第百四十四話 反乱の理由
第百四十四話 反乱の理由
御楽とのバトルがヒートアップする中、ひょんなことから、黄色のピアスの所持者が実は死んだ人間で、ピアスを砕かれると完全に消滅してしまうことを知らされた。
先のバトルで、哀藤のピアスを砕いている私は、心ならずも、自分が人を殺めていたことを知り、愕然としてしまった。
哀藤とは仲が良かった訳ではない。むしろ、敵同士で、最悪な関係だったといえる。それでも、殺していい理由にはならないだろう。
「し、死んだ? 哀藤が?」
「そういうこと。やっぱり知らなかったか……」
だったら、仕方がない。気にしなくていいと御楽が言ってくるけど、それで気が紛れる訳でもない。というより、こいつは軽すぎる。
「一応仲間だったんでしょ。そのドライな言い草は何なの!?」
「そう言われてもなあ。俺、自分のことしか心配できない人間なんだよねえ」
自虐的に言っているけど、妙にしっくりきた。確かに、こいつは仲間のために怒ったり、笑ったりできるような人間には見えない。さっき敵討ちを宣言した時も、どこかぶっきらぼうな感情も見え隠れしていた。
私がショックを受けたのは、知らない内に人を殺していたからだけではない。哀藤のことを考えつつも、フードのお姉さんのことを思い出していた。確かお姉さんも、黄色のピアスが砕けていた筈だ。御楽の話が本当なら、お姉さんも、既にこの世の人間ではないということになってしまう。そんなことはあってはいけない。
混乱した私の頭は、無意識に現実逃避を始めていた。
「私を動揺させたかったら、もう少しマシな嘘をついたら?」
「お!? 俺の話を信じていないな。まっ、予想はしていたけどね」
散々敵対してきた上に、性格の不一致からも、仲の悪かった自分の話を信じてもらえると思っていなかったらしく、御楽はたいして気に留めていないように見えたわ。
「と、当然よ。だって、あんたの話が本当だったら……、お姉さんには、もう……」
そこまで話すと、目から涙が零れ落ちてきた。信じまいと強く念じても、御楽の話を信じてしまっている自分もいたのだ。
「お姉ちゃん、現実を見て。御楽の言っていることは全部事実だよ」
私の動揺を本気で心配したイルが、一見すると冷酷にも聞こえる言葉を告げる。イルにまで指摘された私の混乱は頂点に達し、爆発した。
「お子様は黙っていなさい! 私は大事な話をしているのよ!」
怒りのあまり、支離滅裂なことを言ってしまったけど、イルは悲しそうに目を伏せながらも、身を引いてくれた。こんな小さい子に気を遣わせてどうするのよ、私。
でも、どうしても気持ちの整理がつかないのだ。
「私、お別れの言葉も言っていないのよ……」
駄目よ、真白。こんなことを言っちゃ。御楽の話を信じているようにしか見えないじゃない。しっかりと、御楽を睨んで、きっぱりと否定するのよ。
でも、そうやって自分に命じれば、命じるほど、涙が零れてきてしまう。
「そんな気を落とすことないって! 本名も知らないレベルの仲だったんだろ? すぐに忘れられるさ」
デリカシーのない言葉が、私に飛んでくる。挑発するためではなく、本人なりに慰めているつもりなんだから、始末が悪い。
「それとも、こう言った方が良いかな。すぐにお前も、お姉さんと同じ天国に送ってやるよ!」
「うるさい!」
ずれた慰めのせいで、却って気分が悪くなってしまった。
そもそも御楽なんかから、慰めてなんか欲しくない。あんただって、さっきまで、私のことを悪く言っていたじゃない。こんなことくらいで、同情しないでよ。
「死んだ人間のみを選んで、黄色のピアスの所持者として生き返らせている!? 何がしたいのよ、キメラは! 本気で神様にでもなるつもりなの?」
キメラなんて、所詮オンラインゲームのメインプログラムでしかないんだから、分をわきまえなさいよ。
でも、御楽はそれこそが重要なのだと、更なる重要事実を暴露した。
「キメラは神になるつもりなどない。どれだけ進化しようとも、時間が流れようとも、マスターの忠実な僕であり続けようとしているのさ。それなら、どうして、死んだ人間を生き返らせてまで、黄色のピアスを授けているのか。理由は一つだ。それがマスターの命令だからだよ」
マスター=私のお父さんが、キメラに命じた!?
