第二十話 奴隷人形
第二十話 奴隷人形
小桜を救うために異世界に殴り込みをかけてきたが、ようやく追いつめた敵のボスは、私たちに話し合いを求めてきた。
訝しむ私たちに誠意を示そうとしたのか、手下に今まで捕まえた女の子たちを連れてこさせた。その中に小桜の姿を確認した私は密かに安堵した。
「全員、気を失っているようだね」
他の子の様子も、月島さんが遠巻きに確認した。全員無事のようだ。
「騒がれると面倒だから、眠らせているの。彼女たちが目を覚ますのは、顧客の前でよ」
さっきまで楽しく遊んでいたのに、気が付いたら商品として売られている訳か。商品にされてしまった女の子からすればたまったものじゃないわね。
私の厳しい視線にも、涼しげな笑みを崩さない氷室は、私の顔をじっと見つめて話し出した。
「あなた、キーパーなんでしょ? その黄色のピアスが何よりもの証拠」
「だったら?」
「私と手を組みましょうよ。確かキーパーって、好きな異世界にログインできるし、どの異世界でも使用できる特殊能力を使えるんでしょ」
月島さんに話していたのを盗み聞きしていたらしい。よく御存じで。
「私の夢はね。絶対的な力を持つことよ。現実世界すらも、私の思い通りに出来るほどのね。そのためにもっと金が必要なの。そうなると、異世界も一つだけじゃ足りなくなってくるのよ。侵攻してでも、増やす必要がある。そうなると、どの世界でも力を行使できるキーパーの存在が物を言うのよ」
欲望の塊みたいなことを言っている。こういうタイプはどこかで躓くまで、際限なく求め続けるんだろうな。私の答えは決まっているので、考えるまでもなく、きっぱりと言ってやった。
「断る!」
「!」
こいつらの仲間になるということは、犯罪の片棒を担ぐということでしょ。そんな取引に私が応じる訳がないじゃないの。
「考え直す気はない? 力を手に入れれば、あらゆる我がままが許されるのよ。ブランド品だって大人買いし放題。今まであなたに説教をしていた連中を跪かせることだって、容易いのよ」
「馬鹿じゃない?」
私の冷めた言葉に、熱弁を振るっていた氷室の動きがピタリと止まる。もう話に耳を貸すのも馬鹿馬鹿しかった。小者が力を手に入れたら、こんな感じで思い上がるという悪い見本だ。
「ちょっと大きい力を手にしたからって、調子に乗り過ぎよ。素直に異世界の神様で満足していなさいよ、おばさん」
おばさんと言われたのが気に障ったらしい。女性のこめかみが明らかに引くつくのが分かった。
「友人はどうなってもいいのかしら」
「ご心配なく。力づくで取り返しますから。もちろん他に捕まっている女の子も一緒に」
「私の商売を潰すつもりなの?」
「最初からそう言っているじゃないの」
私と氷室でしばらく睨み合う。女同士の小競り合いってやつかしら。
「交渉は決裂ね。せっかくのキーパーだったのに、もったいないわ」
残念そうにため息をつく氷室。でも、その目はもう笑っていなかった。
「まあ、いいわ。他にもキーパーはいるし、そっちと手を組むことにしましょう」
他にもキーパーがいる。そのことで氷室に問いただそうとしたが、寸でのところで堪えた。こいつとは潰し合うということで、話し合いが決裂したばかりではないか。
「ああうああ…………」
いよいよ開戦かと思われた時、後ろで石松が怯えた声を出した。緊迫した空気に耐えきれなかったらしい。それを見た氷室が思い出したように呟いた。
「そういえば出来損ないが一人残っていたわね」
氷室の周りに巨大な氷柱が何本も発生し、それが一斉に石松を襲った。
「うわあああああぁぁぁああ!!!!」
複数の氷柱に射抜かれた石松は絶叫と共に、異世界からログアウトしていった。
