第二十一話 神様ピアス争奪戦
第二十一話 神様ピアス争奪戦
異世界を隠れ蓑にして、誘拐を繰り返している犯人グループとの戦いは、激しさを増すばかりだ。
そんな中、特殊能力を使用して、小桜をはじめ、氷室たちに攫われていた女の子たちを救出することに成功した。
奴隷に救出した女の子たちを近くまで運ばせると、様子を確認した。
改めて数えてみると、攫われていた女の子は全部で十五人いた。もう売られてしまっている子も含めると、さらに数は増えることだろう。
もう売られてしまっている子については、氷室を締め上げて現在の居場所を吐かせるとして、まずこの十五人をどうにかしなくては。
女の子一人一人に、持参した防犯ブザーを起動した状態で、取りつける。幸い、数は足りてくれた。多めに持ってきたのが、功を奏したようだ。
防犯ブザーを取り付けた女の子たちのライフピアスを、片っ端から取り外して、強制ログアウトさせていった。現実世界に戻った後は、防犯ブザーの音に気付いた人がどうにかしてくれるだろう。
十五人全員のログアウトを終えると、奴隷が私にすり寄ってきた。
「ボク、ゴシュジンサマノヤクニタテタカナ……?」
「ええ、すっごく!」
私から功績を労われると、木製の人形は嬉しそうにはしゃぎながら、消滅していった。一見感情のない人形に見えて、実はとても甘えん坊なのだ。そこがあの奴隷の可愛いところでもある。
「やってくれたわね……」
親の仇でも見るような目で睨みながら、氷室は全身を怒りで震わせている。氷室からしてみれば、商品を台無しにされて面白くないのだろう。だが、怒りの感情を抱いているのは、こっちも同じだ。
「絶対に許さない……。あなたたちは永遠にこの世界で、地獄に落とし続けてあげる」
「ふん! この世界でしか力を行使できないから、永遠に閉じ込める気か? 絶対的な力に憧れているとか抜かしながら、結局はそんなものか」
月島さんが馬鹿にしたように呟くと、氷室は目をカッと見開いた。
何か叫んでくると思ったら、黙ったまま、氷室は自身の周りに氷柱を発生させた。ざっと見ただけで、石松を始末した時の十倍の量はある。これから何をするつもりなのか、簡単に分かってしまう。
「くたばれ!」
予想通り、氷柱を私たちに飛ばしてきた。月島さんはともかく、私は黄色のピアスを付けている限り、物理ダメージを一切受け付けないのだ。こんな氷柱をいくらヒットさせても無意味だというのに。頭に血が上った人間はこれだから嫌だ。
「月島さん大丈夫ですか? 避けきれないようなら、私の陰に隠れても良いんですよ」
「心配ご無用。まだ余裕さ」
余裕と言う言葉に偽りはなかった。月島さんは本当に氷柱の攻撃を躱しきってしまったのだ。しかも、まだ余裕を残しているようだ。月島さんの運動能力は、本当に常人離れしているな。
攻撃を躱しきると、次は自分の番だと言わんばかりに、月島さんは拳銃を構えた。それを見て、氷室が冷ややかに笑った。
「だ~か~ら~! 神様に攻撃しようとしても、無駄なの。このピアスが全てのダメージを無効にしてくれるんだから!」
その言葉は、たった今、私に向けて氷柱を飛ばしたあなたにも当てはまるんだけど、武士の情けで黙っておいてあげるわ。
そんなことを考えている間に、得意げに無駄だと言い放った氷室の頬を銃弾がかすめる。外れかと思ったが、そうではない。カーンと固い音を立てて、神様ピアスが地面に落ちたのだ。
「へ?」
氷室が魔の抜けた声を上げる。さっきまでの威勢は跡形も感じない。
月島さんの狙いは初めから神様ピアスを氷室から取り外すことにあったのだ。
「これでもう、神の力は使えないね。ピアス一つ外しただけで、力を失うなんて、ずいぶん半端な神様だけどね」
お見事! これで氷室の無敵状態は終わりを迎えた訳だ。
「はわわわ……」
氷室は狼狽して、力の源である神様ピアスを取ろうと手を伸ばした。私たちも彼女より先に神様ピアスを回収しようと飛びかかる。
この争奪戦、軍配が上がったのは私だった。背中に忍ばせていた携帯タイプの警棒で、氷室の手をはたくと、地面に落ちている神様ピアスを悠々と手にした。
「私の勝ちね! 異世界を利用したあなたたちの悪事もこれでお終いよ!」
力の源を失って、地面にうずくまる氷室に、堂々と勝利を宣言してやった。くう~、快感!
