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第百四十八話 人形使い、再び

第百四十八話 人形使い、再び


 私と御楽がまだ交戦している頃、ビルの正面入り口から、中に入ってくる者が二名いた。月島さんたちではない。キメラと揚羽だった。私が、自分たちの拠点に殴りこんできていることを察して、戻ってきたのだ。せっかく上手く裏をかくことに成功したのに、時間をかけ過ぎて、作戦は失敗に終わってしまったのね。


「哀藤は、もうやられているみたいね」


「ああ。今は御楽が交戦中のようだ」


 ついさっき、私とイルが入っていった部屋を眺めながら、余裕の笑みを漏らすキメラ。私を馬鹿にしているようにも思える、あまり感じの良い笑いではないわね。


「乱入はしないの? 御楽のことだから、劣勢に決まっているわよ」


 一瞥しただけで、通り過ぎようとするキメラに、揚羽が声をかける。御楽のことをまるで信用していない口ぶりだけど、憐れむべきことに、その予想は正解だったのよね。


 キメラは揚羽を振り返りながら、ゆっくりした口調で話した。


「したくても出来ないな。『トリックルーム』が発動している間は、外から入ることが出来ないんだ。僕の力で、無理に入ることも可能だけど、そんなことをすれば、能力が解除されてしまう」


「ふ~ん。ただドアが閉まっているだけにしか見えないのに、不思議なものね」


 納得していない顔だったけど、キメラから駄目と言われているので、敢えて試すような真似はしなかった。生意気に手足が生えたような揚羽でも、愛するキメラに対しては従順なのね。


 結局、私たちを素通りするように、エレベーターに乗り込むと、一足先にお父さんを始めとする、スタッフたちが眠る地下フロアへと移動していった。せっかく裏をかいたのが、完全に台無しになったわね。


「しかし……、あのままでは哀藤に続いて、御楽までやられてしまうだろう。喜熨斗も僕の元から去っていったし、いよいよ不味いことになってきたな。僕は、このまま消滅することになる運命なのだろうか」


 壁に寄りかかりながら、キメラが憂鬱そうな顔をする。さっきまで、あんなに余裕ぶっていたくせにね。


 嘘くさい演技にも、揚羽はあっさり信じて、キメラを励ますために語りかける。



「そんな顔をしないで。たかが真白じゃないの。私が体を張って守るから、安心してよ。男どもと違って、タフだから!」


 喜熨斗さんは別として、キメラ一派の男がだらしないのは認める。でも、だからといって、あなたが特別タフという訳でもないから。


 ともかく、揚羽の励ましの台詞を聞いて、キメラは顔色を変えて、制止した。


「とんでもない! 君は大きな傷を負っているじゃないか。そんな状態で、戦ってもらう訳にはいかない。僕がやるから、君こそ後ろに控えているんだ」


 本当は何とも思っていないくせに、わざと大げさに心配する。でも、揚羽は、自分が心配されていると信じて疑わない。


「これくらいの傷なんて、へっちゃら、へっちゃら! あなたのためなら、いつだって命を捨てるつもりでいるんだから!」


 期待通りの台詞を聞くと、揚羽に見られないように配慮しながら、キメラは口元を緩ませた。「君なら、そう言ってくれると思っていたよ」とでも、内心で思っているにきまっているわ。


「分かった。そこまで言うのなら、君の意思を尊重するよ。でも、これだけは約束してくれ。絶対に無理はするな。君はかけがえのない存在なんだ。君の代わりが務まる人間は、他にはいない」


「キメラ……」


 瞳を潤ませる揚羽をそっと抱きしめる。自分の愛が受け入れられたことに、揚羽は感激のあまり、涙を流した。


 まったくもう! 馬鹿じゃないの?


