第百六十五話 そして私は独りになった
第百六十五話 そして私は独りになった
牛尾さんはカプセルに幽閉されてしまい、喜熨斗さんは命を落とした。残っているのは、私とイルだけ。でも、イルに戦闘面では期待できないから、実質は私一人で立ち向かわなければいけない。でも、諦める訳にはいかない。決着をつけるわよ、キメラ。
「どうも気に食わないな……」
「何がよ?」
「戦況は僕の圧倒的有利な状況だ。それにも関わらず、君は戦意を喪失していない。何故だ? まだ勝てると思っているのかい?」
「思っちゃ悪い?」
諦めて、あんたに降参するよりは、よっぽど賢明な判断だと思うけど?
「どうもその自信には根拠があるような気がするな。まだ勝てると思わせる何かが」
あらあら。難しく考えちゃって。そんな利口な考えがある訳ないじゃない。ただ出たところ勝負でやっているだけよ。
でも、キメラは自分なりの回答を見つけた。それは、私にとって、あまりよろしくないものだったのよ。
「やけに強気だな。あ、そうか。分かったよ。君の自信の根拠が」
胸のつかえがとれた表情で、視線を私からイルへとずらした。
「イルに、また新しい能力をもらうつもりだろ? そうやって強化していけば、いつか僕を倒せると思っている。違うかい?」
「ふ、ふえ……?」
牛尾さんと喜熨斗さんの相次ぐリタイアにすっかり萎縮してしまっているイルは、キメラの視線に呆けた様な声を出すので精いっぱい。自分に危機が迫っていることまで、頭が回っていないわ。
「キメラ! イルに手を出したら、承知しないわよ」
「あはは! 面白い台詞だね。それは手を出さなかったら、何もしない人の言う言葉だよ?」
イルに手を出さなくても、君は戦いを止めないんだろう? キメラの目がそう言っていた。
キメラは牛尾さんをカプセルに閉じ込めた時と同じ要領で、右手をパチンと鳴らした。すると、またカプセルの一つが動いて、イルを飲み込もうとしている。
「う、うああああ……!!」
恐怖で逃げようとするイルだけど、足がもつれて転んでしまった。そこにカプセルがチャンスとばかりに迫る。
「イル……!」
「おっと! いかせないよ」
助けに行こうとする私の前にキメラが立ちはだかる。どうしようか考えている間に、カプセルが口を開ける。
「お、お姉ちゃん!」
「イル!」
イルが私に助けを求めて、必死に手を伸ばしたけど、無情にもカプセルが閉じてしまう。私とイルはまたも分断させられてしまった。
「そ、そんな……」
「これで、新しい能力を手にして強くなることも出来ないね」
「だ、誰も、イルの力を借りるなんて、言っていない……」
あんなに怖がっていたイルを、カプセルに閉じ込めるなんて。ひどい……。
「さて。紆余曲折はあったけど、残りは君だけだ。念のために言っておくけど、ここまで僕を追い込んだんだ。もうログアウトなんて、甘いことはしない。しっかりと消えてもらうよ、百木真白。チェックメイトだ」
「う……」
キメラの言葉にビビった訳ではないけど、一人になった精神的ショックが大きかったのは確かね。いくら戦闘面を期待していなかったとはいえ、イルがいてくれるだけで全然違ったのだ。本当に一人になってしまうと、緊張感が倍増する。
「ふむ……。切り札を失ったのに、まだ戦意は衰えていないか」
顎に手を当てて、キメラが不思議そうにしている。やつのシミュレーションでは、イルがいなくなった時点で、私は絶望して死を受け入れると思っていたのね。
「そうだ。現在の状況がいかに絶望的なものか分かってもらうために、君の攻撃は敢えて避けない。好きに攻撃してきてくれたまえ」
こっちの気が済むまで、自分をサンドバックにして構わないですって? いくら余裕があるからって、人を虚仮にするにも程があるわ。
「私を……、舐めるな!」
そういうことなら、あなたの挑発。ありがたく頂戴するわ。このままノックアウトして、世界一の間抜けにしてやる。
「吹き飛べ!!」
力の限り、『スピアレイン』を連射する。宣言通り、本当にキメラは避けようとしなかった。
自分に『初期化』を使った際に、耐久性も大幅に上がったから、もう『スピアレイン』は効かないとか抜かしていたけど、本当かどうか試してあげるわ。
『スピアレイン』の連射で、瞬く間に室内が騒然となる。コンピュータ類が次々とショートして、あちこちで警報が鳴りだし、火花と月煙でキメラの姿も確認できなくなる。
「おらおらおら~!!」
キメラの姿が見えなくなってからも、私は一心不乱に攻撃を続けた。サンドバックに徹していて、動いたのが確認できないから、きっと攻撃は当たり続けているんでしょうね。
「はあ、はあ……」
十分くらい『スピアレイン』を撃ち続けたかしら。これだけ連続で撃ったのは初めて。さすがに息が上がって、攻撃の手が止まる。
「もう終わりかい?」
土煙の向こうから、欠伸をかみ殺した声が聞こえてきた。痛みを我慢している風に聞こえない。かなり嫌な予感がする。
「なかなか見事な攻撃だったよ。これだけ食らえば、並みの敵相手なら、ひとたまりもないね。でも、非常に残念。今回は相手が悪かったね」
私の前に再び姿を現したキメラは、服こそボロボロだったものの、体の方は怪我を全く負っていなかった。
「そんな……。無傷なんて……」
こっちは渾身の攻撃を続けたのよ。いくら頑丈だからって、かすり傷くらいは負ってくれてもいいじゃない。
「僕の頑丈ぶりを甘く認識していたみたいだね。でも、これで分かってくれたろ? 君には万に一つも勝機はないんだ。それを理解したら、大人しく僕の手にかかるんだね」
殺されるために大人しくしていろですって。相変わらず、意味不明なことを言うわね。そんなことを言われたって、殺されるのが嫌だから抵抗するに決まっているじゃない。
「……まだよ」
まだ終わりじゃない。奥の手が一つ、私には残されているのだ。
「……『アップデート』かい?」
「……正解。勘が冴えているわね」
「君には他に選択肢がないからね。でも、あまりお勧めしないな」
ふんだ! そんなこと、あなたに指摘されるまでもなく、私が一番分かっているのよ。このままじゃ、抵抗もままならないまま、大人しく負けることになるんでしょう? だったら使うしかないじゃない。
「無理をするなよ。さっき使った時だって、精神的に相当堪えている筈だよ。身体能力が上がって、僕を上回るかもしれないけど、代償は計り知れない。きれいな姿のままで、一生を終えた方が身のためだと思うけどね」
見え見えの挑発をされるけど、言い返せない。甚大な代償を覚悟していたつもりでも、蒸し返されると、どうしても弱気になってしまう。
でも、キメラにそんな素振りは見せられない。
「うるさい! 今からあんた以上に強くなって、ボコボコにしてあげるから、あんたこそ今の内に遺言でも考えておくのね!」
言い訳のしようもないほどの強がりだった。声高に叫んでいても、不安は増すばかりで、涙まで出てきた。
もう嫌だ。『アップデート』なんか使いたくない。これ以上、歳を取りたくない。痛いのも嫌。誰か助けてよ……。
発言と内心がぐちゃぐちゃだ。
そんな私の悲痛な叫びが通じたのか、ある変化が生じていた。
私もキメラも気付いていなかったことだけど、私の声に反応したように、カプセルで眠るお父さんの指がピクリと動いたのだ。