第十九話 雑魚掃討
第十九話 雑魚掃討
攫われた小桜を救うために、異世界に訪れた。恐竜の動物園で、私たちを襲ってきた石松の案内で、犯人たちが拠点にしているという、テーマパーク内の休憩所に辿り着いた。
石松の話によると、休憩所の地下を拠点にしているらしい。小桜もそこで身柄を拘束しているとのこと。
すぐにでも小桜を助けに行きたいところだったが、その前にやらなければいけないことがあった。この世界の神様ピアス所持者を叩きのめすことだ。
神様ピアスの所持者は、対象の異世界において、万物を思いのままに出来る力を有している。こいつをどうにかしない限り、小桜の救出を妨害されてしまうのは明らかだった。
スタッフの誰かであることまでは分かったのだが、そこから先はどうしても分からない。
どうやって絞り込むか考えていると、地面が砂へと変わっていった。
おそらく私たちを地中に引きずり込むつもりだろう。だが、一度食らっている技なので、私はどうにか対応できた。不意を突かれたので、危なかったけど。反射神経に優れた月島さんも難なく躱した。
「ひ、ひぃいいっ!!」
「女々しい声を上げないの。男でしょ」
一人で逃げても良かったのだが、反射的に石松まで助けてしまった。掴んでいた襟元を離すと、石松はその場に転がる。そこはせめて着地しなさい。
「情けないねえ、石松」
馬鹿にしたような声を上げながら、休憩所から見たことのある二人組が出てきた。ガラスの世界で、私に絡んできた三人組の残りの二人だった。
「塔矢さん。角田さん」
石松が呼んだのは、二人の名前だろう。別に覚える気もないので、すぐ忘れるけど。
「何で獲物を案内してきているんだよ。連れてくるのは、そっちの女だけでいいと言っただろ。男まで連れてくるとか、どういうことよ。落ちこぼれのお前にせっかくチャンスを与えてやったのに、棒に振るうつもりか?」
「全く。君は何をやらせても、てんで駄目ですね。まるで使い物になりません」
「す、すいません……」
石松はかわいそうなくらい背を丸くして小さくなっていた。力関係では、他の二人より格下らしい。
「このまま底辺に逆戻りさせても良いんだぞ、こら……」
「確か、あなたにも妹が一人いましたよね……」
「ひいぃ……」
石松の口から悲鳴が漏れた。何よ、こいつ。自分にも妹がいるのに、女の子を攫っていたの? 本当に馬鹿なんだから。……でも、見ていられないな。
「おいおい、穏やかじゃないなあ。同じ雑魚同士、もっと仲良くしなきゃ駄目だろ。不良の良いところは、仲間思いが多いことなんだから」
本当は私が声を上げたかったのだが、月島さんに先を越されてしまった。不良に仲間想いが多いという持論はどうかと思ったが、とりあえず目の前に二人には当てはまらないことは確かだ。月島さんのことをかなり睨んでいるし。
「ああ!? 言葉遣いに気を付けろよ、おっさん! 俺たちは不良だぜ? キレると何をするか、分かんねーぞ?」
「長生きしたければ、我々を敵に回さないことですね!」
おっさんと言う単語が気に食わなかったのか、月島さんのこめかみが引くついていた。あらら、また怒っちゃった。上手くいけば、見逃してもらえたかもしれないのに、あの二人って、本当に馬鹿。
自分たちがしたミスに気付かず、鉄パイプを手に取り、二人は月島さんを囲むように距離を詰めていった。
「ちょっと予定が狂ったけど……」
「ここで俺たちがこのおっさんを強制ログアウトさせて、そっちの美少女を攫ってしまえば問題なしです」
また月島さんのことをおっさんって呼んだ……。私のことを美少女と言う辺り、人を見る目はある筈なんだけどな。
二人同時に月島さんに襲いかかった。「月島さん、危ない!」と言うところだろうか。月島さんの過去を知る私は至って落ち着いていた。むしろ、襲いかかった二人組の方に、心底同情した。
目にも止まらぬスピードで二人組に詰め寄ると、顔面に強烈なパンチを見舞った。「がっ……!?」と現実感の定まらない声を出して、二人のライフピアスは真っ二つに砕けた。そして、強制ログアウトしていった。
「おじさんをあまり舐めるものじゃないよ?」
さっきまで二人がいた場所を見ながら、鋭い目で月島さんはぼそりと呟いた。
「ひぃぃいぃ……」
横で石松が怯えた声を上げている。自分も同じ目に遭うところを想像したのだろうか。
「ちょっと! 少しは大人しくしなさいよ」