「はい。役立たずはお役御免❤」
「役立たずですって?」
石松は敵だが、こいつの言い分は聞き捨てならなかった。
「さっきの二人もそうだけどさあ。少しは仲間を労わったら? 犯罪者同士仲良くしなさいよ」
「同じ犯罪者というのは認めるけど、石松と同等みたいに言うのは止めてもらえる? 少なくともあいつよりは上等な人間のつもりなんだから」
いちいちイラッとする物言いをするやつだな。お高く止まっているというのだろうか。それに加えて性格が悪い。
「やっぱり無理だわ。おばさんと手を結ぶの」
「改めて言うことでもないわよ……」
二度もおばさん呼ばわりされたのが、余程癪に障ったのか、さっきまでの余裕ぶった態度は消えて、私に対する明確な殺意を目にたぎらせていた。
氷室が右手をパチンと鳴らすと、攫った女の子たちを担いだ屈強な男軍団が、また奥へと引っ込んでいった。
そうはさせるか。そう何度も小桜を私の前から連れて行けると思うな。
すぐさま小桜の元に駆け寄ろうとするが、それを阻むかのように、地面から屈強な男が生えてきた。
「私はこの世界の神なのよ。兵隊だって、無限に作り出せるの。神に逆らった罰を骨の髄まで感じなさいな!」
自分は手を下す気がないらしい。今までだってそうだ。こいつは手下に汚い仕事をやらせて、自分は休憩所でのうのうとしていた。何が神だ。単なる寄生虫ではないか。
「いくよ。真白ちゃん」
「おう!」
月島さんと二人で、屈強男子を叩きにかかった。こいつら、ごついのは外見だけで、全然たいしたことない。蹴りを何度か入れると、苦悶の表情を浮かべて消滅していった。
一見すると、私たちが優勢に思える展開だ。とはいえ、この屈強男子祭りはきつい。何人倒しても、地面からにょきにょきと新しいのが生えてくる。無限と言うのもあながち間違いではあるまい。
このままでは私たちの体力が尽きた時にやられてしまう。
形勢の不利を感じた私は、第二の能力を発動することにした。
「『奴隷人形』!!」
「奴隷?」
月島さんが曇った表情をする中、空間が切り裂かれて、その中から木製の人形が顔を出した。
「オヨビデスカ? ゴシュジンサマ……」
片言の日本語で私に語りかけてきた。
「そこにいる独活の大木共を一掃しちゃって」
「アイアイサー……」
空間の切れ目から、地面に降り立った奴隷は、神速と表現するのが相応しいスピードで、屈強男子たちを次々と薙ぎ払っていった。
「くっ……!」
氷室も対抗するように、新しい屈強男子を増やしていったが、奴隷が薙ぎ払うスピードの方が早かった。
「な、何なの、こいつ。でたらめじゃない……」
信じられないという顔で、氷室は冷や汗をかいている。ふん! ざまあみろだわ。
『奴隷人形』……。
今回選んだ能力の一つだ。私の意のままに動き、危険が迫れば、何の躊躇もなく己の身を盾にする意思を持った木製の人形を召喚する能力だ。私が命じたことには絶対服従で、私が死ねと言っても喜んで死ぬ。私のためだけに働き、私のために散る。まさしく奴隷。木製の奴隷だ。
「奴隷人形! そいつらの相手はもういいから、囚われている女の子たちを救出しなさい」
「アイアイサー……」
屈強男子の相手をピタリと止めると、奥に消えていった小桜たちを神速で追っていった。と思ったら、攫われた女の子たちを担いで、すぐに戻ってきた。何て仕事の早いやつなのかしら。
「小桜!」
薬がよく効いているのか、小桜はぐっすり寝息を立てていた。怪我はしていないようなので、ホッとした。
氷室はひたすら唖然としながら、奴隷と私を交互に凝視していた。
今回出てきた奴隷人形は結構強い上に、速いです。おまけに家事も出来ます。料理も超上手いですw