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第十七話 選別の眼 前編

第十七話 選別の眼 前編


 私の親友の一人、小桜が異世界で拉致されてしまった。しかも、ネット上で売りに出されているのだ。怒りに震える私は、月島さんと一緒に、攫われた異世界に殴り込みを仕掛けることにした。


 牛尾さんのところで、月島さんの分のログイン用のカードを手にすると、ちょっとしたお願いをした。


「そうだ。月島さん、異世界に持って行ってほしいものがあるんですけど」


「何?」


 今回の小桜奪取作戦で必要になるものだ。相手は神様ピアス所持者なので、対抗するために、どうしても欲しい。


「? そんなものを持って行ってどうするんだ?」


 リクエストを申し出ると、月島さんに変な顔をされてしまった。確かに今から行く世界において、これはあまり意味がないように思われる。だが、私の作戦を遂行するためには、なくてはならないものなのだ。


 作戦会議をする私たちに、牛尾さんが口を挟んでくる。


「それで? 勝機はあるのか? 卑劣な人攫いといっても、向こうの世界では、神様なんだろ。まあ、それ以前に犯人がどういう人間なのかも分かっていない状況だが」


「手はあるよ。神様ピアスを取りあげるのさ。ちょっと乱暴になるけどね」


「おいおい。刑事が人の物を力づくで取り上げていいのか? まっ、異世界は治外法権だから、構わないか」


 小桜を救うのにも、人さらいを止めさせるにも、まずは神様ピアスの奪取が大前提になる。相手から神の力を奪わなくは、私たちに勝機はない。


「準備も済んだし、そろそろ行こうか。あまりもたもたしていられないからね」


「そうですね。急がないと、小桜が売られちゃいます」


 そうなったら、探し出すのがさらに困難になる。早急な対応が求められていた。


 時間がない中、月島さんは普通のログイン用カードを、私は黄色のピアスを頭上に掲げて、「ログイン!」と宣言する。


 気が付くと、数時間前に強制ログアウトさせられた世界に舞い戻ってきていた。ただし、今回の目的は、遊びではなく、小桜を取り戻すことだ。


 決意を新たにしていると、横で月島さんが、目を見開いて私を見ていることに気付いた。


「真白ちゃん。その姿は……!」


 滅多なことには動じない月島さんが、驚きを隠せないでいた。


「ああ、この姿ですか?」


 驚くのも無理はない。私だって、初めて黄色のピアスでログインした時は衝撃を受けたのだから。


「黄色のピアスの力で、異世界にログインすると、月島水無月の姿じゃなく、百木真白の姿に戻るみたいなんですよ」


「以前、面白いことになっていると言っていたのはこのことだったんだね」


 私は力強く頷いた。


 嬉しい誤算だった。黄色のピアスを手に入れて、何気なく異世界にログインしてみれば、元の自分に戻っていたのだから。


 その時の喜びは口では言い表せない。感激のあまり、涙が止まらなかった。現実世界に戻ったら、また月島水無月に戻った時は落胆したが、異世界にログインすると、再び百木真白に戻ることが出来た。


「つまり、真白ちゃんが元の姿に戻っているのは、その黄色のピアスの力によるものなのか?」


「そうみたいですね。原理はサッパリですけど」


 とにかく一時的とはいえ、元の姿に戻れるというのは、最高なことだ。しかも、嬉しい誤算は、それ一つに留まらなかった。


「黄色のピアスでログインした場合には、ちょっとした特典があるんですよ。それを使って、小桜を救い出します」


「特典?」


「特殊能力です。よくバトル漫画で、登場人物が使っている、超能力のことですよ」


 能力はあらかじめ決められたものしか使えず、世界を意のままに出来る神様ピアスほど、滅茶苦茶なものではない。ただし、どの異世界に行っても、使えるという点で、特定の世界でしか力を使えない神様ピアスより優れていた。


 加えて、神様ピアスの力より上位に位置しているらしく、神様ピアスの所持者が、私の能力を打ち消そうとして来ても、発動することが可能だった。これは以前に行った異世界の一つで、ちょっとした不手際から、その世界の神様ピアス所持者と争った時に実証しているので間違いない。


「特殊能力っていうと、火を放ったり、雷を落としたりするもののことを言っているのか?」


「そう言う能力もあります。今回は選びませんでしたけど」


「今回は選ばなかった?」


「異世界にログインするときに、たくさんある能力候補の中から、3つ好きなものを選べるんですよ」


 初めてログインした時は訳が分からなかった。これから行く世界を選択した後に、絵が描かれた複数の立方体が、私の周囲を回りだしたのだ。混乱する頭で、その中から適当なものを選んで、異世界に降り立った。


