最終話 新しい朝
最終話 新しい朝
キメラとの死闘を終えてから一か月が過ぎた。月島さんも傷が全快して無事に退院し、私も月島水無月としての生活にすっかり慣れていた。
「思ったんですけどね。韓国に激安ツアーで行くよりも、韓国を模して造られた異世界に行く方が安く済むと思うんですよ」
「似ているというだけで、韓国に行く訳じゃありませんから、意味ないです」
「なあなあ、水無月はどっちがええと思うん? 参考までに意見を聞かしてや」
「そうね。水無月くんが右と言えば、後輩コンビも大人しく従うから」
「責任重大だな……」
今日は休日で、旅行部のメンツとファミレスで楽しく騒いでいる中、私の隣には、何故かイルもいる。
「私ね! 現実世界の韓国に行きたい!」
「イルちゃんには聞いてないよ~?」
散々異世界を渡り歩いていたイルは、新しい世界を見たくて仕方ないのだ。小桜が苦笑いしながら、イルに語りかける。
目論見通り、月島さんの家に居候させてもらえることになったけど、私を紹介する時に、弟ということで紹介しているので、続けて妹ですと言おうものなら、周囲から不審の目で見られてしまうので、イルは親類の子ということで通している。
「うふふ! イルちゃんったら、すっかり水無月くんに懐いているのね。本当に仲睦まじいのね」
「うふふふふ……」
「うふふふふ……」
小桜が私たちの仲を茶化している横で、萌と小夜ちゃんも微笑んでいるけど、どこか恐い。頼むから小さい子にまで嫉妬するのは控えてほしい。
三人の女子から良くも悪くも熱い視線を浴びせられて、冷や汗をダラダラ流す私を見ながら、小桜が表情を曇らせる。何事かと思っていると、意を決したように話しかけてきた。
「ねえ、水無月くん。別に口うるさいことは言いたくないんだけど、ちょっと気になる噂を耳にしてね。君、学校でたくさんの女子を食い物にしているんですって?」
「根も葉もない噂です」
神に誓って、嘘偽りではございません。現在どころか、今後の人生においても、彼女を作るつもりはございませんから。だって、そんなことしたら同性愛になるじゃん。体は男でも、心は女の子なんだから、レズはごめんよ。
小桜がこんなことを聞く根拠はアレだろう。
一週間ほど前に、私たちのクラスに、転校生が一人やってきたのた。早坂揚羽だ。本人は、前の学校で居場所がなくなったので、転校してきたと言っているけど、私に向ける視線が妙に熱っぽくて困るわ。
「あの転校生なら、私が指一本触れさせませんので、ご安心を!」
小夜ちゃんが親指を立てて、私に笑いかけてくる。出来れば、君にも指一本触れてほしくないんだけどね。
「新見さんは異世界で素敵な男性を探した方が良いんじゃないの? ……お兄さんみたいに」
「何か言いました?」
へえ、ティアラの存在を家族に明かしたのか。やる時にはやるわね、勇者のお兄さん。異世界トリップものなら、数多く聞くけど、何人の勇者がお兄さんのように、家族に異世界での自分をドロップアウト出来るでしょうね。こうなると、もう結ばれるまで秒読みかな。
「じゃあ、萌がお兄ちゃんと結婚する!」
「へ、へえ……」
イルの可愛い告白に、萌が大人げなくこめかみを引くつかせている。何度でも言うけど、大人げないわよ、女子高生。
そこからは、恒例となりつつある萌と小夜ちゃんの舌戦がヒートアップして、先輩三人が頭を抱えつつも、それを見守るという、いつもの構図。イルはというと、美味しそうにプリンを食べている。
その後、後輩二人の争いは、一触即発の一歩手前にまでなったけど、先に萌が落ち着きを取り戻し、顔を離した。
「まあ、いいですよ。萌と水無月先輩は同じ屋根の下に住んでいるんですから。愛を育むようになるのも時間の問題です」
わざと小夜ちゃんに聞こえるように話す。この子の性格の悪さも、最近ターボがかかって来たわね。揚羽レベルに達する前にどうにかしないと。
