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第二十八話 迂闊な行動

第二十八話 迂闊な行動


 たまの日曜日。出来れば家でのんびりしたいと、かなり同じ臭いことを考えていたところ、萌にデートへと強引に駆り出されてしまった。


 デート先の遊園地でも、萌に振り回されて、疲労が貯まる一方だった。


 しかも、悪いことは重なるもので、ストーカーと思われる男に、知らない間に付きまとわれるというおまけまでついていた。


 危険を察した私は、萌の手を引いて、遊園地内を疾走した。すれ違う通行人の何人かには、時々不思議そうに見られていたが、そんなことはお構いなしだ。


 しばらく走ったところで、後ろを振り返ってみたが、ストーカーの姿は確認されなかった。


「追って来てないみたいですね……」


「そうみたいだね」


 追って来ていないということは、萌の勘違いだったということかしら。まあ、何にせよ。危険な目に遭わないに、越したことはない。


 危機が去った途端、また遊びたくなってきたのだろう。萌が体を寄せながら聞いてきた。


「これからどうします?」


「どうするって、もう帰るよ。またさっきの男と会うのも嫌だし」


「帰るんですか……」


 萌はどことなくつまらなそうにしていた。まだ遊ぶ気じゃないでしょうね……。少しは危機感ってものを持ちなさいよ。そうでなくても、男を誘惑するような体をしているんだから。


 もしまだ遊ぼうって言ってきても、今は断ることにしましょう。ストーカーまがいの男に一時間も付け回されたのよ。実害がないにせよ、さっさと帰るに限るわ。


 萌もそれくらいは分かっていてくれたみたいで、面白くなさそうな顔をしつつも、了承はしてくれた。


 じゃあ、帰りますかと歩き出そうとした時、ポケットの中で携帯電話が振動した。取り出して、画面を確認すると、月島さんからだった。


「ごめんね、せっかくの休日なのに。今、電話に出ても大丈夫?」


 ここは遊園地で、かなりの雑音がある。電話口からそれを聞いて、外出中だと察して、通話が問題ないか確認してきたのだろう。


「はい、話すくらい大丈夫ですよ」


 さっきまで不安だったので、刑事でもある月島さんの声を聞くのは精神的に安心できた。話せるのは、むしろありがたい。だが、安心を求めた私の願いを裏切るように、月島さんから、衝撃の情報がもたらされることになる。


「実は殺人事件が二件発生してね。問題ないとは思ったけど、念のために知らせておこうと思って。外出しているようなら、夕食の買い出しもしなくていいから早く帰るんだ」


「殺人事件……」


 先日、ニュース番組で報道していたアレのことだろうか。ストーカーの次は殺人事件。物騒なニュースばかりが続いているものだ。


「それで場所はどこなんです?」


 何気なく聞いてみて、戦慄を覚えた。二件目の現場は、私たちがいる遊園地ではないか。すれ違いざまに男が持っていたアーミーナイフが、鮮明に思い出された。


「目撃者の証言によると、犯人は三十代のサラリーマン風の男らしい」


 ストーカーと身体的特徴が、とことん一致しているではないか。否応に、あいつが人を殺している場面が脳内に再現されてしまう。遊園地には似つかわしくないショッキングな映像に、軽い眩暈を覚えてしまう。


 現場になっている遊園地にいることを伝えると、余計な心配をされそうだったので、黙っておこう。それからとりとめもない話をした後で、電話を切った。


「月島さん、何て言っていたんですか?」


 会話の内容を知らない萌が、愛くるしい笑顔で聞いてきた。ああ、私もこんな顔で過ごせたらな。年柄年中、能天気なこいつが、今はひたすら羨ましい。


 月島さんから伝えられたことは、萌には黙っておくか。正直に話して、変に喚かれても面倒なだけだ。


「学生なら遊んでいないで、とっとと帰れって」


「え~!? 月島さんってば、厳しい。親みたいだわ」


 今は親代わりなんだけどね。


 とにかく帰ることにしよう。私たちが置かれているのが、物騒な状況だということは変わりない。


 パニックを警戒して、他の客には知らせていないのだろうか。能天気な笑い声があちこちから聞こえてくる。


 周りの客が、相変わらず楽しそうにしている中、私だけが心臓をドクドク鳴らせて、足早に帰路についた。


「どうしたんですか? さっきから水無月さん、すごく怖い顔をしていますよ」


「そうかな。お腹が空いて気が立っているのかもしれないね」


 萌に指摘されるまで気付かなかった。知らず知らずの内に、表情が硬くなっていたらしい。苦笑いしながら、言い訳を考えていると、うちの方に向かうバスが目についた。ちょうど停車中で、ドアも開いている。


