第百四十七話 この戦いが終わったら……
第百四十七話 この戦いが終わったら……
戦いに決着をつけるために、キメラが拠点にしているビルへと殴りこんだ私は、御楽と交戦していた。
苦戦はしたけど、どうにか勝負を制することに成功。あまり手こずるようなら、奥の手に温存していた『アップデート』の使用も辞さない覚悟だったけど、使わずじまいに終わってホッとしている。
「げ! バトル中は気付かなかったけど、親指大のひびが入っているじゃない!」
バトル後に自分のピアスを確認したら、思わず傷を発見してしまった。しかも、あと少しダメージを食らったら、破片が零れ落ちそうだわ。無傷で勝てたと思っていたのに、いつの間に負ったのかしら。
「まだキメラとの戦いが残っているのに……。ていうか、そっちが本番なのよ。前哨戦でこんな傷つくなんて、やばくない?」
口調こそ軽いけど、事態はかなり深刻だった。
「ねえ、イル。黄色のピアスに負った傷を回復する手段とかないかしら?」
もしくは、回復させる能力とかないかな? そういうのって、ゲームや漫画を問わずに、必ずあるものじゃない。当然、『神様フィールド』にもあると思うんだけどね。
でも、イルから返ってきたのは、そんなものはないという素っ気ないお言葉。ほとんど確信した上で、質問していただけに残念だわ。
回復できない以上、さらなるダメージは絶対に避けねばなるまい。お父さんと会う前にリタイアなんて、冗談じゃないわ。
とにかく! 傷の手当ても出来ないなら、ここにいつまでも留まっている理由はないわね。
私はさっきまで閉じ込められていた部屋を出て、玄関フロアへと戻った。ちょうどフロアのど真ん中で大の字になって倒れている御楽を発見した。あれだけの攻撃を加えたので、もうとっくに消滅しているものと思っていたのに、しぶといわね。
御楽も私を見つめていたけど、逃げようとする素振りはなかった。観念しているのかもしれないわね。
「驚いた。クリーンヒットさせたのに、まだ息があるなんて」
あと一撃、『スピアレイン』を見舞ったら、消滅するのは間違いないけど、放っておくなら、まだ大丈夫でしょうね。自身のピアスが砕けようとしているため、このしぶとさは本気で羨ましかった。
一方で、敵とはいえ、人が死にかけているのに、取り乱すことのない自分の冷酷さにも驚いていた。
「……どうした。止めを刺せよ」
御楽は命乞いをするでもなく、さっさと止めを刺すように促してきた。そんな潔くしないでよ。私がどんな性格が知っているでしょ? そんなことを言われちゃったら……。
「絶対に止めを刺さない。このまま生き永らえて、私に負けた屈辱に晒され続けなさい!」
笑いを堪えるように、そう宣言してやると、御楽の顔が明らかに歪んだ。普通なら、人を不必要に殺すことなんて出来ないとか、正義を掲げるところなんでしょうね。でも、私が同じようなことを言って、慰めてあげると思ったら、大間違いよ。
「お前って、本当に性格が悪いのな」
「よく言われるわ。おほほほ!」
高らかに笑いながら、勝利の余韻に浸る。相手が犬猿の仲だった御楽のだけに、愉快、愉快!
「まっ! せっかく拾った命なんだから、大事にしなさいよ」
「ふん! お前から恵んでもらった命なんか、大事に出来るか」
「それじゃあ、すぐに捨てることね。止めはしないわ」
「誰もてめえに止めてほしいなんて、思っちゃいねえよ」
そう言われても、自分から死を選ぶようなやつでもないけどね。
憎まれ口を叩いてはいるけど、その言葉には、もう殺気は感じられず、どこか吹っ切れたような清々しさを含んでいた。私もこれ以上、御楽をからかっている時間はなかったので、その場を後にして、改めてお父さんの元へ向かうことにしたわ。
御楽を放ったらかしにして、今までの遅れを取り戻すように、お父さんの元へと急ぐ。以前、キメラが、このビルの地下で眠りについていると言っていたので、エレベーターで一番下の階まで下るつもりよ。
「キメラはもう戻ってきているのかしら」
上手くキメラの虚を突いて、この世界に侵入したは良いけど、哀藤や御楽と連続で戦ったせいで、ずいぶん時間を食ってしまった。
「う~ん、分かんない!」
しばらく難しい顔をして悩んだ後、いつもの快活な顔で言われてしまった。こんな爽やかな顔で言われてしまっては、そうなんだと納得せざるを得ない。
「そう言えば、イルはこの戦いの後、どうするの?」
「ふえ!?」
虚を突かれたような顔で、イルが私をまん丸の眼を見開いてじっと見てきた。
いやね、今する話じゃないけど、気になっちゃったのよね。思えば、揚羽とのバトルの最中に偶然出会って以来、いろいろ助けてもらった訳じゃない? キメラとのバトルが終わったら、「はい、さようなら。また一人で頑張ってね」と言うのは、どうも気が引けてしまうのよ。
イルは困ったような顔で、考え込んでいたけど、明確な答えは返ってこなかった。というより、また当てもなく彷徨うことになるのに、そんなことを聞かれても分からないと言うのが正しいのでしょうね。そんな姿を見ているとだんだん不憫に思えてきて、ついこんな提案が、私の口から洩れた。
「一緒に暮らす?」
本当に、何の考えもなしに、自然と口から零れ出た。まだ高校生の身分で、勝手に決めて大丈夫なのか。ちゃんと責任を取れるのか。などと聞かれれば、言葉に詰まってしまうけど、イルを放っておくことも出来ないのだ。
「いいの?」
不思議そうに、イルが聞き返してくる。今の言葉が冗談でないか、探っているようにも見えた。
キメラに勝ったら、百木真白としての生活がまた始まる訳よね。一つ下の可愛くない妹に比べれば、イルは可愛い子よ。月島さんとお姉ちゃんに泣きつけば、イル一人くらいどうにかなるでしょう。
「いいの?」
イルがもう一度聞き返してくる。私が真剣な顔のままなのを、肯定と捉えたのだろう。台詞は同じだけど、顔は涙でぐしゃぐしゃになってくる。
「私、お姉ちゃんとずっと一緒にいていいの?」
また聞き返されたところで、私はしっかりとした言葉で、返答した。
「うん、いいよ」
気付いちゃった。この子、ずっと一人で寂しかったのね。OK! そんな顔で聞かれたら、分かったって言うしかないじゃない。
決めたわ。
あなたの面倒は、私がずっと見てあげる。結婚することになっても、私に赤ちゃんが出来てからも、ずっと一緒よ。
「そのためにも、絶対にキメラに勝とうね」
「うん! キメラをぶっ倒す!」
嬉し涙でくしゃくしゃになった顔で、イルが右手を天高く掲げる。
そうやって、二人で気持ちを新たにしたところで、ちょうどエレベーターホールに着いた。
ここからエレベーターで下に下れば、否応なしに、全てに決着が訪れることになる。でも、恐くはない。
むしろ、ようやく長い戦いが終わると思うと、この後に待ち受けるものが待ち遠しい。
エレベーターは一階で停まっていたので、ボタンを押したら、ドアはすぐに開いた。イルと顔を見合わせて、乗り込む。
こうして、百木真白の最後の時間は、カウントダウンを始めたのだった。