第百四十五話 私の覚悟
第百四十五話 私の覚悟
キメラのところに殴り込みに来たら、留守番をしていた御楽と戦闘になった。
その際に、御楽から、お父さんが神様フィールドを作った、真の目的を知らされた。それは、死んだお母さんを生き返らせるというものだった。
私たち家族のために、たくさんの人を巻き込むという暴挙に、愕然としてしまう。
それでも、お父さんの気持ちが分かる私は、強く否定することも出来ず、ただただ混乱するばかりだったわ。
そんな私をよそに、御楽は話を続けた。
「蘇生の手順なんだけど、まず生前のデータを元に、異世界で復活させて、現実世界に移動させる。異世界だったら、完全に復活するまで、いろいろいじることが出来て、ちょうどいいんだろうね」
まるで、ロボットを作るみたいね。以前、異世界の住人のティアラや、グラコスを現実世界に移動させたことがあったけど、復活させたお母さんを円滑に移動させるための実験だったのね。
「自分の妻だけ知り抜いていたんだろうね。マスターの蘇生計画は順調に進んでいった。でもね、どんな計画にも誤算は生じるものなんだよ」
人の家族の話を、漫画のネタバレでもするかのように話す御楽に、内心ではかなりイラついていたけど、続きを聞くために我慢してやった。
「ある日、些細なことから、裏の目的が、他のスタッフの知るところになってしまったんだ。そうすると、自分の大切な人も生き返らせてほしいって、頼み込んでくるやつが何人も出てきたんだとさ」
その人たちの気持ちは分かる。誰だって、生き返らせてほしい人間の一人や二人はいるものだからね。現に私だって、もし許されるのなら、生き返らせたい人が何人もいる。それを無視して、お母さんだけ生き返らせるというのは通らない。
「でもさあ。人間って、つくづく欲の深い生き物なんだね。哀願してくるやつの中に、だんだん金儲けに悪用しようとする輩が混じるようになってきた訳よ」
詳しく聞かなくても、そいつらの提案したことは分かった。おそらく、高い金を払って、人を生き返らせるビジネスを持ちかけたのだろう。もし断ったら、全部ばらすと脅すのも忘れない。人の死すら金儲けに利用しようと目論む輩がいたと思うと、本気で気分が悪くなった。
それからのことは、御楽から聞かなくても、想像に難くなかった。
混乱が加速度的に拡大していき、あっという間に収集が付かなくなっていったのでしょうね。その光景がリアルに想像できるわ。
「だから、キメラに命じて、反乱を起こさせたのさ。自分もろとも、眠らせろとね」
「計画を破綻させないための苦肉の策とはいえ、ずいぶん強引な方法に出たわね」
「同じ口封じでも、殺すよりはマシだろう? まあ、俺に言わせれば、ずっと眠らせ続ける訳だから、殺しているのと同じだけどな」
直接殺されなくても、社会的には死んだも同然ね。目的を遂行するためとはいえ、やり過ぎだわ。
そこに私が迷い込んで、キメラに体を奪われる羽目になったのね。
失った家族を取り戻すために、起こした行動で、他の家族が体を失う羽目になる。どんな悲劇よ……。眠ったままだから、お父さん自身はまだ知らないんでしょうけど、目を覚まして全てを知った時、どんなことを思うのかしらね。
「自分の意志を継ぐように、キメラに命じたものの、さすがのキメラも体のないままで、行動することは出来ないからね。真っ先に駆けつけたやつの体を最初に奪うつもりだったのさ。それが気味だったというだけのことだよ。まっ、体を奪われたのは事故だと思って諦めな」
ずいぶんあっさりした説得ね。それで納得するとでも思っているの?