 懐が軽くなってしまうけど、今はそんなことを言っていられない。少しでも早くこの場を離れるために乗ることにした。


「え? バスに乗るんですか?」


「うん。変な男に追いつかれないように、念のためだよ」


 不審に思われないように、ストーカーから逃げるという、もっともらしい理由を言った。実際に、そいつから逃げようとしているので、嘘は言っていない。


 遊園地から出ると、導かれるようにバスへ乗り込んだ。


 私たちが乗り込んでからほどなくして、客をあまり乗せないまま、バスは発車した。車内を見回すが、さっきのストーカーはいないみたいで、ホッとした。


 隣の席では、まだまだ遊び足りない萌がぶうぶう文句を言っていたので、また近いうちに遊びに行こうと言って宥める。


 バスは客を拾うこともなく、順調に走り続けて、あっという間に家の近所の停留所に着いた。


 後は家まで直行するだけなのだが、そこで萌が寄り道をしたいと言い出してきた。


「あっ! ちょっとコンビニに寄っていいですか? 夜に食べるお菓子を補充しておきたいんですよ」


 いつもリビングでボリボリ食べているアレか。こいつ、食べる癖に太らないんだよな。いや、太ってきてはいる。体の一部分……。人はそこを胸という……。


 ジェラシーが沸々と沸いてきたが、萌に悟られないように努めて笑顔を作っていった。


「いいよ。でも、すぐに済ませてね」


 月島さんには、買い物もしないで早く帰れと言われていたが、少しくらいならいいかな?  追ってこられている訳でもないし、遊園地と家の間は歩いて一時間半はある。完全に撒いたのなら、コンビニくらい寄っても問題はないだろう。後で考えれば、それが全ての間違いだったのだが。つまり、警戒心がかなり緩んでいたのだろう。


 コンビニの中は、混雑しているとまでは言わないが、それなりに客がいて、繁盛はしているようだった。


 あらかじめ買うお菓子を決めていたのか、流れるような手つきで、萌はカゴにお菓子を放り込んでいった。


 あっという間に一杯になったカゴを持って、レジに向かうのかと思っていたら、雑誌コーナーに置いてある雑誌の前で、萌は目を止めた。


「いつも読んでいる雑誌の新刊がある! すいません、ちょっと読ませてください」


 やれやれ。すぐに済ませろと言ったのに、相変わらずマイペースなんだから。


 仕方がないなと思いつつも、私もいつも読んでいる雑誌を見つけてしまい、同じく立ち読みに没頭してしまった。この時になると、早く帰宅しろという月島さんの助言は、頭からだいぶ薄れてきていた。


 そんな私たちに、危機は背後から忍び寄り、襲いかかるのだった。


 雑誌を読み始めて、どれくらい経っただろうか。気が付くと、すっかり暗くなってしまっていた。いつの間にか長居してしまっていたようだ。


 これじゃ、殺人犯には遭わなくても、店員さんに睨まれてしまうなと、内心で苦笑いして雑誌を棚に戻した。


 そこで、ちょうど道を歩いていた人と目が合った。


 それだけなら笑い話なのだが、どういう因果なのか、私たちを一時間付け回していたというストーカー野郎だったのだ。しかも、殺人犯である可能性まである。


 あまりに唐突な、予期せぬ再会に、全身の毛が逆立つのをはっきりと感じた。


 気が付かれない内に逃げてしまいたいところだが、目が合ったということは、向こうにもこちらが認識されてしまっているということだ。


 男は口元に笑みを浮かべると、嘘みたいに滑らかで、且つ素早い動きで店内に入ってきた。鮮やか過ぎて、反応が追いつかない。唯一、横でまだ立ち読みを続けている萌を、右腕で小突くのが限界だった。


 不思議そうに私を見る萌の、すぐ背後に男が迫っていた。


 一歩一歩、私たちとの距離を詰めながら、自分自身に言い聞かせるように呟いていた。


「また君たちか……。見失ったと思っていたのに、こんなところで再会出来るなんて。運命を感じるじゃないか」


 どんな運命よ。あんたに殺されて、短い一生を儚く終える運命ということかしら。そんなものは願い下げよ。


「さっき別の人間を殺して、殺意を鎮めたんだけど、君たちを見ていたら、また興奮してきちゃったみたいだ……」


 興奮って……。しかも、人を殺したとか普通に言っているし、口ぶりからして私たちを狙う気満々じゃない。 


 身構えていると、男はポケットに突っこんでいた右手を出した。手にはアーミーナイフが握られていた。


 楽しそうに笑う男に合わせるように、様々なナイフがカチャカチャと、出たり入ったりを繰り返していた。


今回はちょっとホラーっぽい話になりましたね。この流れは次回も続きますけど……。苦手な方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。

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