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第三十二話 ハグの昼下がり

第三十二話 ハグの昼下がり


 私たちが取り逃した連続殺人犯「アーミー」だが、あいつは私の考える以上にいかれたやつだったらしい。


 新たな殺人を楽しむためなのか、私と月島さんにリベンジするつもりなのかは知らないが、こともあろうに、老人になる手術をかかりつけのパーフェクトドクターに依頼していたのだ。


「私も私だよ。いくら君の創造物だからって、こんなアホな手術をまともにしているなんて」


「感謝しているよ……」


「前の姿の時に身長は百八十ほどあっただろう? そんな身長の婆さんなんて、そうそういないから、体をかなり削る羽目になった」


「ああ、自分で依頼しておいて何だが、かなり痛かったよ。瀕死の体には応えたね」


 そう言って、隣の手術台に置かれている、さっきまで自分の体だった肉塊を眺める。


「老人を演じるために歯を何本か抜いた俳優がいたな」


 回想でもするかのように、遠い目でドクターは話し出す。


「『野獣……』何だっけ? 確か松田何とかって俳優も映画を撮影するときに足を五センチばかり切断したいと言ったらしい。こっちは未遂に終わったらしいけどな」


「実際に実行したのは、わしが初めてかのう……」


「……」


 老人の話し方が心底気に入らないらしい。ドクターは、無言でアーミーをジロリと睨んだ。


「そんな顔をするなよ。老人の話し方を真似ているだけさ……」


 アーミーが弁解するように言うと、ドクターは話を続けた。


「老人が日常生活でどんな扱いを受けているのかを調べるために、特殊メイクで老人に化けたやつの話なら聞いたことがある。もちろん、そいつは実験の後で若者としての生活に戻った訳だが……」


「わしもその内に、老人の姿からおさらばするつもりじゃよ……」


 「そんなことは知っている」と吐き捨てるように言った後、ドクターは血で汚れた手を洗った。手術はほとんど終了したらしい。


「いつもながら見事なものじゃ。現実世界の医師でここまで出来る者はおらんじゃろう……」


「そもそも、こんな馬鹿な手術を請けるやつなんていないよ。褒め言葉にしてもあまり嬉しくないな」


 老婆らしく「ひひひ……」と笑うと、ドクターはとびきり変な目で睨んだのだった。




 舞台は変わって、ここは学校。私は健全な学生らしく、授業に勤しんでいた。そして、今は昼食の時間。月島さんが作ってくれた弁当に舌鼓を打っているのでした。


「水無月さん!」


 やけに発育の良い後輩が教室に入ってくると、クラスメイトたちがどよめいた。対照的に、私と一緒に昼食を摂っている瑠花と小桜は言葉を失った。


「やあ、萌ちゃん。何か用?」


 どうせたいした用事じゃないとは思いつつも、なるべく笑顔で聞いてやった。


「用事は一つです。水無月さんの顔を見に来ました!」


 予想通り、たいした用事じゃなかった。そんな理由でいちいち先輩の教室を訪ねてくるんじゃない。


「誰だ。あの子は?」


「水無月に会いに来たって言っているけど……」


「おっぱいでかいな。羨ましい……」


 教室のあちこちから、怨嗟にも似た声が囁かれてくる。女子に教室まで足を運んでもらえることがそんなに嬉しいのだろうか。羨ましいのなら、名乗り出てくれ。いつでも交換してやるから。


「萌ちゃんのアプローチは前から激しかったけど、最近は以前にも増して、水無月くんに付きまとうようになっていない?」


「ははは……」


 以前は同じ屋根の下で生活していたからな。今は別々に暮らしているけど。萌のアタックが激しくなったのは、おそらくそのせいだ。


「水無月さん。放課後も一緒に帰りましょうね」


「何で今から帰る時のことを? って、抱きつくな」


 真昼間の教室で、こんないちゃついたら、周りから変な目で見られるだろうが! そう思って、萌を引き剥がそうとするが、その頃には教室中から悲鳴にも似た歓声が巻き起こっていた。


