第百四十一話 挑発は計画的に
第百四十一話 挑発は計画的に
打倒キメラのために、キメラが拠点にしているビルに、正面から殴りこんだ。直前に哀藤を倒しているので、勢いは万全よ。
そうして意気揚々とビルに入った私の前に現れたのは、御楽だった。キメラじゃなかったことに安堵したというより、手負いの御楽が出てきたことへの安堵感から、ホッとしちゃったわ。
余裕を通り越して、完全に舐めてかかろうとしているのを、俊敏に感じた御楽が、私に対して闘志をむき出しにしてきた。でも、私は動じない。
さっさと片付けてしまいましょうと、『スピアレイン』の発動準備をしていると、横から邪魔をされてしまった。
厄介な『最終審判』を使われる前に勝負を決めるつもりだったのに、いきなり水をかけられる形になってしまった私は、新手の力に舌打ちしたわ。
「まだ能力を隠し持っていたなんてね」
私が忌々しく言い放ってやると、御楽も睨み返してきた。
「『最終審判』しか使えないと言った覚えはないよ。それとも何か? 特撮の主人公みたいに、自分だけどんどんパワーアップできるとでも思っていたのか?」
そんな主人公びいきの展開に期待は寄せていないけど、御楽に奥の手はもう残されていないと、頭のどこかで無意識に決めつけていたのは事実ね。だって、そんな奥の手があるのなら、どうして月島さんと闘っている時に使わなかったのよ。そうすれば、片腕を失わずに済んだかもしれないのに。
「俺がこの能力を手にしたのは、ついさっきのことでね。キメラが、もしもの時に備えて、能力の一部を、俺に貸し与えていってくれたんだよ」
私に疑問を突き付けられると、やや決まりの悪そうな顔で明かしてくれた。「この力は、ここでしか使えないから、どの道、あの刑事とのバトルでは使用できなかったけどな」とも付け加えた。
言い訳がましいことを話した後、気を取り直したように、御楽は私に向かって、テーブルを飛ばしてきた。不意を突いたつもりなんだろうけど、そんな真っ向からの攻撃じゃ、私に当てることは不可能よ。
余裕で避けられたことにめげずに、今度は箪笥を飛ばしてきた。でも、それも慌てずにジャンプで躱した。と、そこに、さっき躱した筈のテーブルが飛んできた。へえ、連携攻撃ってことか。なかなかやるわね。
「でも……、無駄!」
飛んできたテーブルに手を置くと、華麗に反転で避けてやったわ。もう一回くらい連携攻撃が来るかと思ったけど、なし。拍子抜けしちゃったわ。
ふふふ。今の攻撃で見抜いたわ。この場面で出してくるから、どんな能力かと警戒したけど、『魔王シリーズ』の能力ではないようね。
御楽を見ると、まだソファにどかりと腰を下ろしている。どうせなんだから、今のタイミングで、『最終審判』を発動しておけば良かったのに、余裕ぶっちゃって。勝機を逃しちゃったことに気付いていないのかしら。
「あんたねえ……。こんな攻撃ばかりしてくるなら、本気で馬鹿にするわよ。私みたいな年下の女子に見くびられちゃっていいの?」
それはさすがに嫌みたい。というか、私の言葉に、イラッとしてみたいね。御楽が眉間に皺を寄せる。
「ちょっと調子良いからって、図に乗るなよ。まだこの能力の全貌を見せたとは言っていない」
さっきからどうも言い訳ばかり口にしているわね。全貌とやらがあるのなら、むしろさっさと見せてほしいわ。あんたと違って、こっちはキメラが戻ってくる前に、お父さんを起こさなきゃいけないから、
「出し惜しみするのは自由だけど、その前に決めてやるわ」
今度こそ、『スピアレイン』をヒットさせてあげるわ。さっきは失敗したけど、再度光の球を出現させる。でも、またも球はドアの外に吸い寄せられてしまう。
「ああ、もう! せっかく御楽を瞬殺するチャンスなのに、どうして上手くいかないのよ!」
分かった。能力の発動を妨害する能力でもあるのね。それで、時間を稼いで、キメラが来るまで持ちこたえようとしている訳。何て、姑息なの?
「汚いわよ! もっと正々堂々と勝負したらどうなの?」
あんたが堂々と来るのは、格下限定!?
