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第百五十話 捨てられた子犬

第百五十話 捨てられた子犬


 揚羽との決戦が開始されると思われた、丁度その時、ふとした隙を突かれてしまい、イルと分断させられてしまった。しかも、壁一つ隔てた、イルのいる方から、キメラの声が聞こえてきたのだ。


 この壁の向こうにキメラが……。


 私がそう思っていると、向こうから話しかけてきた。分断した本人なのだから、私がこっちにいることは、当然把握しているのでしょうね。


「やあ、久しぶりだね。哀藤と御楽を倒したんだって? 顔は見られないけど、元気そうじゃないか」


「あんたの顔に一発ブチ込んでやりたくてね」


「そんなことをして良いのかい? 僕が今使っているのは君の体なんだよ。ましてや、顔を殴るなんて、ずいぶん思い切ったことをするじゃないか。それでも構わないのなら、どうぞ」


「ぐっ……!」


 人の発言の揚げ足を取って……。許さない……。


 怒りのボルテージを上げる私とは対照的に、キメラは冷静だった。


「もっと話していたいんだけどさ。僕はイルに用があるから、真白ちゃんは揚羽と楽しんでいてよ」


 私があなたを潰しに来ていることを知った上で、放ったらかしにするですって!? どこまで余裕しゃくしゃくなのよ、あんたは!


 しかも、揚羽と楽しめですって!? 出来る訳ないでしょ、そんなこと!


「ちょっと! イルに何かしてごらんなさい! ただじゃおかないわよ!」


「……それは無理だ。何かするために、君と分断させてもらったんだからね」


「な、な……」


 人をおちょくるようなセリフに、私の怒りは爆発した。壁に向かって、『スピアレイン』を連射した。


 壁が壊れない(もしくは、揚羽に邪魔される)という展開も考えたけど、そんなことはなく、呆気なく穴が開いた。これじゃ、何のために分断したのか分からないわね。


「イル!」


 危機に瀕しているイルを助けようと、空いた穴をまたいで、救出に向かう。でも、そこは既にもぬけの殻になっていた。


「あははは! 残念だったわね。あなたの可愛いイルちゃんは、キメラとお楽しみタイムの真っ最中よ」


 呆ける私に向かって、揚羽が高らかに笑いかける。人を小馬鹿にする性格は相変わらずの様ね。以前の私なら、頭に血が上って、すぐに言い返していたところだけど、今の私は違うわ。だって、そうでしょ? 言い返している暇すら惜しいんだから。


「ごちゃごちゃ言ってないで、あなたもさっさと死後の世界に旅立ちなさいよ!」


 壁に見舞ったのと同じ本数の『スピアレイン』を、今度は揚羽に向かって連射した。それを食らって、大人しくしていなさい!


 だけど、その攻撃は揚羽の前に立った獅子の人形によって、ブロックされてしまう。


「ガルルル……」


 唸るような声で、私に威嚇までしてくる。前回使っていた人形は、声を発しなかったのに、進化しているのかしら。


「ああ、あなたには言っていなかったわね。私の『ダンシング・ヘアー』、キメラの力によって、パワーアップさせてもらったのよ」


 パワーアップですって!? 余計な真似を……。


「どう? 前回より、リアルに再現されていると思わない? しかも、獅子と蜘蛛! 少女の人形を相手にするより、格段に厄介でしょ」


 確かに厄介だけどさ。人形がそのまま動いているのなら、『ダンシング・ヘアー』という能力名はおかしくない?


 そう思っていると、獅子のたてがみがうごめいていた。注意してみると、蜘蛛の吐き出している糸も金色だ。成る程。あれで全身を動かしている訳ね。少々強引な気もするけど、そこを突っ込んでいる場合じゃないわ。


 揚羽への攻撃は、ガードするというのなら、まとめて相手にしてあげるわ。さっきは揚羽だけに、『スピアレイン』を放ったけど、今回は揚羽と二体の巨大人形に向けて、連射しまくった。


 でも、無駄に終わる。獅子が思いきり右足を横に振ると、放った『スピアレイン』が、全て薙ぎ払われてしまった。


「うふふ! 私のピンチに体を張って、前に出てくれる。キメラに守られている気がして……」


「全然しないわ。色ボケも大概にしなさいよ。大体、愛しのキメラが浮気をしているのに、私なんかに高笑いなんてしていて、大丈夫なの? 捨てられる兆候じゃないの?」


 見当違いなコメントで、鬱陶しい自己陶酔に陥りそうだったので、的確なツッコミを見舞ってやった。意見されたのが、心底忌々しいのか、揚羽が思い切り睨んできた。あんたの笑顔は吐き気を覚えるけど、そっちの顔はとても素敵よ。


「そ、そんなことないわよ。男どもが次々と駆除に失敗したゴキブリを任されているからね。信用されていないとできないことだわ」


「誰がゴキブリですって……」


 イルを急いで追わなきゃって思っていたけど、やっぱりこいつからぶっ潰してあげようかしら~?