「この後、男子からの質問攻めが激しそうね」


「おもろいことになりそうやな」


 他人事だと思って、さらりと言ってくれる。どうでもいいけど、萌を剥がすのを手伝ってほしい。


「そんな邪険に扱わないでください。萌、怖いんです。また殺人犯に襲われたらどうしようって」


「ああ、アーミーのことか。そう言えば、まだ捕まってなかったな。警察も何をしとるんやろうな」


 私たちがアーミーに襲われたことを知らない瑠花は、お弁当のウィンナーを食べながら、警察を叱咤した。月島さんを始めとした、警察の方々の奮闘ぶりを知っている私からすれば、心外な一言だ。


「襲われたら、また守ってくださいね」


 萌は私の頬に、自信の頬を擦りつけてきた。


「わ、分かった。分かったから、離れろ!」


 萌の中では、私は完全に、自分がピンチの時は助けてくれるヒーローとして、位置づけられているようだ。頼りにされることに悪い気はしないが、萌の顔を見ると、どことなくまた助けられることを望んでいるような気がしないでもない。


 異世界に逃がす時は自分一人では嫌だと言っていたくせに、調子が良いやつめ。


「月島さんの話では、異世界にログインした場所に、二十四時間警察官を張り込ませているって話だから、現実世界に戻ってきた途端に逮捕されるよ」


 周りには聞こえないように小声で萌に囁いた。良かったと胸を撫で下ろした後、「じゃあ、危険は去ったんですね。これで心置きなくデートの続きが出来ます!」と言ってきやがった。またこいつに連れ回されることになるのかよ。


 ため息をつきながら、頭を抱えるが、私以上に殺人犯の方が頭を抱えているんだろうな。どう考えても徐々に追い詰められているから。あいつの性格を考慮すると、逆に楽しんでいる可能性もあるけど。


 どっちにせよ、私たちの目の前で異世界にログインしたのは間違いだったな。どんなに追い詰められていようと、私たちを撒いてからログインするべきだったのだ。


 その時、萌の携帯が鳴った。マナーモードにしていないらしい。今は周りに口うるさい教師がいないから問題ないが、これが授業中だったら、たちまち没収されていたことだろう。だが、萌に電話をかけてきたのは、教師以上に怖い相手だった。電話に出た萌の顔が見る見る青ざめていくのを見ると分かるよ。


「お姉ちゃんから今日は早く帰って来いって……」


 今の電話は萌がちゃんと早く帰ってくるように、釘を刺すものだったのだろう。早速私を連れ回そうとしている矢先に、電話をかけてくるとは、相変わらずの勘の良さだ。萌の行動を熟知している。


 さすがの萌も、お姉ちゃんに逆らうことは出来ず、肩を落として教室を出ていった。


「あの子がおらんようになると、いきなり静かになるな」


「うるさいと思っているなら、加勢してくれよ、瑠花」


「うちはほら、弁当を食べなあかんし」


 もう完食寸前の弁当箱を私に見せながら、瑠花はカラカラと笑った。


 瑠花の見せてくれた弁当箱の中に、だし巻き玉子を見つけた私は、「今夜は卵料理でも作ろうかな……」と呟いた。


「何や、今日は夕食の当番に日かい」


「いや、仕事があるとかで、今夜は俺一人なんだよ」


 アーミーを捕り逃して以来、月島さんは目の色を変えて、あいつの行方を追っている。目前で捕り逃したのが、相当気に食わなかったらしい。遅くまで帰ってこない日も最近は増えていた。


 そういう訳で、今夜は一人なのだ。そのことをカミングアウトすると、瑠花と小桜が何故か目を輝かせている。


「そういうことは早く言ってくれないと駄目だよ」


「え? 駄目って何が?」


「一人の夜は寂しいやろ? 言ってくれれば泊まりに行くっちゅうねん」


 ああ、お泊り会をしたいのか。うるさい大人がいないと騒ぎたい放題だからな。月島さんのマンションは防音設備も完備しているから、少しくらいなら大丈夫だろう。何せ、あの萌が騒いでも、苦情が来なかったのだから。


「まあ、いいかな……」


 私がOKを出すと、瑠花と小桜が歓声を上げて抱きついてきた。当然本日二回目のハグに、教室の男子からはすごい目で睨まれてしまった。気のせいか、殺気も含まれている気がする。調子に乗っているという理由で、校舎裏に呼び出される日も近いかな?


最近、主人公が異世界にログインしていない……。もうすぐさせる予定ですけど……。

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