第二十二話 異世界交換
第二十二話 異世界交換
氷室との対決もクライマックスに差し掛かっていた。
不利な状況を見て取った氷室は、プテラに乗って逃走を試みる。ご丁寧に自分自身とそっくりな影武者を大量にお供に付けて。
もちろん、そのまま逃がす訳がない。月島さんと一緒に、撃ち落してやることにした。
私が手にしている牛尾さん特製の警棒は、マシンガン並みの連射機能も兼ね備えている優れもの。異世界に来ている時にしか使用できないのが玉に傷だが、使っていると、くせになる。
百発百中の腕前を誇る月島さんに比べると、命中率は劣るが、順調に複数の「氷室」を叩き落としていった。
たくさんの偽物は弾が当たる度に、どんどん消滅していったが、なかなか本物にヒットしない。
最初は疑問に感じることもなく、偽氷室を撃ち落すことに夢中になっていたが、あまりにも当たりを引かないので、だんだん焦れてきた時に気が付いた。ひょっとして、この中に本物はいないのでは……。
そう考えると、別の可能性が頭をよぎった。いくら周りに偽物がたくさんいるからといって、あの派手な見た目に反してチキンな氷室が、銃弾の中に自分の身を晒す筈がない。こいつの性格なら……。
「月島さん、駄目! 撃つのを止めて!」
「どうした?」
「おそらく今宙にいるのは全部偽物です。本物はまだ飛んでいません」
偽物に攻撃し続けて、弾切れになった頃合いを見計らって、逃げると予想した。慌てて撃つのを中止しようとしたのは、かなり撃ってしまった後だった。
「ざ~んねん! 気付くのが遅すぎるわよ!」
私たちが攻撃を止めると同時に、一体のプテラが飛び立った。それにも、氷室が一人掴っているが、あれが本物で間違いないだろう。
地面に穴でも掘って、こっそり逃げればいいものを、わざわざ勝利宣言をして、悠々と私たちを見下しながら逃げるというところがいかにもこいつらしい。
本物の氷室に向かって構えるが、引き金を引いても発砲されない。……認めたくはないが、弾切れのようだ。
こうなると頼みは月島さん……なのだが、同じく弾切れのようだ。
私たちが弾切れなのは、氷室にも伝わったらしく、得意げに笑っている。
「あははは! 駄目よ。銃弾は計画的に使わなきゃ! おかげで私は大助かりだけどね」
顎が外れるんじゃないかと思うくらいに大口を開けて笑っている氷室の顔を見ていると、急激にムカムカしてきた。
「このままじゃ逃げられちゃうね。真白ちゃん、まだ使っていない能力を使う訳にはいかないかな?」
「駄目です。発動条件を満たしていません」
最後の能力はとびきり強力な分、発動条件が面倒くさいのだ。それを満たしていない状態では、使うことが出来ないのだ。
「つまり俺たちは、犯人が飛び去っていくのを、指を咥えて見ているしかない訳だ」
「うう~、認めたくない……」
終始有利に戦いを進めておいて、結局勝ちきることが出来ないなんて、屈辱だわ。
私たちの焦燥を見て、ますます勝利を確信したのか、とっとと飛び去ればいいものを、わざとのんびりと、優雅に飛び去って行こうとする。……本当に性格が悪い女ね。
しかし、どこの世界でも余裕を出しすぎるやつは、大抵肝心なところでしくじってしまうものだ。それは異世界においても同じらしい。
私たちも全く予想していなかったことが起きたのだ。
雨雲もないのに、突如雷が発生したのだ。しかも、氷室を掴んでいるプテラに落ちてくれた。
「ひっ……!?」
私たちを見下すことに夢中だった氷室は、不意を突かれて情けない声を上げた。
「自分の世界で発生した雷に打たれるなんて、間抜けなやつもいたもんだと笑うところだけど、あの雷って、特殊能力で発生させたものだよね」
「氷室の様子を見る限り、間違いありません」
上空では、かろうじて雷の直撃に持ちこたえた氷室が、その後も自分を狙って落ちてくる雷を打ち消そうともがいていた。
「く、くそ! 何だ、この雷。消えろ。消えろぉ~~!!」
だが、雷は氷室に落ち続けた。この世界の神が制止しているというのに。
「真白ちゃん、ナイスだ。最後の能力を使えないと言っていたのは、嘘だったんだね」