私の我慢もそろそろ限界に達しようとしていたけど、堪忍袋の緒が切れる前に間に合ってくれたみたいね。あんなに話しまくっていた御楽の口が、ぴたりと動かなくなった。
御楽の独白は以上でおしまいのようね。話を聞き終えた私は、深いため息をついた。
「どうして……、相談してくれなかったのよ。一人で抱え込むことなんかないのに……」
残された私たちで、力を合わせて頑張って生きていこうって言ったのは、お父さんじゃない。それなのに、勝手に一人で暴走するなんて。
猛烈に文句を言ってやりたい。
そんなに私たちじゃ、役不足かって。我がままばかり言っていると見せかけて、お母さんがいなくなったことで、ぽっかり空いてしまった穴を埋めようと奮闘していたのに。そんな裏切り方ってないわ。
ますますお父さんのところに行かなればならなくなったわね。そして、お父さんを叩き起こして、無理やりでも説得するの。
何としても、お父さんに考えを改めてもらわないといけない。どんなに精巧に再現したところで、それはお母さんではない。お母さんに似た何かでしかないのだ。
そんなもののために、自分を捧げるのは悲しいことよ。
「吹っ切れた顔をしているね、お姉ちゃん」
「ええ。お父さんに話したいことがたくさん増えたけどね。とりあえず突っ走るわよ」
まずはお父さんのところに辿り着かないと、話にならない。
しかし、そんな私の前に御楽が立ち塞がる。俺の存在を忘れるなというつもりなんだろう。言わんとしていることが分かってしまうので、先に言わせてもらいましょう。
「ねえ、降参してくれないかしら」
「は!?」
出鼻をくじかれた上に、降参まで勧められた御楽は、声を思わず荒げる。
「おいおい! 俺がそんなことを言われて、降参するとでも思っているのか?」
「素直に降参してくれるとは思っていないわ。私だって、そこまでおめでたくできていないもの。でも、提案させてもらうわ。だって、この戦いは無意味ですもの」
私の目的は、あくまでお父さん。目の前の御楽は、確かにムカつく相手だけど、殺すほどの理由はない。それなら、後日改めて、決着をつけるということで、この場は休戦した方が良いではないか。
そんな思いから、休戦を申し出てみたのだけど、御楽からの返事はノー。
「不毛でも何でも、俺たちは戦わなければいけないんだよ。俺にしたって、キメラに留守番を頼まれているんだ。勝手に賊を通したとあっちゃ、面目がつかねえ」
あくまで、戦闘を続けるということね。そういうことなら、仕方がないわ。不本意だけど、バトル続行か。
「仕方ないわ。それなら、私も本気であなたを潰すけど、恨まないでね」
こう言ったところで無駄でしょうね。このまま御楽を殺すことになれば、間違いなく、向こうは私を恨む。
だから、停戦を呼びかけたんだけどね。拒否されたんじゃ、仕方ないわ。殺人をおかしてでも、私は前に進まなきゃいけないんだから。
覚悟を決めた私の頭上で、光の球体が爆ぜる。
「いつの間に……!?」
「あなたが私に長々と話をしてくれていた時に用意させてもらったわ」
衝撃的な内容だったけど、チャンスだったのも事実。『スピアレイン』を発動させるには、十分すぎる時間だったわ。
「時間がかかったけど……、食らえ!!」
『スピアレイン』の強烈な一撃が、三人いる御楽の一人を射抜く。
「がっ……」
かすかな呻きと共に、御楽の一人は消滅していった。
「はっ! 俺に降参を促す傍らで、潰す準備も同時進行かよ。お前も、なかなかの悪じゃないか」
残った二人が、称賛と苛立ちをミックスした視線を向けてくる。
どうとでも言いなさいな。私は何としてでも、お父さんの元に辿り着かなきゃいけないのよ。そのためなら、いくら罵倒されても構わないわ。
私の本気を見た御楽も、このままではヤバいと感じたのかしら。奥の手を出すことにしたみたいね。
「そういうことなら、俺も本気で潰しにかかるとするか。『トリックルーム』に、お前の全てを閉じ込めてやるよ。想いも、覚悟も、み~んな」
私の進行を散々に邪魔してくれている『トリックルーム』。予想はしていたけど、まだ奥の手があるみたいね。
主導権は取られたくないので、警戒していると、部屋がどんどん広がっていく。さっきまで六畳くらいしかなかったのに、あっという間に学校のグラウンドくらいの広さになってしまった。
「ああ! ドアまで向こうに行っちゃった!」
イルが焦ったように声を荒げている。これまでの経験からして、イルが焦る時には、何かがある。たいしたことないと、高を括っていると、後でとんでもない目に遭いそうなので、早めに聞こうとしたところ、先にイルが口を開いた。
「気を付けて、お姉ちゃん。この能力は、発動から、一定時間が経過すると、出入り口のドアが消滅しちゃうの」
え? ドアが消滅するって。そうなったら、出られないじゃないの。
「それが狙いよ。この能力の目的は、対象を異空間の中に、永遠に閉じ込めることなの。ドアが消滅したら、ピアスを外してもログアウトは出来ないわ」
ドアが消滅したらって……。どうせ『トリックルーム』に入った時点で、ログアウトは出来なくなっているんでしょ? 『アトランティス』といい、ログアウトを封じる能力がやたら続いているわね。
「今更焦ったところで、もう遅いよ。ほら、話している間にも、ドアはさらに遠くに向かったぜ」
御楽の言う通り、部屋は東京ドームくらいの規模まで広がり、出入り口のドアは、遥か向こうで小さくなっていった。