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第十六話 蟻地獄

第十六話 蟻地獄


 休日、親友の瑠花と小桜の三人で、異世界に遊びに来ていた。


 一日中楽しんで、もう遅いから今日は帰ろうという話になった時、何者かの襲撃を受けた。まず、不意打ちの一撃で、瑠花が強制的にログアウトさせられて、次に私がやられた。


 最後に残った小桜が目の前でプテラノドンに攫われていくのを見ながら、私は現実世界に戻っていた。


 ログアウトに追い込まれながらも、小桜を掴もうと右手を前に突き出した状態のままで、現実世界に帰還した私は、たった今起こったことに頭がついていかず、しばらく呆けていた。


「水無月!」


 先に戻っていた瑠花が駆け寄ってくる。その言葉で、私はハッと我に返った。


「大丈夫か。怪我してへんか?」


 異世界でのダメージは、全てライフピアスが肩代わりしてくれるので、怪我をすることはないのだが、瑠花は心配そうに私の全身を見回した。私が無事なのを確認すると、瑠花は怒りだした。


「全く! いきなり銃撃してくるとか、何を考えとるんや。訴えたろうか?」


 楽しい時間を邪魔された瑠花は怒りを露わにしている。だが、事態はそんな生易しいものではない。


「小桜が攫われた」


 言いたいことはたくさんあったが、まずこのことを瑠花に話した。瑠花は何を言っているのか、分からないと言った顔できょとんとしていたが、私が本気なのを知ると、声を荒げて反論してきた。


「ちょっと! 下手な冗談は止めろや。趣味悪いで」


「違う! 冗談じゃない!」


 あれが冗談なら、どれだけホッとするか。でも、紛れもなく、真実なのだ。


 口論になりかけたが、私の話が嘘ではないことは、いつまで待っても小桜が戻ってこないことが証明してくれた。


「マ、マジか……」


「……」


 私の話を冗談だと決めてかかっていた瑠花も、徐々に顔色を青くしていった。


「そ、それが本当なら、助けに行かんと……」


「でも、ライフピアスが壊されたから、あの世界に行くためには、新しいのが必要になる」


 ライフピアスが破損した状態で、現実世界に戻ってくると、ログイン用のカードは真っ二つに割れてしまっていた。無駄なのを承知で、テープで補修して、「ログイン!」と叫んでみたが、予想通り何も起こらない。


 こうなると、さっきの世界に戻るためには、新しくカードを購入しなければならないが、その値段は一枚十万円。普通の高校生にあっさり払える額ではない。


「く、くそ……。こうなりゃ借金して……」


「高校生に貸してくれるところなんてないよ!」


 瑠花は泣きそうな顔で俯いたが、泣きたいのは私も同じだ。


 ため息をつくと、瑠花は私に質問をしてきた。


「攫われたってどこに?」


「分からない。俺もすぐに強制ログアウトさせられたし、小桜を掴んだプテラがどこに飛んで行ったのか、見当もつかない」


 あの世界の恐竜は友好的なやつばかりで、こっちが少々雑に扱っても、人間に危害を加えることはなかった。それだけに、性格が変わったとしか思えない、プテラの行動は不可解だった。


「と、とりあえず警察に連絡せな……」


「駄目だ。異世界は治外法権。法の外の世界だ。警察に通報しても、何もしてもらえない」


「そんなアホな……」


 信じがたい話だが、事実だ。こっちの世界なら犯罪になる行為も、異世界でなら許されてしまうため、犯罪の場として悪用されることも増えてきていたのだ。こう考えると、楽しいテーマパークということで、浮かれまくっていた自分が、心底アホに思えて仕方がない。


 万策尽きたという顔で、瑠花は黙り込んでしまった。犯罪が明らかなのに、一般人には、手が出せないというふざけた事態に陥ってしまったのだ。だが、私にはまた手がある。月島さんと牛尾さんだ。


 落ち込む瑠花に、自分なりに行動してみると言い残して、その場を駆けだした。後ろで、瑠花が自分も手伝うと言っていたが、彼女まで巻き込む訳にはいかない。瑠花を強引に振り切ると、すぐさま月島さんと連絡を取った。