 その時に選んだのは、火を使用する能力と、雷を呼び出す能力と、無尽蔵に打ち続けられる拳銃を具現化させる能力の3つだった。いずれもバトル漫画でお馴染みの能力だ。それらを使っている内に、複数の立方体に囲まれていたのは、能力を選択する時間だったことと、選択した能力はログイン中に一回だけ使えるということを知った。


「ちなみに今回選んだ特殊能力は何だ? オーソドックスな攻撃系の能力ばかり選んだのかい?」


「馬鹿の一つ覚えみたいに、攻撃系の能力ばかりじゃ小桜は救い出せません」


 第一、小桜がどこに連れて行かれたのかも分かっていないのだ。まずは、それを突き止める必要があった。


「いろいろ考えたけど、やはり知っている人に聞くのが一番だよな。道に迷っても、人に聞くのが一番だしね」


「私たち似た者同士ですね。私も丁度同じことを考えていました」


 互いの考えが一致した私たちはニヤリとした。つまり、犯人の一人を捕まえて、吐かせるのだ。どうせ犯人の一味は、これから一網打尽にするつもりなので、一石二鳥だ。


「問題はどうやってそいつを捕まえるか何だよな。間違って、一般のお客さんを捕まえたら洒落にならないし」


 確かに、本気モードの月島さんの取り調べはやり過ぎ傾向にある。やった後で間違えでしたじゃ済まされないだろう。


 まあ、こんな事態は想定できたことだ。予定通り、特殊能力を使うことにしよう。


「ん? 真白ちゃん。左目が黄色く変色しているけど、何か能力を使ったのか?」


「相変わらず観察能力に秀でていますね。大正解です」


 左目が能力のために変色して、オッドアイになったところで、能力の説明に入る。


「私は『選別の眼』と呼んでいます。この眼には、異世界の住人と現実世界の住人、こちらに敵意を持っている人間とそうでない人間。こちらで決めたルールで選別して見分けることが出来ます。これで、私たちに敵意を持っている現実世界の人間を、人攫いの一味と判断して締め上げます」


「そりゃすごい。でも、そんな簡単に見つかるかな? いくら選別出来るっていっても、向こうが顔を見せてくれないことにはどうしようもないよ」


「見つかりますよ。あの場所に行けば、向こうから出てきてくれます」


 そう。私と瑠花が強制ログアウトを食らって、小桜が拉致された、あの場所に行けば、また仕掛けてきてくれる筈だ。今度は私を攫うために……。


 カートを借りると、それで恐竜の動物園に移動した。相変わらず移動に時間を要するのが、もどかしい。とりあえず『選別の眼』の効力が続いている内に辿り着かないと。


 舞い戻ってきた恐竜の動物園は、前回来た時よりも、人は少なかった。代わりに恐竜の数が増えたような気がする。


「へえ。恐竜の動物園か。異世界ならではのユニークな施設じゃないか。ここにいれば、犯人がやってきてくれるのかい?」


「はい。恐竜に乗っていれば、人気のないところに運ばれますので、そこで襲われる筈です」


 あの時もそうだった。恐竜は私たち三人が乗ると、明らかに人の居ないところに向かって移動を始めた。今思えば、私たちを襲うのに格好の場所へと歩いて行っていたのだ。


 これから私が行おうとしていることは、危険が付きまとう。小桜を救うためだ。多少の危険は省みない。


「敵は美少女に狙いを付けて、攫っています。今頃、私に目を止めて、攫ってしまおうと考えている筈です。それを利用しましょう。不本意ですが、私が囮になります」


 これが今自分の取れる最高の作戦だと思ったのだが、聞き終えた月島さんは苦い顔をしている。


「遠まわしに自分がかわいいって言っているように聞こえるけど……」


「事実ですから!」


 常に狙われてしまうのは、美少女の宿命なのだ! 隣で月島さんが、憐れむように苦笑いしていることなど、一切気にしない。


「あと、敵は獲物をしとめる際に一緒にいる奴を強制ログアウトさせてから、狩りにかかっている。ということは、先に狙われるのって俺だろ。どっちかというと、俺の方が囮じゃないのか?」


「いえ! 囮というのは、か弱い美少女がなるものです。だから、囮は私です!」


 月島さんがさらに憐れみを増した視線を向けてきたが、私は全然気にしない。気にしないんだから!


今回の話ですが、ちょっと長くなってしまいましたので、分割しました。続きは明日の17時ごろに投稿します。

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