹿にしたような笑みを漏らす。
「ドクターにも言われたよ。一度やられた相手にリベンジしようと思ったら、強化するのが常識だってね……」
ドクター? こいつの仲間かしら? ドクターという呼び名から想像するに、ひょっとして、こいつに手術を施している相手のことじゃないの?
「ドクターに言う通りさ。やられたら、パワーアップして再挑戦する。常識だ……」
突如、さっきまでとはうって変わったスピードで、私に接近してきた。前回、私と萌を追った時より何倍も速い。
「ただし、今回の場合はスピードアップだけどね」
老婆の足を見ると、陸上選手並みに立派な筋肉が見え隠れしていた。さっきまでは猫を被っていたというの!?
「老婆というだけで、身体能力が自分より劣っていると考えたのが君の運のつきだね。まあ、仮に逃げたところですぐに追いついたけど……」
老婆は私にぶつかってきた。激突する直前に、老婆の右手で怪しく光るものが見えた。
次の瞬間、ブスリという音が聞こえてきそうだった。お腹の辺りを見ると、アーミーナイフが一つ刺さっていた。
「あ、あ……」
呻き声と共に、私は地面に倒れた。
「もう終わりか。私に向かってくるくらいだから、もう少しは粘ってくれると思っていたんだが……」
アーミーは心底残念そうだった。
「脇腹をきれいについてやった。もう助かるまい。じゃあね、心優しい少年……」
地面に倒れる私に向かって、アーミーの声が浴びせられる。
スーパーに買い物に行くたびに思うのですが、もっと一人暮らし用に野菜を小分けしてほしいです。今、売っている量だと、上手く消費できないんですよね。