第二十五話 新たなる悪意
第二十五話 新たなる悪意
私は月島水無月として、真面目に高校生活を送っているつもりでいた。無論、告白をした覚えもない。それにも関わらず、目の前で二人の女子が、私の彼女を主張して睨み合っていた。
「お、お前ら……。とりあえず落ち着け」
どうして私はこんなに冷や汗をかいているのかしら。やましいことは何もしていないのに。まるで三角関係がこじれて、喫茶店で話し合いに臨んでいるみたいな気分だわ。私が二股のばれた間抜けな男役だというのが気に食わないけど。
まず、瑠花にただ今の発言の真意を聞くことにした。そっと体を寄せて、小声で囁く。
「どういうつもりだよ……」
「何って、禁断の恋が始まるのを阻止しようとしているんや。あのお嬢ちゃん、真白の妹さんやろ。どういう経緯で惚れられたかは知らんが、近親相姦はあかんよ!」
一見して、萌に対抗意識を燃やしているようで、瑠花なりに事情を察して動いてくれたらしい。だからといって、あんたまで恋人に名乗り出ることはないでしょ!
「あの~、私を差し置いて、二人の世界に入らないでもらえます?」
蚊帳の外にされたと思い込んだ萌が頬を膨らませて、顔を近付けてきた。
「確かに、あなたたち二人が校内で抱き合っているところを見た人もいるみたいですし、本当の様ですね」
!? 再会の喜びで抱き合っていた時のことを言っているのか。アレを見られていたなんて。
「そ、そんなことまで……」
このカミングアウトには、小桜も失神寸前になるくらいに驚いていた。とにかく五回なので、早急に弁解しておかないと、後々面倒なことになってしまう。
「あ、あれはな……」
「その通りや! うちらは二人で愛し合っていたんや!」
どう言い訳しようか、言いあぐねていると、瑠花に口を挟まれてしまった。
「何を言ってんだ、お前は~~!!」
対抗意識を燃やして、余計なことを言ってくれた。私が誤解を解こうとしていたのに、何て事を言い出すのよ。
「それを言ったら、私たちは同じ屋根の下で暮らしています!」
「萌ちゃんが家出して、勝手に転がり込んで来ただけだろ~!」
「何なの、その絵に描いたような同棲生活は!!」
しまった。間違ってはいないけど、言い方を間違えた。正確には、「家出した萌が月島さんの家に転がり込んで来た。時を同じくして、私も月島さん宅に居候していた」だった。これじゃ、萌が私を頼って、転がり込んだみたいじゃないの!!
「と、とにかく……! 今は部活中だから、部外者は外に出てもらえるかしら」
混迷の一途を辿る事態に、収拾を諦めた小桜が、とりあえず萌を追い出すことで、事態の収束を図った。
部活といっても、大したことをしている訳ではない。お菓子を食べて、駄弁るくらいなので、萌が邪魔したところで、問題はない。でも、今は小桜に話を合わせよう。
「私を追い出す気ですね。でも、そうはいきません。そういうことなら、私も旅行部に入ります!」
「ええ?」
何か妙な方向に話が進んできたぞ。
「確か、この部って、定員割れだから、新入部員を常時募集しているんですよね。私、応募します」
応募しますって……。呆れかえる私の横で、小桜が目の色を変えた。
「お願いします!」
定員割れを気にしている小桜にとって、萌の入部宣言は歓迎すべきことだった。さっきまであんなに邪険にしていたのが嘘のように、友好的に振る舞いだした。
「これで、水無月さんを独占することは出来なくなりましたね」
瑠花を見ながら、萌がニヤリと笑った。無視すればいいのに、瑠花も何か悔しそうにしている。
張り合ってどうするんだと頭を抱えていると、小桜に脇腹をつつかれた。
「何?」
「……この調子よ」
この調子? 何か企んでそうな顔をしているけど、悪企みの相談なら、勘弁してほしい。まあ、断ったところで、勝手に話し出すんでしょうけど。
「私の見るところ、水無月くんはモテる男子だわ。この調子で、もう一人部員を連れてきて」
「なっ!?」
「萌ちゃんと同じ要領で、別の女子をもう一人誘惑してくれればいいだけだから……」
「何を言ってるんだよ。だいたい、今だって、瑠花と萌ちゃんの二人に囲まれて大変なのに、更に一人増やすなんて馬鹿か?」
仮にそうなったら、三股かけている状態になるんだぞ。私は女だから、誰の愛にも応える気はないけど。
「二股も三股も同じよ。旅行部のために一肌脱いで頂戴……」
「その発言は一人の女子として、どうかと思う」
悪魔の囁きだった。部の存続のためなら、私一人生贄にしかねない顔をしていた。
もし、小桜の言う通りにしたら、旅行部は助かるかもしれないが、私の人生は修羅場と化すだろう。小桜のことだ。どうせ部員が五名になったら、あとはよろしくとか言って、面倒事を全部押し付けて、自分はどこ吹く風で振る舞うだろう。その手には乗らないぞ。
「それで? その後、どうなったの?」
笑いを堪えながら、月島さんが続きを聞いてきた。
「月島さん。笑い過ぎです……」
「あははは! ごめん、ごめん」
謝りながら、ついに吹き出してしまった。全く誠意が伝わってこない。
「笑っている場合じゃないですよ。私にライバルが出来たんですから」
萌も一緒に、月島さんを非難してくれたが、おかしな方向に話を持っていこうとしている。
「水無月さんも、他の女子になんか見ないで、私だけに集中してください」
心配するな。他の女子にも、萌にも、興味はない。私が興味を持っているのは、自分の元の体と、それを奪ったキメラのみ。ついでにお父さん。