「ぐ……」
小夜ちゃんの顔が悔しさのために歪む。いやいや、萌と愛を育むことになんかならないから、そんないきり立たなくていいよ。
「はいはい。本日の夫婦喧嘩はここまでや。続きは明日部室でしましょ!」
「「夫婦じゃないです!」」
瑠花の冷やかしに、後輩二人が同時に声を荒げる。仲は良くないけど、息はピッタリみたいね。
部のみんなとはそこで別れて、萌とイルの三人で、帰路につく。
報告することがもう一つある。先日、月島さんと美紀お姉ちゃんが結婚して、正式に夫婦になったのだ。
「ハネムーンってどこに行くんだろうね?」
「シンガポールに行くらしいよ」
「異世界って言ったら笑えるんですけどね」
萌がにやけているのは、新婚二人を馬鹿にしているからだけではない。その間に、私との距離を詰めるつもりなのだ。
「ねえ、水無月先輩。お姉ちゃんたちがハネムーンに行っている間に、萌と一緒にお風呂に入りませんか? 家族風呂のつもりで❤」
裸の付き合いで、燃え上がろうというのだろう。我が妹ながら、何とも見え透いた作戦ね。こっちはあんたとの裸の付き合いなんて、小さい頃に、飽きるほどやってきたというのに。
「いいね。イルも一緒に入る!」
萌の作戦に大賛成したのは、イルだ。この言葉だけ聞くと、お兄ちゃんに懐く可愛い妹という構図にも見えなくはないけど、この間「大きくなったらお兄ちゃんと結婚する」と言われてしまった。……さっきも言われたし。小さい子がよく言う台詞で、成長するにつれて、忘れていくでしょうという意味で片づけている。
「む! 水無月先輩、どうもお疲れですね」
「ああ……、気疲れすることばかりでね」
「心配いりませんよ。新しい環境にだってすぐに慣れますって!」
いやいや。私が気苦労している原因の一つがあなたなんだけどね。あなたを見る度に、疲れた視線を送っているんだから、いい加減に気付いてほしいんだけど。
「馬鹿なことを話していないで、帰るか……」
「帰りましょう」
「オー!」
我が家へと帰ることにした。今日は早く帰ると言っていたから、月島さんも今頃家にいる筈だ。
ちなみに、私とお父さんの捜索願は、相変わらず出されたままだ。本当のことを言ったところで、どうせ信じてもらえないだろうし、信じてもらえたところで、それはそれで面倒くさいことになるということで、結局そのままになっている。
でも、美紀お姉ちゃんが私を見ながら、「あなたと一緒に暮らすようになってから、真白に帰ってきてほしいという気持ちがだいぶ和らいじゃったのよね。こんなことを考えたら姉失格なのに、どうしてかしらね」と言われた。それは私が帰ってきているからだよ、お姉ちゃん。
「もしお父さんが帰ってきたら、月島さんとお姉ちゃんを見て腰を抜かしますよ」
たまに萌が冗談めかして、こんなことを言う。その度に、私はもう抜かしているわよと、内心で思い、笑いを堪えるのだった。
ここ数か月で失ったものも多いけど、今の生活がやっぱり楽しい。
異世界に憧れる人を否定したり、見下したりする気は全くないわ。人生に疲れた、ファンタジー世界に憧れている、恋人と駆け落ち、異世界でのビジネス……。異世界に行く理由は十人十色。自分の人生なんだから、好きにすればいいわ。
でも、私は現実世界での生活を楽しむことにする。頭を悩ませたり、イライラさせられたりすることばかりだけど、これが私のリアルなんだなって思うのよ。
旅行部のメンバーが久しぶりに出てきたと思ったら、もう最終回です。
月島さんはセリフなしのまま……。最後のセリフが刺された時って……。
書きたいことはいろいろありますけど、今回で最終回です。個人的にも収穫は多かった作品だと思っています。次回作はまたコメディで行くつもりです。なるべく間隔を空けないで連載を始めますので、暇がありましたら、そちらも読んでください。