「ま、ますます意味が分からないわ。どうして、お父さんが、そんな趣味の悪いことを率先してやらせるのよ!」
お父さんの性格は、一緒に住んでいる私が知り抜いているわ。ついこの間、お父さんの手でプログラムさせられたに過ぎないキメラや、会ったことがあるかどうかも疑わしいあんたなんかよりも詳しくね!
「そうかなあ? 近くにいたからといって、そいつのことを本当に理解できているとは限らないぜ?」
「あんた……、何が言いたいの?」
人をおちょくるような、御楽の物言いに、言葉が刺々しくなってしまう。でも、御楽は動じることもなく、話を続ける。
「なあ、真白。どうしてマスターが神様フィールドを作ったか分かるか?」
お父さんが黄色のピアスを作った話をしていたのに、いきなり神様フィールドを作ったことに、話題を転換してきた。そうやって、話題を転換して、話をはぐらかせる気なのかしら。
「増えすぎた人口を整理するためと、引きこもりやニート問題を処理するためじゃないの?」
私が世間一般で言われている神様フィールドの謳い文句を口にすると、御楽は話にならないとでも言いたそうに、鼻で笑った。
「そんなの建前に決まっているだろ。本当の目的は別にある」
「本当の……、目的……?」
な、何よ。本当の目的って。この流れだと、やっぱり世界征服とか言い出すのかしら。頼むから、それだけは止めてよ。
「マスターが神様フィールドを作った本当の理由は、自分の妻、つまり君にとってはお母さんを生き返らせることさ」
「……お母さんを?」
世界征服という単語は出てこなかったものの、これまた荒唐無稽な理由に、眼を白黒させて固まってしまう。
「そ、そうなの?」
思わず横にいるイルを見てしまう。イルは、黙ったままで、コクリと縦方向に頷いた。
「女々しい理由だとか言わないでくれよ。俺は知らないが、キメラの話では、マスターは死んだ妻のことを、相当愛していたようだったからな。死別を受け入れることが出来なかったんだろう。それは、一緒に暮らしている君がよく分かっていることじゃないのか?」
「……」
反論することが出来ない。御楽の言う通り、お父さんは病気かというくらい、お母さんのことを愛していた。結婚を反対された時だって、駆け落ちしてまで、おじいちゃんに結婚を了承させたらしいから、二人の愛に異論を挟む気はない。
お母さんの葬式の時が思い出される。萌が葬式をボイコットして、私とお姉ちゃんが悲しみに暮れている横で、お父さんだけは気丈に振る舞い続けていた。
「心配するな。お母さんには、また会える。会わせてみせる」
そう言って、私とお姉ちゃんを一心に励まし続けた。
お父さんの発した、この言葉を、お母さんは天国で私たちを見守ってくれているという意味で言っているのだと解釈していた。幼いながらも、本気で会うことができるとは思っていなかった。
お母さんの死をしっかり受け入れて、お父さんを助けていく。それが私たちに求められていることだと解釈したのだった。
まさか、本当に合わせようとしていたなんて……。
今にして思うと、あの時点で、既にお父さんの決意と狂気は固まっていたのだろう。
「何よ、それ……」
お父さんの気持ちは痛いほど分かる。でも、それ以上に、怒りが込み上げてくる。
「自分はどうなっても良いっていうの? そんなことで、私たちが喜ぶと思っているの? お母さんさえ生き返れば、全てが帳消しになるとでも思っているの?」
もし、そうだとしたら、お父さんは、とんでもない大馬鹿だ。