 どう見ても、キメラにその気がないのは明らかでしょうが! それなのに、舞い上がっちゃって……。悪い男に騙される女をリアルタイムで見るのはきついものがあるわ。しかも、騙している悪い男というのが自分自身。もう最悪よ。


 ていうか、私の体で、勝手にラブドラマを始めないでよね。嫌いな相手との熱い抱擁なんて、吐き気がする。一番最悪なのは、そこよ。


「じゃあ、揚羽が真白に負けないように、僕からプレゼントを贈ることにしよう……」


 最初から、それが目的だったのね。回りくどい文句を繰り返して、ようやく結論に至ったわ。揚羽は、唆されていることに、最後まで気付かずに、そっと目を閉じた。




 時間は流れて、キメラの予想通り、御楽は敗北して、私が勝利を収めた。


 今までの遅れを取り戻そうと、エレベーターで地下に降りるために、ボタンを押した。運良く一階に停まっていたので、ドアはすぐに開いてくれたんだけど、いきなり問題が発生してしまう。


「ずいぶんかわいい歓迎をしてくれるじゃないの」


 地下に降りるエレベーターに入って、まず目に入ってきたのは、中にこれでもかと敷き詰められた西洋人形の数々だった。


 普段の生活でも、エレベーターのドアが開いて、こんな光景が広がっていたら、ドン引きするわ。しかも、私にはこういう嫌がらせをしてくるやつに心当たりがあったのよ。


「これ……、もしかしなくても揚羽の仕業よね」


 人形たちは大人しく鎮座しているけど、私たちが中に入って、ドアを閉めたら、絶対に本性を露わにしてくるわよね。持ち主と同じように。


 確信ともいえる嫌な予感に、思わず立ち止まってしまう。結構長い間そのままで立ち尽くしていたので、普通のエレベーターなら、間違いなくドアが閉まっているところでしょう。でも、このドアは開いたまま。怪しすぎる。


「これ、もう完全に誘われているわよね。目の前で、大人しくしている連中に」


「そんなに心配なら、今の内に始末しちゃえば?」


 もっともなお言葉です。こうして、罠の方から、顔を覗かせてくれているんだから、ちゃんと対処するのが吉よね。イルのアドバイスに、素直に従って、『スピアレイン』で一掃してやったわ。


 何が狙いなのかは知らないけど、こうして跡形もなく消滅させてしまえば、恐いものなんてないわ。


 無事に脅威を取り除いたことで、安心して中へと足を踏み入れた。私とイルが入ると、それを見計らったように、ドアは私が操作するまでもなく、自然と閉まった。


 まだ行き先を指定していないので、ドアは閉まったものの、エレベーターは動き出さない。私は地下に行きたいので、一階から下のフロアに目をやった。


 このビルは、地上階よりも、地下の方が、フロア数が多い。というか、地上階の倍くらいあるではないか。現実世界では、まず無理な構造ね。


「こんなに地下の階を増やして、どうする気なのかしらね」


 スタッフ全員分の快適な睡眠ライフのために、ここまで増えたのかしら。もしそうなら、すごいと感じつつも、笑いが漏れてしまいそうになるわ。


 少し考えて、一番下のフロアのボタンを押した。お父さんは、『神様フィールド』において、髪に等しい存在なので、一番下で悠々と眠っている気がしたのだ。万が一、最下層でなかったら、一階ずつ上の階へと移動していけばいいだけのことよ。


 人形たちを始末しておいたのが功を奏したのか、エレベーターは異常なく、下まで降りていった。


 やがて、チーンという機械音と共に、最下層に到着したエレベーターのドアが開いた。


「うげ……」


 ドアの前に広がる光景に、またもうめき声を上げてしまう。だって、そうでしょう。私たちを出迎えるように、西洋人形が列をなして、壁に立てかけられているのよ。


「私たち、歓迎されているね!」


 あまり穏便ではない方のね。これも『スピアレイン』で、始末しておくべきかしら。


 無論、さっきと同じように始末しておくべきなんだろうけど、人形の数に、さすがに辟易するものがあった。


 どうしたものか考えていると、床に矢印が浮かび上がった。


「矢印に従って進めということかしら」


 もう怪しすぎて驚かないわ。


 イルがどうするのかという顔で、私を見てきたけど、思い切って誘いに乗ってみることにした。向こうには、私の動きなんて筒抜けみたいだし、無視して進んだところで、どうせ次の手を打ち出してくるんでしょ? 鬱陶しいから、早めに相手をしてあげるわ。


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