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第二十九話 落下

緊迫した展開が続きます……。

第二十九話 落下


 萌とデートで訪れた遊園地でストーカーに追いかけ回され、その上、そのストーカーが殺人事件まで起こしているというので、命からがら逃走。


 安全だと思われるところまで逃げたので、もう大丈夫だと勝手に思い込んでいた。


 ちょっとの間なら大丈夫だと思っていたコンビニで追いつかれるなんて……。時計を見ると、コンビニに入ってからまだ十分しか経っていなかった。あそこからここまで一時間以上はかかるのよ。どうやって追いついたっていうの!?


 私たちの間に流れている緊迫した空気が分からないのだろうが、向こうからコンビニの店員がモップをかけながら歩いてきた。


 立ち読みをしないように、わざとらしく私たちの足元付近に、モップをかけている。男の持つナイフには気付いていないようだ。


 男のナイフを握る手が一瞬見えなくなった。何かをぶつけるような音がして、男の店員は吹き飛ばされていた。


 店内には私たちの他にも客が何人かいたが、口々に悲鳴を上げていく。


「な、ななな……、何?」


 涙目で震えたまま、萌は固まってしまっていた。


 このままでは私たちも危ない。幸い、私は動くことが出来たので、萌を抱きかかえるようにして、その場を走り出した。


 後ろでつんざくような悲鳴がまた聞こえてきたが、振り返っている時間すら惜しい。あいつは私たちに狙いを定めたようなことを言っていた。早急に撒かなければまずい。


「あわわわ……、コンビニの中で血しぶきが……」


 振り返った萌が鳴き声のような悲鳴を上げた。あまり想像したい光景じゃないな。あの男、相当派手に暴れているな。自分の犯行を隠すつもりはないのか? 今の日本には時効制度がないから、一生警察に追われることになるんだぞ。残りの人生を異世界にでも逃げ込んで過ごすつもりか?


 異世界で思い出した。今、私の手元にはログイン用のカードが一枚だけある。これで萌だけでも、逃がさなくては。


「萌ちゃん。これを使って」


「これ、異世界に行けるログイン用のカードじゃないですか!」


 これでテーマパークの世界に行くことが出来る。月島さんから、リニューアルオープンさせた際に、一枚だけもらったのだが、持っていて正解だった。


「それで先に逃げて」


「私だけ先に? 水無月さんはどうするんですか?」


「警察に通報してから後を追うよ」


「そんな! 危険ですよ。今なら私たちの姿が視認されていませんから、一緒に逃げましょう!」


 出来ればそうしたいんだけどね。異世界に行けば、万が一追ってこられても、殺されることはない訳だし。でも、現実世界で待ち伏せされると怖いのよね。視認できてないとはいっても、安心は出来ないし。


「嫌です! 私だけ先に逃げるなんて。水無月さんも一緒に行きましょうよ」


 私の分がないのだ。あるのは黄色のピアスだけ。本音を言うと、行きたくても行けないのだ。


 私がいくら言っても聞き入れようとしない。もう! 一人の方が動きやすいのに!


「君を守りたいんだ!」


「え、そ、そんなはっきりと……!」


 萌を守りたいと言ったのは、姉としての正直な気持ちだ。だが、萌はどうも勘違いしたようで、顔を赤らめている。さらに惚れられてしまったようだ。でも、この一言が効いたのか、萌はようやく先に異世界に行くことを了承してくれた。


「気を付けて、水無月さん。死なないでね……」


 死亡フラグが立ちそうなことを言った後、「ログイン!」と叫んで、萌ちゃんは異世界へ避難していった。


 うるさいのもいなくなったところで、物陰に隠れながら、さっきのコンビニの様子を確認してみる。


 コンビニの窓には返り血と見られる血が飛び散っていた。通行人も惨劇には気付いているようで、窓にかかった血を見る度に、我先にと逃げ出していた。


 何人かは電話しながら逃げている者もいて、警察に通報していると思われる。私がする手間が省けた。


 そういうことなら、私も逃げてしまおうかと黄色のピアスを取りだした時だった。コンビニの自動ドアが開いて、中から男が出てきた。五万円は下らないと思われる高級スーツが、返り血で赤く染まっている。コンビニの惨劇は私が起こしましたという、言い逃れの出来ない物的証拠だった。


 殺人犯のお出ましに、それまで携帯で通話していた者も、地面に携帯を落としてしまうほどに狼狽し、駆け出した。完全に腰が抜けて、赤ちゃんのハイハイの姿勢で、逃げようとする者もいる。


 男はそんな連中には、一切目をくれずに、私の方を目がけて走り出した。


「な……!?」


 あまりに突飛な男の行動に、驚いた拍子に黄色のピアスを地面に落としそうになってしまった。


 視認できていない筈なのに、あいつは私の方に正確に向かってくる。こっちの位置を掴んでいるとしか思えない正確さだ。


 背筋に冷たいものを感じて、服をまさぐってみたところ、襟首から発信機のようなものがあった。いつの間に取り付けられていたのだ!


