第十四話 規格外
第十四話 規格外
ひょんなことから異世界に行くためのパスカードを三枚手に入れたので、親友の瑠花と小桜と一緒に遊びに行くことにした。その話をすると、二人共嬉しそうにその話に乗ってくれた。
そして、日曜日に待ち合わせた私たちは三人同時に、異世界へのチケットとなるパスカードを掲げて、「ログイン!」と叫ぶ。次の瞬間、私たちは異世界に立っていた。
「うわ……。本当に一瞬で移動できるんだね」
「夢みたいだね」
夢見心地なとろんとした目で、小桜は自分の頬をギュッとつねった。おそらく夢かどうか確認しているに違いない。無駄なことなのに。
「あれ? 全然痛くない。それじゃあ、ここは夢の世界?」
「違うよ。異世界でのダメージはライフピアスが代わりに受けてくれるから、痛い思いをしないんだ」
「へえ、便利だね」
そう言うと、小桜は「切り捨てご免」と呟いて、私に殴りかかってきた。ただし、ふにゃふにゃパンチだったので、楽に避けられた。
「あっ! 駄目だよ、避けちゃ。本当にダメージを受けないのか分からないじゃん」
「それなら、自分で受けてくれる?」
逆切れ気味に、頬を膨らませている小桜に、ため息交じりに自制を促した。
「しかし、人が多いなあ……」
テーマパークだけあって、結構な人で賑わっていた。新宿や渋谷のような大都市に比べると劣るが、それでも、中規模の駅前くらいの賑わいはあった。
「あははは! ここが異世界か。めっちゃ楽しいわ!」
いつの間にかクレープを買っている瑠花が浮かれた声を上げた。祭り好きな彼女には、この人混みは気持ちが良いらしい。
「まだ何もしてないでしょ。瑠花ったら、浮かれ過ぎ」
瑠花と小桜は、単純に初体験の異世界に浮かれていたが、私は人ごみに呆けていた。異世界に来たことは何度もあるが、いずれもほぼ無人で、たまに人とすれ違うくらいだった。それなので、こんなに人が密集しているところを始めてみたので、新鮮な気がしたのだ。
このテーマパークが現実世界のそれより優れているのは、何といっても、豊富な土地だろう。
新宿区に匹敵する広さの迷路や、富士山ほどの大きさを誇る巨大観覧車など、規模がとにかくでかい。
一つの大陸が丸々テーマパークになっていると思ってもらえれば、イメージしやすいと思う。
「何か悪趣味よね。何でも大きければ良いとは限らないわよ」
「確かにな」
「瑠花。人の胸を見ながら言うのを止めて」
「ははは、堪忍な!」
あまり悪いと思ってなさそうな顔で、形式だけの謝罪をした。
このやり取りを何気なく見ていたら、顔を真っ赤にした小桜にキッと睨まれた。何で怒っているのだろうと思っていたら、私がいやらしい気持ちで小桜の胸をがん見していると思われたのだろう。そんなことは全然ないのに。やはり男の姿は損だ。
「どれから乗ろうか?」
いつまでもスタート地点で立ち話をしているのも何なので、どれか乗り物に乗ようと、パンフレットを広げた。
「うち、これがいいわ。全長五キロメートルのジェットコースター」
「全長五キロ……。一体どれだけ長い間、乗ることになるんだろうか」
まず施設の巨大さに圧倒された。ジェットコースター一つをとっても、現実世界の遊園地を凌駕している。もうジェットコースターの敷地だけで、遊園地何個分かにはなるだろう。
「ジェットコースターの規模にも圧倒されるけど、そこまでの移動も面倒だわ」
一応移動距離のことも配慮してくれているのか、スタート地点の近くで、移動用の車のレンタルがあった。
「この中で車の運転が出来る人~!」
三人共真面目な高校二年生だ。運転免許どころか、車の運転も出来るやつはいない。じゃあ、ジェットコースターまで歩くのかという話になるが、幸いなことに用意されていたのは、無免許でも運転できるカートだった。ゴルフ場や遊園地のカートレースのコーナーに置かれているのと同じカートだったので、私たちでも問題なかった。
カートを借りるのに、多少のお金は必要だったが、施設間を徒歩で移動するよりはマシだ。見ると、利用者のほぼ全てがカートを使っていた。そのせいで、貸しカート場の前は長蛇の列が出来ていた。行列が嫌いな私はげんなりするが、親友の前なので、一時の辛抱と我慢することにした。
「一回千円か。結構取るね」
「この世界の通貨は円か。ゴールドとか、独特の通貨を提示されたら、どないしようか思っていたわ」
それじゃ、誰も払えないから、商売にならないよ。まあ、異世界の主になった時点で、通貨なしでも暮らせるようになる訳だから、テーマパークを無料で開放しても困らないんだけどね。
そう思うと、異世界での金儲けに熱心になっている、この世界の神様ピアス保持者が馬鹿に思えた。どうして無意味なことに躍起になっているのだろうか。