「何か勘違いしているようだけど、ちゃんと正々堂々とやっているぜ?」
それまでソファに背中を預けていたくせに、俊敏な動きで立ち上がり、己の右腕に『最終審判』の髑髏をまとわせ始めた。
「左腕のあったところにまとわせたら? そっちの方が動きやすいんじゃなくて?」
「俺は右利きだから、こっちの方が攻撃しやすいんだよ」
本当なら、『スピアレイン』で迎え撃ちたいところだけど、さっきから上手く発動できないから、代わりに奴隷人形に頑張ってもらいましょう。
「奴隷くん! 私が『スピアレイン』を発動するまで、目の前の雑魚助くんの相手をしなさい」
「アイアイサー!」
「誰が雑魚助だって?」
不服そうに御楽が難癖をつけてくるけど、雑魚が嫌なら、私を追いつめて見なさいよ。
「念のために言っておくけど、君が『スピアレイン』を発動することはないよ。俺が徹底的に妨害するからね」
宣言通り、その後、何回も発動が妨害され続けた。
そして、ついに光の弾が目の前で、完全に消滅させられてしまった。
「ああ……」
力なく呻く傍らで、奴隷人形も、『最終審判』の餌食となって、消滅していた。結構善戦してくれたのに、活かすことが出来なくて、ごめんね。
我慢比べでは、私の分が悪いわね。悔しいけど、作戦変更と行きましょう。
「イル、走るわよ。しっかり掴まっていなさいね」
全くの当てずっぽうだけど、『トリックルーム』というくらいなんだから、能力が発動していられるのは、この部屋だけの筈。それなら、ここから出てしまえばいいのよ。
それでもって、出たと同時に、『スピアレイン』を発動して、瞬殺。うん、完璧な作戦だわ。
幸い、部屋のドアを開けるまで妨害はなし。ドアも施錠されておらず、普通に開いた。ふふふ。あんたの天下もこれまで。
ほくそ笑みながら部屋を出た。……それなのに、その先に広がっていたのは、たった今出たばかりの部屋だった。
「よお!」
『最終審判』を鎌の形に変化させて、御楽がまた挨拶してきた。
無言で後ろを振り返ると、そこにも御楽が……。
「どうだ。面白い能力だろ」
「全然!」
つまり、あんたを倒すまで、この部屋から出られないってことね」
「理解が早くて助かるよ」
前と後ろ。二人の御楽が同時に、口を開いた。しかも、私を囲い込むように近寄ってくる。何、これ? 無限ループになっているんじゃないの?
不思議に思っていると、ドアの一つが開いて、そこからも御楽が入ってきたのだ。これで御楽は三人。しかも、どいつも『最終審判』の鎌を持っている。
「そろそろ、俺を舐めたことを後悔してもらおうかな……」
ニヤリと笑うと、三人同時に襲いかかってきた。くっ……! 私の能力を封じて、そっちは三人がかりなんて……、汚い!
「悪いねえ! 何しろ、こっちは片腕がないもんで!」
むしろ得意げに言うところがムカつくわね。
鎌の三連撃はどうにか躱したけど、かなり危なかったわ。
そう思っていたら、テーブルと箪笥、椅子といった家具類が宙に浮いた。これから何をする気なのか、聞かなくても分かってしまう自分が怖い。
『スピアレイン』さえ使えれば、こんなの平気なのに……。散々舐めたことを根に持っていたのか、御楽は愉快そうに笑った。
「く……、どうすれば『スピアレイン』が使えるのよ……」
歯ぎしりしながら呻いていると、イルが割って入ってきた。
「無駄だよ。お姉ちゃんがいくら頑張っても、『スピアレイン』の発動は無効にされる。というより、『初期化』されると言った方が正しいかな?」
『初期化』も、無効も同じようなものじゃない。重要な意味でもあるの?
私が腹立ちまぎれに突っ込むと、イルが驚きの情報を呟いてくれた。
「だって、『初期化』っていったら、キメラの能力じゃない。部分的とはいえ、使用できるなんて、かなり面倒だよ」
「……キメラの能力。ですって!?」
私が聞き返すのを、御楽は満足そうに聞いていた。
「そういうこと。つまり、今の俺はメインプログラムと同等の力を、限定的とはいえ、持っている訳。これでも、まだ舐めるかい?」
……至極ムカつくけど、認めてやるわ。キメラの力を使ってくるのか。練習相手として、最高じゃないの。
状況は何一つ改善されていないのに、私は俄然やる気を漲らせたわ。