第二話 体を盗られた私
第二話 体を盗られた私
夜遅くに父親の会社を訪れた私は、父が開発していた新作ゲームのメインプログラムであるキメラに、自分の体を盗られてしまったらしい。気が付いたら、私の意識はキメラの入っていたパソコン内に幽閉されてしまっていた。
キメラから攻撃されて意識を失っていた私は、遅れてやって来た月島さんの声で気が付いた。そして、私の体に起こった異変を知った。
月島さんには俺が来るまで大人しくしていろと言っただろと、怒鳴られた後で、どうしてこういうことになっているのかを聞かれた。どういうことになっているのか説明してほしいのは、むしろ私の方だったが、とりあえず知っている限りのことを話した。
すぐに月島さんに会社内部を隈なく探してもらったが、人っ子一人発見できなかった。そればかりか、私の体もどこにもないらしい。意識を失う時に、私の体を貰うと言っていたので、大方キメラのやつが奪っていったのだろう。
私の予想を裏付けるように、監視カメラを確認した月島さんが無人のオフィスから出ていく私の姿を目撃している。
まんまと体を盗られてしまった私は歯噛みして悔しがるしかなかった。
事件から三日、ひょんなことから体を盗られてしまった私は相変わらず電脳世界の中で悶々とした日々を送っていた。
「真白ちゃん。真白ちゃ~んてば!」
現実世界から月島さんが私に問いかけてきている。ただ私には返事をする元気もない。
「元気出しなよ」
「無理よ……」
ここは月島さんの部屋だ。あの現場から私の入っているパソコンを移動してきたのだ。ケーブルを抜いたらどうなるのか不安だったが、特に何も起きなかった。このまま放っておいて様子を見るということも出来たが、念のために月島さんの部屋に移動してすぐに、ケーブルにつないでもらった。全く、何がどうなっているのかしら。
「調子はどうだい?」
「最悪です」
お世辞にも良いとは言えない。無駄だということを知りつつも、月島さんに捜査の進捗具合を聞いてみた。だが、返ってきたのは、私の予想通りの言葉だった。
「何が目的なのよ。あいつは……」
「分からないけど、今回の暴走は計画的に行ったものだろうな。行動を起こしてからの手順が鮮やか過ぎる」
あの後、監視カメラの画像をいくら解析しても、社員がどこに行ったのか分からないらしい。監視カメラに映っていないところで、霧のように忽然と消えてしまっていたのだ。パニックを起こしたり、逃げ惑ったりする様子も一切映っていない。いつも通りに仕事をしていたら、突然ドロンという感じだ。都市伝説のような話に、狐につままれたようだと、月島さんがぼやいていた。
「今考えれば、キメラが真白ちゃんをあそこまで侵入させたのも、全ては君の体を奪うためだね」
「私の体を使って何をする気なのよ……」
自分の体が何かに悪用されていると考えるだけで、腸が煮えくり返りそうになる。
「皆目見当がつかない状態だ」
「他人事だと思って……。あいつが人を殺したらどうするのよ。私が逮捕されるのよ」
「そうなっても、君のおじいちゃんが上手くやってくれるさ。もちろん、俺も力を貸すよ」
「……おじいちゃんは私がこうなったことを知っているの?」
月島さんは黙って頷いた。ただ、話しているのはおじいちゃんにだけで、他の人間人は伝えてないらしい。
「言ったところでどうにもならないしね」
月島さんの言う通りだ。私としても、今の姿を家族や友人たちの前に晒されるのはご免被る。
「お姉ちゃんは?」
「君が帰ってこないことを心配していたよ。俺にも早く見つけてくれと顔を合わせる度に、急かしてきている」
家族思いのお姉ちゃんだったからなあ……。お姉ちゃんのことを考えると胸が痛んだ。妹の方は……。どうでもいいや。どうせ私が男と家出したくらいにしか思ってないのだろう。
家族のことを考えると、涙が出そうになる。……実際には出ないけど。今の私はどんなに悲しくなっても涙は流れないらしい。
落ち込んでばかりの私を気遣ったのか、月島さんが白い箱を差し出してきた。中に入っていたのは、私の大好物のショートケーキだった。
「ケーキがあるけど、食べる? 真白ちゃん、甘いの好きだよね」
こんな状態でなかったら、大喜びだったろうな。そう思いつつも、口から出るのは辛辣な言葉。
「この状態でどうやって食べろって言うのよ……」
「……」
室内の空気が重くなってしまう。私の発言が原因なのは知っているが、こういう状況なので、大目に見てほしい。
この姿になってから、何も食べていない。というか、ものを食べる方法があるのなら、教えてほしいくらいだ。ただ、空腹も感じないおかげで、何も食べない状態にも関わらず、飢えるようなことはなかった。
「とにかく気を落とすな! 元に戻れる方法をきっと見つけてみせるから。そうしたら、このケーキを食べような」