「まあ、若いうちはたくさんの女性と遊ぶのも良いんじゃないかな」
月島さんに期待した私が馬鹿だった。大人とは思えない暴言だ。今、この場にお姉ちゃんがいたら、流血沙汰になっていたに違いない。
「そんなことを言っていいんですか? 私がもし、女たらしになったら、どう責任を取るんです?」
裁判沙汰になるようだったら、月島さんに命令されたと法廷で証言してやってもいいんだぞ。
「心配しなくても、本当に素敵な女性が自分の前に現れれば、女遊びは自然と卒業するものだよ」
いやいや。私は中身が女だから、どっちにせよ女遊びなんてしませんから。勝手に妹と親友が騒いでいるだけですから。
「わあ、月島さんったら、気障なことを言っちゃって!」
月島さんの人生を、そのまま聞かされているみたいな台詞だな。素敵な女性というのは、お姉ちゃんのことを言っているのだろうか。
だんだん月島さんと会話するのが、しょうもなくなってきたので、テレビ鑑賞に時間を割くことにした。
何か面白いものはないかと、チャンネルを適当に変えていると、このマンションの近所が映っていた。何かあったのか気になって見ていると、テレビでは女性アナウンサーが、犯罪の現場になった公園前からレポートをしている。
「またこの事件か……」
今、私たちの解決した女子連続誘拐事件と並んで、世間を騒がせている連続殺人事件だ。誘拐事件が異世界を舞台にしているのに対して、こちらは現実世界で起こっている犯罪となる。
さっきまでふざけていた月島さんも、刑事の血が反応したのか、真剣な顔で見入っている。萌はというと、私たちに会わせて画面を見ているが、元々ニュースを見ない人間なので、眠たそうだ。
連続殺人犯は目撃者によって、身体的な特徴がバラバラで、警察も犯人像を絞り込めないでいた。ただし、犯行に使われる凶器は、決まってアーミーナイフなので、「アーミー」という通り名で呼ばれていた。
テレビの報道によると、アーミーは既に十人も殺害しているらしい。通行人を狙った通り魔的な犯行で、被害者に共通点はナシか。しかも、事件現場はこの付近。私が狙われる可能性もあるということだ。
「犯人は被害者の全身にアーミーナイフを何度も突き立てるらしいね。死んでからもずっと……。警察が駆けつけるか、自分が満足するまで続けるらしい。突き立てるナイフは、その時の気分で変わるそうだ。たいした趣味をお持ちだよ」
「かなり残虐なやつですね」
もし、犯行現場が異世界だったら、私が捕まえてやると意気込むところだが、あいにく殺人犯が出没しているのは現実の世界。キーパーの力を使えるのは、異世界のみだ。なので、現実世界で襲われたら、ひとたまりもない。
「襲われたらひとたまりもないな。月島さんなら、撃退できそうですけど」
「水無月さんとお義兄さんが守ってくれるから、私は安心ですよ」
他力本願全開なコメントで、萌には危機感のかけらも感じられなかった。こういう人種が殺人犯に狙われるんだろうな。
それに、守ってもらえるからといって、自ら危険に首を突っ込むような真似はしないように。こいつなら、やりかねない。
それにしても、昼間から続く痴話喧嘩の弛緩した空気が、一気に引き締まったな。バタバタの中にも、平穏な空気が流れていたのに、このニュースのせいで、一気に台無しよ。
私がそんなことを考えている時、異世界の一つで、ある外科手術が行われていた。
「現実の世界でさ。私のことが報道されていたよ」
「現実の世界って、君の生まれ育った世界のこと?」
会話しているのは二人。一人は執刀中の医者。もう一人は今まさに自分の体を切られている患者。ただし、患者の方は、顔を包帯で巻かれていた。
医者の質問に対し、包帯を巻かれた男は、「そうだよ」と相槌を打った。
「じゃあ、僕には関係のない話だね。僕はこの異世界の住人だ。現実の世界とやらに行くことは出来ない」
どうでも良さそうに執刀を続ける医者に、患者の男は笑って言った。
「関係なくはないよ。私……、じゃなく、俺が捕まるようなことになったら、君だって無関係じゃ済まないんだよ? 殺人犯が作り出した医者ということで、存在を抹消されるかもしれない」
「そうか。そういうことなら、絶対にヘマをしないでくれよ。今みたいに言葉を間違えるなんて、言語道断だ」
「心配ない……」
上体を起こして、男は自信満々に言い切った。
「現行犯で捕まらない限り、俺が警察に捕まることはないよ。何といっても……」
手術が終わったばかりの体を愛おしげに撫でまわした後で、続きを話し出した。
「俺は殺人を犯す度に、顔はおろか、性別、見た目年齢、骨格、筋肉……。全てを変えているんだからね。目撃証言がいくらあろうと、警察が俺を追いつめることは不可能だ」
患者は巷を賑わせている連続殺人犯で、たった今、手術で新しい体になったばかりだった。横では医者が得意げに相槌を打つ。
「僕の腕を持ってすれば、性転換も、若返りも、容易いことさ」
「本当に頼りになるね、パーフェクトドクター。俺の異世界において唯一の生物にして、最高傑作」
ここはずっと夜の明けることのない世界。この異世界における神様ピアス所持者は連続殺人犯、アーミー。やつが作り出したのは、どんな手術でも可能な、スーパーゴッドハンド。
私がこの極悪コンビと対峙する瞬間は目前に迫っていた……。
今日はいつもより若干長めになりました。