「む、無理無理。無理っす。こ、殺される~!!」
駄目だ。怯えるあまり、私の声が届いていない。これじゃ無能扱いもされるわ……。
「さて。問題はこれからですね。この中から、神様ピアス保持者をどうやって探しましょうか」
本当はあの二人に吐かせるのが一番だったんだけど、もうログアウトしちゃったからなあ。石松はこの様だし。
「もういいよ。全員潰そう」
頭に血が上っているのか、またずいぶん強引なことを言いだしたぞ、月島さん。
「ここにいるのは、犯人グループと、神様の創造物だけなんだろ? だったら、何も遠慮することはない。俺たちを始末するために客を散らしたのかもしれないが、それはこっちにとっても好都合だ」
完全に目が据わっている。完全にバトルモードだ。休憩所のスタッフを見回して、一言。
「これからこいつらを皆殺しにして、それでもノーダメージで残っていたやつが、神様ピアス保持者だ。そいつを羽交い絞めにすれば、今回の事件は解決。手っ取り早いだろ?」
「はい、しかも分かりやすいです」
確かにそれが一番良いかもしれない。
スタッフを見ると、こっちの意図に気付いたらしく、さっきまでお姉さんだった人たちが、屈強なマッチョ野郎に変わっていた。
均整の取れた体をしているお姉さんを攻撃するのは気が引けたが、これなら問題ない。何の躊躇もなく、ぶっ飛ばせる。
「危なくなったら、後ろに下がるんだ。俺がどうにかするから」
「キーパーはどの異世界でも物理ダメージを無効化出来るんです。だから、心配無用ですよ」
まるで私たちのことを、悪鬼を見るような目で、石松が怯える中、壮絶な戦いが展開された。実際は私たちのワンサイドゲームだったけど。
「粗方片付きましたねえ」
「最初に出てきた二人組以外は、神の創造物だったみたいだね」
辺りを見回すが、スタッフをほとんど倒したことで、休憩所はゴーストタウンのように静まり返っていた。
「出てきたら? せめて自分から姿を現しなさいな」
このまま隠れていても、見つかるのは時間の問題だ。だったら、自分から姿を現すように促した。
「分かったわ。かくれんぼはもう止めにしましょう」
私の呼びかけに応じて、スタッフの中で唯一姿を変えなかった女性が前に出てきた。
「やるわね、あなたたち。私の手下をノーダメージで叩きのめすなんて」
「これでも刺激的な毎日を送っていて、日々鍛えられているんですよ」
刺激的な毎日という意味では、目前の女性も同じだろう。ただし、犯罪に手を染めているという点で、私たちとは大違いだが。
「あなたがこの世界の神様ピアス所持者?」
「そうよ。氷室加奈子っていうの。よろしくね」
よろしくと言われたが、個人的にはこれっきりにしてほしいものだ。耳に青く光る神様ピアスをつけているので、氷室の話に間違いはあるまい。
「あっ! そんなに身構えないで。何もあなた達と争うつもりはないんだから」
「そっちに争うつもりはなくても、私たちにはあるのよ」
ファイティングポーズを取る私を氷室は諌めたが、こっちは小桜をとっとと救わなければいけないのだ。たとえ争ってでも!
厳しい表情を崩さない私に、氷室は当惑していたが、やがて何かを思いついたように、笑顔になった。
「ああ、友人を救いに来たのよね。あなた達の会話を盗み聞きしていたから、知っているわ。OK! その友人は返してあげるわ」
「何だと?」
月島さんが眉を潜めた。氷室の方から、そんな話が出てくるとは思わなかったらしい。
あまりにも出来た話に罠の可能性を疑ってしまったが、休憩所の奥から、屈強な男が何人も出てきた。男一人につき、女の子を一人ずつ抱いている。その中に小桜が含まれているのを確認すると、思わず安堵の息が漏れてしまった。
「こんなに攫っていたのか……」
「まだ売れていないのは、この子たちだけだから。たいていは落札を始めてから三時間で、売られていっちゃうのよ。この子たちもあと十分遅かったら、売られていたわね」
ギリギリセーフ……。時間がないと思っていたが、本当にギリギリだったとは。
「この中にあなたたちの友人も含まれていたようね。どうぞ連れて帰って」
これで問題は解決したとでもいいたげな顔で、氷室は笑顔のままで問いかけてきた。
「さて。これであなたたちの目的も達成された訳だし、改めて話し合いを始めましょうか?」
タグで「残酷な描写ありは念のため」と入れていますが、もうすぐ外すかもしれません……。