「腐らない内にお願いします」
「ああ! 大船に乗った気でいろよ!」
だが、状況は硬直したまま、時間だけが流れていくことになる。残念ながら、ケーキは腐ってしまい、ゴミ箱行きとなった……。
「あと、真白ちゃんのお父さん、俺にしてみればお義父さんなんだけど、その会社の失踪の件がニュースで報道されていたよ」
「知っているよ。このパソコンがネットにつながっているからなのか、世の中のことが勝手に頭に入ってくるの」
「便利だね」
「代わってあげようか?」
私がそう言うと、月島さんは笑いながら、結構だと肩をすくめていた。逆の立場だったら、私も同じことを言っているところなので、月島さんのことを薄情だとは思わない。
「私が失踪したことは伝えられていないみたいだけどね。月島さんが裏で動いてくれたの?」
「いや、ただ単に「神様フィールド」にみんな夢中なだけさ」
ここ数日、メディアの話題は「神様フィールド」が独占していた。開発会社の社員が全員失踪しているというのに、一般に公開するとスポンサーが言い出したのだ。こんな馬鹿な話、すぐに警察に取り潰されると思っていたのだが、大物政治家が裏で動いているらしく、強引に決まってしまった。
「それ以上に信じられないのが、利用希望者が後を絶たないということよ。開発者が行方不明になるような危ないゲームなのに」
「それだけ現実世界に嫌気がさしているやつが多いということだよ。多少の危険を伴っても、異世界に旅立ちたいらしいね」
「鬱になることを言わないでよ……」
そうでなくても、ずっと落ち込みっぱなしなのに。キメラだって、私なんかじゃなくて、異世界に行きたがっているやつのどれかから体を盗めばいいのよ。などと、最悪なことをつい考えてしまう。
「でも、助かったわ。「神様フィールド」が引っ張りだこになっていて。おかげで私の失踪が見事に埋もれてくれたから。ニュースになっていたら、家の方にマスコミが大挙して押し寄せるもの」
もし、そんなことになったとしても、月島さんがどうにかしてくれるでしょうけどね。
「問題なのは、報道されるべき殺人事件やその他の犯罪のニュースまで取り上げられていないことだよ」
「全くだわ!」
報道の使命を全く果たしていない。各メディアは他に取り上げなければいけないニュースを後回しにしてまで、「神様フィールド」の特集に血眼になっているのだ。前々から報道する内容の偏り具合には疑問を持っていたが、それがより深まった。
それから一か月、いたずらに時間だけが過ぎていった。もう死ぬまでこのままなのかと諦めも感じ始めていたころ、転機が訪れた。
その日もぼんやりと不自由な世界で、自分の行く末を憂えていると、月島さんが女性を一人連れてきた。
「真白ちゃんに朗報だ。救世主を連れてきたよ!」
開口一番、そう宣言した。ただ私は相変わらず憂鬱だった。というのも、月島さんが連れてきた女性が気にくわなかったからだ。
「ちぃっす!」
月島さんが連れてきたのは、胸元の空いたシャツに白衣をまとった女だった。お世辞にも救世主には見えない。
不信感を募らせた私は、笑顔の月島さんに辛辣な言葉を投げかけた。
「誰、そのおっぱい星人は? いつの間に、そんなやつと浮気していたの?」
「浮気って、おいおい。ひどいな……」
心外なことを言われたとばかりに、月島さんは肩をすくめていたが、私の疑念は晴れない。
「こりゃまた面白いことになっているな」
月島さんの知り合いは、特に気にした様子もなく、つかつかと私に歩み寄ってくると、ニタリと醜悪な笑みを浮かべた。
唖然としている私に、月島さんが彼女の説明を続けた。
「まあ、彼女のことを一言で言うとだな。天使だよ」
「……こんなやつが天使」
ついポロリと本音が出てしまった。女性の方もさすがに顔を歪める。
「おい、今さらっと人を馬鹿にしたろ。初対面だから、今の発言は聞き流してやるが、今後は気を付けろよ」
女性がぎろりと睨んできたので、一応謝っておいた。もちろん、悪いとは全然思っていない。
「あの……、お名前は?」
「ああ、失礼。彼女の名前は牛尾って言うんだ」
「牛……」
思わず露わになっている女性の豊満な胸元に目がいく。
「おい、月島。お前の義理の妹はレズなのか?」
「いや、ノーマルだよ。君の胸が魅力的だから、つい見惚れただけだろ」
見惚れてなどいない。薄気味悪いと吐き気を催しながら、ちら見しただけだと言いたかったが、グッと堪えてやった。
救世主には見えないが、月島さんが連れてきたくらいだ。何か現状を打破する秘策を持っているのだろう。……そう信じたい。
新しい作品を書き始めると、それまでとは違ったワクワクを感じます。この気持ちを忘れることなく、書き続けていきたいものです。