雷を私の能力だと思った月島さんがガッツポーズをして讃えてきたが、私は頭を横に振った。
「違う……。私じゃない」
「!? あの雷を発生させているのは真白ちゃんじゃないの?」
いる。私とは別のもう一人のキーパーが、この世界にいる。あの雷は、そいつが発生させているのだ。
一つ確かなのは、そいつが敵ではなさそうだということだ。そればかりか、氷室を積極的に攻撃してくれているところからみて、味方と考えて良いだろう。
雷に打たれ続けたせいで、体力が尽きたのか、氷室を運んでいたプテラが消滅した。そのため、プテラに捕まっていた氷室は地面に真っ逆さまに落ちてくることとなった。
下には私と月島さんだけ……。いつの間にか最後の能力の発動条件を満たしつつあるではないか。
「月島さん。アレを出してもらえますか? ログインするときに持参するようにお願いしたものです」
「これのことかい?」
月島さんが懐から出したのは、以前入手した別の世界の神様ピアスだった。この世界にログインするときに、月島さんに持ってきてもらうように頼んでおいたものだ。
「先に断っておきますね。私は今から全速力でここを離れますけど、絶対に追ってこないでください」
「……何かする気だね?」
私は首を縦に振った。限られた条件下でのみ発動できる神様ピアス保持者を倒せる能力を発動するのだ。
「ああああぁぁぁ……!!!!」
氷室を見ると、落下のショックで頭が真っ白になっているようだ。落ちてもノーダメージだというのに、高所から落下する恐怖は体が覚えているらしい。
ショックから立ち直る時間を与えたくない。出来る限り、条件が満たされると同時に発動してしまおう。
そう考えたら、ここで立ち尽くしている場合ではない。私は急いで月島さん、及びに氷室が落下すると思われる地点から全速力で離れ始めた。
離れながら、氷室が地面に墜落したのをまず確認して、次に周りに生物が存在していないことを確認した。
……問題はないようね。
いくわよ。百木真白、今回のログインにおいて、最後の能力を発動!
「『異世界交換』!!」
月島さんと氷室を包むように、半径百メートルの半球の膜が発生した。
「な、何よ、これ!?」
落下の衝撃から立ち直り、顔を上げた氷室が驚愕の声を上げる。
「な、何が起こったの? この空間の中だけ……、私の世界じゃない。別の世界になっているですって!?」
『異世界交換』。その名の通り、二つの異世界を部分的に交換する能力だ。ただし発動するには条件が必要。交換する世界同士の神様ピアスを、能力の適用範囲となる半径百メートル圏内にセットしなければならず、しかも、神様ピアス保持者以外の生物が混じっていてはいけないのだ。
「私たちの勝ちよ。もうあなたに勝機はないわ」
「何ですって……」
氷室は怒りに燃えていたが、すぐに何かがおかしいことを思い知ったようだった。
「な、何よ。力が、神の力が、使えない?」
「そりゃそうよ。その球体の中は、あなたの世界じゃないから。簡単に言うとね。他の異世界と交換したの。その空間の中だけ」
「な……!?」
信じられないと言った顔をしていたが、球体を出ないとまずいことは、敏感に察知したようだ。
球体を出ようと、すぐに走り始めたが、月島さんの出した右足に躓いて転んでしまう。
「出すと思うか?」
「……!」
もはや完全に攻守は逆転していた。ここで球体から氷室を出させるほど、月島さんは間抜けではない。氷室に歩み寄ると、彼女にライフピアスを付けたあとで、神様ピアスを外した。
「ここでログアウトさせると、現実世界のどこに戻るか分からないからね。教えてもらった後で、そこに警察官を待機させるまで、そのままでいてもらうよ」
交換したのは月島さんが神様をしている世界だ。つまり、氷室とは対照的に、球体の中では、月島さんは絶対的な力を持つことが出来るのだ。その力を使い、氷室の周りに牢獄を発生させて、閉じ込めてしまった。
氷室は負けたのを理解したのか、喚き散らすようなことはせずに、がっくりとうな垂れていた。
本日は11月11日。1が4つ並ぶ日です。CMでは、「ポッキー、プリッツの日」と宣伝していますね。なんか食べたくなってきちゃいます。