 揚羽も同じことを考えているらしく、私との間に火花が散っているのが分かる。


「あ~、それからね。さっきから、ずっと言いたかったことがあるのよ。言っていい? 駄目って言っても、勝手に言ってやるけど」


 じゃあ、さっさと言いなさいよ。もったいぶられると、イライラするでしょうが。


「あんたねえ。さっきから馬鹿の一つ覚えみたいに『スピアレイン』を撃ちまくっているけど、忘れていないわよね。先に使いだしたのは、私だということを!」


 次の瞬間、私に向けて、揚羽の放った『スピアレイン』が向かってきた。すぐさま、『スピアレイン』で相殺する。


 あんたも使えることくらい憶えているわよ。どうせ不意打ちで使ってくるものと判断して、いつでも撃てるようにしていて正解だったわ。


「先に使い始めてようが、威力が同じなんだから、関係ないでしょう。先輩面しないでもらえる?」


「ふん! 減らず口だけは変わらないわね。でも、いつまで続けられるかしらね」


 揚羽と一緒に、私を取り囲むように、獅子と蜘蛛の人形が左右からにじり寄ってくる。こいつらも早急にどうにかしないとね。特に獅子。さっき見ただけだけど、なかなか素早かったわ。あれで接近されたら、あっという間に間合いへと入られちゃう。


 でも、早めに仕留めようにも、獅子には『スピアレイン』も通用しないみたいだし、どうしたものかな。




「今頃、きっと始めているだろうな。何といっても、犬猿の仲の二人だからね」


 自分で仕向けておいて、愉しそうに微笑むキメラ。性格の悪さでは、こいつも揚羽に引けを取らないわね。


 一方のイルは、キメラに手を引かれつつも、私の元に戻ろうと懸命に拘束を解こうと奮闘している。


「お姉ちゃんっ……!」


「人のことを心配している暇があるのかい?」


 自分のことなど眼中にもないようなイルの行動に苛立ったのか、私や揚羽に向けるものとは、まるで質の違う冷たい目を向ける。イルは、その目をちら見しただけで、またそっぽを向いて、戻ろうとキメラの手を引く。その態度が気に障ったのか、キメラは乱暴にイルを床に叩きつけた。


「全く……。マスターに捨てられた時と、ちっとも変っていないんだね。一人ぼっちになって、少しは大人になったと思っていたのにさ」


「う、うるさいな……!」


 転倒させられた際についた埃を、手で払いながら、イルはキメラを睨んだ。


「も、もう一人じゃないもん。真白お姉ちゃんが一緒に暮らそうって言ってくれたもん!」


「へえ」


 一瞬だけ感心したように、目を開いたけど、それもほんの一瞬。すぐに侮蔑するような表情が戻ってきた。


「それは良かった……、と言いたいところだけど、一つ忘れていないか? 真白はマスターの娘なんだぞ」


「そ、そんなの知っているよ」


「知ってはいるけど、分かってはいないんだね。君が真白と暮らすことを、マスターが許すと思うのかい? 実の娘が一度見放した君と暮らすことを」


 イルの瞳から、光が急激に失われていく。


「反対するだろうね。そうしたら、真白だって、君との生活する約束を白紙に戻すしかなくなる。何だかんだ言っても、親の庇護の下じゃないと、彼女も生きていけないからね。路上に捨てられた犬を例に考えると分かりやすい。本人は本心から飼いたいと思っていても、親から猛反対に遭って、また拾った場所に戻さざるを得ない。自分のために親を捨てて、駆け落ちの真似事をしてくれるとまで思っている訳じゃないだろ?」


「わ、私は犬じゃない……」


「似たようなものさ」


 私がこの場にいたら、思い切りぶん殴っていたでしょうね。自分のからだとか、関係ないわ。


 キメラはうな垂れるイルに近寄ると、頭に手を置きながら、諭すように囁いた。


「分かってくれたよね、イル。マスターに認められない限り、君に未来はないんだよ」


 キメラの冷酷な一言がイルに突き刺さるのだった。


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