私は高揚感の絶頂にいたが、対照的に、月島さんはまだ厳しい顔を崩さない。
「どうしたんですか、月島さん。もう戦いは終わったんですよ。早くこいつを警察署に連行して、取り調べないと!」
浮かれまくる私に、月島さんは冷静に返答した。
「おかしい」
「何がです?」
「神様ピアスを失ったのに、どうしてあいつはログアウトされないんだ?」
ハッとした。月島さんの言う通りだ。本来なら、神様ピアスが耳から外れた時点で、強制ログアウトになる筈だ。地面に転がったピアスを回収する暇など与えられはしない。ましてや、ピアスがなくなったのに、異世界に居残り続けるなど、不可能だ。
じゃあ、どうして氷室は異世界に居続けるのか不審に思っていると、私の手の中で、神様ピアスがライフピアスに変わっていった。
「ふふふ……。保険をかけておいて正解だったわ」
物陰からもう一人、氷室が出てきて、代わりに地面に突っ伏している氷室は煙のように消えてしまった。
「今まで私たちが相手をしていたのは偽物!?」
氷室は、作り出した偽物に私たちの相手をさせていたのだ。また神様ピアスを狙おうと、月島さんが拳銃を構えるが、さすがに同じ手は通用しないらしい。
「おっと!」
氷室の前に、「ジャックと豆の木」を連想させる巨大植物が何本も発生し、壁となって立ち塞がった。
「そう何度も同じ手を食う訳にはいかないからね」
この植物をどうにかしなければ、氷室に私の攻撃は通らない。
「あなたたちの実力は認めてあげるわ。ここからは徹底的に無難に行かせてもらう!」
早い話が全力で自分の身を守るということだろう。言っていることは芝居がかっているが、やっていることは格好悪い。
「確かあなたの特殊能力って、一回のログインにつき、三つまでだったわよね。もう二つ使っているから、残りは一回。最後の能力には、ちゃんと攻撃系を残しているのかしら?」
攻撃系の力でも使わない限り、お前らの攻撃は私には届かないと言いたいのだろう。残念ながら、最後の一つは攻撃系ではない。
「どうやら最後の能力は攻撃系じゃないみたいね。馬鹿なやつ。格好つけないで、火炎や雷で攻撃する能力にしておけば、この状況を打破できたのに」
勝ち誇ったように、高らかに笑う氷室の声がこだまする。これからしっぽを巻いて、逃げる人間とは思えない。
「愉快そうに笑っているね」
月島さんがあまり面白くなさそうに呟いた。「そうですね」と応じながら、私は警棒をいじっていた。
何を隠そう、この警棒を作ってくれたのは牛尾さんなのだ。嫌がる彼女に無理を言って作ってもらっただけあって、なかなか面白い仕上がりになっている。
「とりあえず、この邪魔な植物を焼き払っちゃいますか」
言い終えると同時に、警棒から、勢いよく炎を噴出させた。炎はイライラを発散させるかのように、植物を燃やし始める。
「それを作ったのは、牛尾か?」
「その通りです。こういう時のために作ってもらいました」
実を言うと、私が攻撃系の能力を選ばない理由がこれだ。この警棒には、火炎放射以外にも、スタンガンの機能もある。しかも、市販されている物より、強力。これだけの代物を持つと、もう攻撃系の能力を持つ必要もないのだ。同じような力を重ねて持つより、多様な能力を持った方が、応用が効いて便利なのよ。
あっという間に植物を全て焼き払ってしまうと、氷室としても、これは不味いと判断したのだろう。すっかり余裕のなくなった声で、翼竜に助けを求めた。
「プテラあ!!」
空から逃げる気か。そうはさせないと思っていると、何体ものプテラの群れが地面に降り立った。
次の瞬間、飛びあがったプテラの群れには、それぞれ氷室が一人ずつ掴まれていた。
「また偽物を作ったみたいですね」
「それも大量にね。俺たちをかく乱させて、その隙に逃げる気らしい」
「じゃあね! 二度と会うことはないけど、楽しかったわ!!」
このまま逃げて、雲隠れを決め込む気か。でも、私たちがそれを許す訳がない。あの中のどれかに、本物がいる訳よね。そいつを撃ち落せばいいだけの話。もぐら叩きみたいで、楽しめそうだわ。
「いきますか」
「ああ」
月島さんは拳銃を、私は警棒をプテラの群れに向けた。実を言うと、この警棒、実弾も仕込んでいるのよね。
氷室とのバトルですが、想定していたより長引いています。ですが、決着の時は近いです。