 月島さんは仕事中だったけど、事情を話したら、マンションで落ち合おうという話になった。


「もっときつく忠告すべきだったかな」


 合流すると、厳しい表情で私を見ながら、腕組みをして唸った。迂闊な行動のせいで、今回の件を招いた私は背を丸めて、縮こまっていた。


「君の攫われた親友だけど、神宮寺小桜ちゃんだっけ?」


 私は無言で頷いた。月島さんは黙り込んで、ノートパソコンを取り出すと、起動させてキーボードを叩き始めた。


 その様子を後ろから見ていると、月島さんがパソコンの画面を見ろと、ノートパソコンを渡してきた。


 何の画像が写っているのかと思い、見てみると、そこにはたくさんの少女の画像が並んでいた。


「何、これ?」


 訝しる私に、月島さんが驚愕の情報を告げた。


「人身売買のリストだよ。このリストに載っている人間の中から、これだと思ったやつを選んで、顧客に売り払うのさ」


「人身売買……」


 歴史の教科書でしか聞いたことのない単語に、胃の中がムカムカしてきた。


「おそらくあの世界に遊びに来た客の中から、容姿端麗な少女を物色して、隙を見て攫って、売り払っているんだろう」


「ということは……」


「今回の事件の犯人は、あの世界の神様ピアス保持者だ。君の話を聞いた限り、そいつがやったとしか思えない」


 確かに、地面が砂に変わるとか、恐竜を意のままに操るとか、神様でしかなしえない所業だ。他に可能なやつといったら、キーパーくらいだろう。


 月島さんの読み通りだとすると、テーマパーク自体が獲物をおびき寄せる巨大な蟻地獄だったことになる。


 何てことだ。そんな危険な異世界に親友を連れて行ったなんて。そもそも入手方法から、怪しかったではないか。ログイン用カードをあんな連中が所持しているような世界だぞ。どうしてもっと警戒しなかったのだ。


 今更考えても仕方のないことを、何度も考えて、自分を責めた。


 しばらく頭を乱雑にかき回していたが、それで何かが変わる訳でもないと思い直し、今やるべきことをするために立ち上がった。


「どこへ行くんだい?」


「決まっています。小桜を助けに行きます」


 小桜を人身売買の商品にさせてたまるか。売られる前に、力づくで取り返してやる。


 闇の組織に喧嘩を売ることになるかもしれないという気後れは全くなかった。頭に血が上ると、周りが見えなくなるという私の悪い癖が出てしまった。それでも、怯えてしまって何も出来ないよりは、百倍マシだろう。


 自室に行くと、机の引き出しの中から、黄色のピアスを取りだして、頭上にかざした。


「真白ちゃん!」


 「ログイン!」と叫ぼうとしたところで、私を追ってきた月島さんに呼び止められた。


「……止めても無駄ですよ」


「知っているよ。ここでストップをかけて、大人しく従うような真白ちゃんじゃないよね」


 昔、やんちゃだった月島さんには、私の血気盛んな行動が理解出来るらしい。どうやら止めに来た訳ではないようだ。


「でも、一人では危ないから、俺も行くよ。今回の件はどちらかといえば、俺よりの事案だしね」


 ありがたい。荒事に慣れた月島さんがいれば、百人力だ。でも、一つ。気になることがある。


「異世界って、治外法権なんですよね。もし、犯人を見つけても逮捕出来ないんじゃないですか?」


 犯人を見つけても、取り逃がさなければいけないのでは、意味がないような気がした。だが、月島さんはノープロブレムと人差し指を立てた。


「知っているよ。異世界では法の力は働かない。だから、逮捕するためには、現実世界に引きずってこないといけない」


 月島さんがニヤリと笑う。あ、暴れる気満々だ、この人。でも、今日はいいや。私も暴れたい気分だし。


 利害が一致したところで、月島さんは牛尾さんに電話で、テーマパークの世界へのログイン用カードを注文した。手元にあるそうなので、牛尾さんのところに貰いに行って、そのまま異世界へ殴り込みをかけることになった。


「そう言えば、その黄色のピアスを使うところ、初めて見るな。牛尾の話だと、面白いものが見られるそうだね」


 牛尾さんのところへ向かう道中、車を運転する月島さんにそんなことを言われた。


 そう言えば、月島さんには私が黄色のピアスを使ったところを見せてなかったっけ。


「確か自分が面白いことになっているって、俺に言ったこともあったよね。その黄色のピアスと関係があるのかな?」


「大アリです!」


 これには当の私が一番驚いた。そして、黄色のピアスを残してくれたお父さんに、感謝した。


「まっ! 派手に暴れてやりましょうよ」


 怒りと興奮がごちゃ混ぜになった頭で、開戦を宣言した。


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