 これで私の位置を掴んでいたのか。危ないところだった。もし慌てて異世界に逃げ込んでいたら、待ち伏せされて現実世界に戻って来たところをやられたに違いない。


 すぐさま発信機を踏みつけて破壊すると、上へと延びる非常階段があったので、それを駆け上がる。


 三階まで上がったところで、男に追いつかれてしまった。私を見上げながら、良く通る声で話しかけてくる。


「彼女の方がいないな。異世界に逃したか……」


「俺も逃げるけどね!」


 ただし、警察に通報した後だけど。


 そんな会話をしている間も、男はこっちに全速力で近付いてくる。追いつかれまいと、三段飛ばしで階段を駆け上がるも、距離はどんどん縮められていった。


「どうした? このままだと追いつかれるぞ。早く逃げろよ。現実世界で俺から逃げ回るより安全だぞ? 向こうなら物理ダメージを受けないから、死ぬこともない……」


 まだだ! 異世界に行くのは、こいつを逃げ場のないところに誘い込んでからだ。そこで私は異世界にログインして、こいつが警察に御用になった後で悠々と戻ってくるつもりだ。あれだけ騒ぎを起こしたのだ。こいつがここにいることは誰かが通報しているに違いない。


 それにしても、殺人鬼のくせに、異世界のことをよく知っているな。入り浸っているのか?


「まあ、逃げたところで追いついてあげるけどな……。これで……」


「……!!」


 男が手に持っているものを見て、愕然とした。


 黄色のピアスだった。どうして、こいつが……?


 いやいや、問題はそこじゃない。黄色のピアスの力を使えば、どの異世界にもログインすることが可能なのだ。つまり、私が異世界に逃げても、追ってこられて、強制ログアウトさせられてしまう。そして、現実世界に戻ったところで、殺されてしまうだろう。


 さっき男を撒いた時に、帰宅しなかったことを心底悔やんだ。


 意味がないとは思いつつも、殺人鬼に追われることもなく、家で寛ぐもしもの世界の自分を想像した。


 いきなり体が動かなくなって、前につんのめりそうになる。恐怖で金縛りにあった訳ではない。男に足を掴まれたのだ。


「つ~か~ま~え~た~」


 鬼ごっこでも楽しんでいるかのような声で、男は勝利宣言のように言い放った。そして、私の体を足を上にした状態で持ち上げた。


「離せ……!」


 私を掴む男の腕に蹴りを見舞ってやった。


 蹴りには自信があったし、男の体になって筋力もついたことで、威力はアップしている。なのに、男は全然効いていないらしく、私を掴む力が弱まることがなかった。


「くそ! 離せ! 離せえ!」


 このままの体勢だと、男の持つナイフで料理されてしまう。死に物狂いで拘束を解こうとしていると、


「そんなに嫌なら離してあげるよ。そら!」


 拍子抜けするほどあっさり私を手放してくれた。ただし、建物の外に……。


「え……」


 私は非常階段を七階まで上がっていた。そこから放り投げられたということは、地面に叩きつけられて死んでしまう。


 重力に引かれて、地面がどんどん近づいてくる中、どうにかしなきゃと思いつつも、どうしようもない。


 自棄になって異世界に行こうとも思ったが、現実世界に戻ってくるまで、余命が延長されるだけではないか。


 私は落ちて死ぬ……。これまでの人生が走馬灯のように流れ出したところで、私の落下が急に止まった。


「何をしているんだ、ここで?」


 ビルの屋上から落ちそうになった体を、月島さんが掴んでくれていた。


「月島さん!」


「今来たばかりだけど、事情は掴めたよ。つまり、あいつに突き落とされたんだろ?」


 上の方で、私たちを楽しげに見つめている男を睨みながら、月島さんが言った。


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