一時間後、ようやくカートを借りることが出来たので、疲れた顔でカートに乗り込む。運転は唯一の男ということで、私がする羽目になった。……本当は女なのに。男は損だとつくづく実感した。一刻も早く自分の体を取り戻そうと改めて誓う。
「なあ、ジェットコースターの次はどこに行く?」
「まだ乗っていないのに、気が早いよ、瑠花」
「そうは言ってもな。ここ、広すぎるねん。場所によっては新幹線に乗らなあかん!」
テーマパークが広すぎるので、カートでの移動が基本となるが、離れた施設によっては、新幹線での移動になる。ここまで来ると、普通のサイズの遊園地を回った方が楽しい気がしないでもないが、今は黙っておこう。
それでも、三人で雑談をしながら異世界を楽しんでいたが、それをぶち壊しにするものを見つけてしまった。
「あいつら……」
たった今、このカートとすれ違ったあいつら。この間、私に絡んできた三人組じゃないか。
バックミラーで確認したが、間違いない。
どうしてここにいるのだと思ったが、よく考えてみたら、私たちがここにいるのは、あいつらの持っていたパスカードを使ったからだ。自分たちのカードを盗まれたあいつらが、私を探すためにここに来ていてもおかしくはない。
「? 顔が怖いで、水無月」
「何でもないよ」
幸いなことに、向こうはこちらにまだ気付いていないようだ。そういうことなら話は早い。気付かれる前に、この場を立ち去ってしまおう。私一人なら、ぶちのめす自信はあったが、今は親友といる。絡まれたら、面倒だ。
五キロあるだけあって、当然ながらジェットコースターはすぐに終わらなかった。時間にすれば、コースターがスタートしてから、終了まで一時間は乗っていたと思う。
三人共、絶叫系が大好きだったので、何の問題もなかったが、嫌いな人にとっては、拷問以外の何物でもないだろう。
「ふう……、やっと終わった」
「いくら絶叫好きでも、長過ぎたな。途中から飽きてきたで」
最初こそ歓喜の絶叫を上げていた私たちも終わる頃には、すっかり疲弊していた。
「このテーマパークの施設って、全部こうなのかな」
「普通の遊園地にあるようなコンパクトなサイズの物はないのかね」
一つ終わっただけなのに、こんなに疲れているようでは、今日一日が思いやられる。
一通り見まわってから休憩したかったが、施設が広すぎるので、ジェットコースターに乗っただけで、休むことにした。「それだけで?」とか、思わないでほしい。何しろ、ジェットコースターに到着するまで、カートを二時間も運転したのだ。そこから一時間コースターに乗りっ放し。常人なら休憩を挟んでも、文句は言われないだろう。
休憩所のカウンターにはお姉さんが立っていた。どの人も美人で均整の取れた体をしていて、モデルとしても活躍出来そうな人たちばかりだった。一度神様ピアスで、同じような奇跡が起きるのを見ている私としては、ピアスの力で生み出した異世界の創造物ではないかと疑ってしまう。
私たちの注文をビジネススマイルで受けると、空のカップを片手に、奥に置いてあるホットプレートの様な機器の前まで歩いていった。
プレートの上に、空のカップを置いて、飲み物と量を言うだけで、カップに適量のドリンクが発生した。例えば、コーラのLサイズを頼んだとしたら、空のカップをプレートの上において、「コーラのLサイズ」と言えば、次の瞬間には言った通りのドリンクが出来上がっているのだ。異世界だからこそ、可能な夢のシステムだった。
売店で買ったドリンクをおっかなびっくり飲んでみたが、現実世界で飲んだそれと全く変わらない。どうせゲームのデータなんだから、脳に幻覚を与えているに過ぎないということも考えられるが、時間を置いても満腹感が消えないので、それはない。
本当に食べ物が発生しているのだ。もう魔法としか言いようがない。
「次はどこに行く?」
「「……」」
思わず考え込んでしまう。他の施設も、さっきのジェットコースターのように、ただ大きいだけなら、疲れるだけだ。このまま帰ることすら、頭をかすめる中、瑠花があるテーマパークを主張した。
「恐竜の動物園に行かへん?」
「恐竜?」
地図上で、瑠花の指差す先には、確かに恐竜の動物園があった。現実世界なら実現不可能でも、神様ピアスの力があれば、異世界では可能になる。
「な! な! ええやろ!」
顔を乗り出して、私と小桜に同意を求めてくる。相当行きたいようだ。
まあ、他に行きたい場所がある訳でもないし、まあいいかなと思ったが、この動物園では行方不明者が多発していて、「人食い沼」という別名を持っていることを私は知らなかった。
世間は三連休なんですね。やはり遊園地は混んでいるんでしょうか。




