第百三十六話 不意打ちの一撃
第百三十六話 不意打ちの一撃
月島さんと喜熨斗さんのロシアンルーレット勝負は佳境を迎えていた。残りは二発。次か、その次で、決着がつく訳だ。
「こういう瞬間って、ゾクゾクするなあ」
「そうか? 俺は平和主義者だから、そんなに興奮しないな」
「よく言うぜ」
自分の命がかかっているというのに、喜熨斗さんは相変わらず愉しそうにこめかみに銃口を当てた。すると、それと同時にパトカーのサイレンが聞こえてきた。どこかで事件が起こったのかしら。
「うるせえな。俺たちの真剣勝負に水を差しやがって……」
「そう言うなって。ここは現実だ。パトカーだって、選挙カーだって、通っているさ」
妙に達観したことを月島さんが言うと、喜熨斗さんは面白くなさそうに、引き金を引いた。
文句を吐きながらも、引き金をひいた。まだサイレンが鳴り響く中、しばらく沈黙が舞い降りるが、喜熨斗さんは息を吐いた。
「今度も外れだったな……」
喜熨斗さんが無事なのを見て、月島さんが呟いた。
「ていうか、残り二発で、当たりを引く確率が五割の状態で、よく躊躇なく引けるよな。理解に苦しむよ」
「ふん! びびったって、中の弾が動く訳もない。待っても無駄なら、思い切りやるのが一番だ」
何だそれと、頭を抱える月島さん。でも、重要なのは、そこじゃないわ。
重要なのは、五発続けて外れという事実。ということは、残りの一発は弾が飛び出す当たり……。月島さんの負け。
「あはは。こりゃやばいな」
笑って誤魔化そうとしているけど、額からは冷や汗が流れている。強がったところで、状況がよろしくないのは明らか。
「最後の一発までもつれ込んだ時は撃たないだっけな。やはりこめかみに銃口を向ける気はないか?」
拳銃を弄びながら、喜熨斗さんが質問した。月島さんの答えはもちろんイエスだ。絶対に死ぬと分かっているのに、引き金を引くほど馬鹿ではない。そんなことをするくらいなら、逆切れして、勝負そのものをうやむやにする人だ。
「それで? 俺が勝ったら、喜熨斗が仲間になるだったな。参考までに聞くが、もし喜熨斗が勝った場合は、どうするんだ?」
「ああ、考えていなかったな。通常の殺し合いをスタートってことでどうだ? どうも血を見ずに終わって、消化不良気味なんだわ」
普通なら、血を見ずに終わって喜ぶところなのに、喜熨斗さんには物足りなかったようね。つくづく戦闘狂だわ。
月島さんも、呆れつつも、彼がそういう性格のことは知っているので、仕方ないと答えようとした時だった。第三者からイエスの返事がなされた。
「それ、良い案ね」
突然の乱入者は、勝手に宣言すると、持っていた拳銃を発砲した。弾は、完全に不意を突かれた月島さんの左胸を貫通した。
「な、何……!?」
自身の胸から湧き出る血しぶきを見ながら、月島さんは膝から崩れ落ちた。
「初めて使うけど、拳銃で人を撃つのも楽しいかも❤」
「……誰だ」
喜熨斗さんが問うと、襲撃者が物陰から姿を現した。
「やっほ~」
出てきたのは揚羽だった。人を撃った後だというのに、妙に楽しそうなのが、腹立つわ。
「殺し合いをするなら、私も混ぜてよ。二人がかりの方が勝率も上がるでしょ?」
いくら月島さんでも、手負いの状態では、戦闘はおぼつかない。しかも、向こうは二人。これば不味い状況だわ。
哀藤を倒すために、水中に飛び込んだ私とイル。
目の前には、様々な魚が泳いでいる。半漁人や人魚までいるわ。戦闘中でさえなければ、さぞ幻想的な光景でしょうね。
「架空の生物までいるのね」
「うん。現実世界では実現不可能なことでも、『神様フィールド』なら可能なんだよ」
本気で水族館を開けそうね。しかも、現実世界の、どの水族館よりも、集客が見込めそうだわ。
幻想的な光景に目を見張りつつも、イルにこれからすることを念押しする。
「この中に哀藤が化けているのが混じっているのね」
「うん!」
わざわざ他の生物に化けて、身を隠しているということは、本体にはたいして戦闘力がない筈。見つけさえすれば、速攻で勝負を決められると踏んだわ。そうでなくても、私の『スピアレイン』の方が、速攻性は高いからね。さっさとぶっ潰して、すぐに服を着ないと。いたいけな少女に、こんな辱めは耐えられないわ。
それにしても、驚いたのは、水中だというのに、普通に会話は出来ることよ。こういうところはやっぱりゲームなのね。どうせなら、呼吸もできるようにしてほしかったけど。
残念に思っていると、イルから注意を受けた。
「気を付けて、あいつら全員、お姉ちゃんや私の口を塞ぎに来るから。目的はもちろん、窒息」
とことん、窒息でくるわけね。徹底しているじゃないの。
変なところで感心していると、早速魚の大群がこっちに向かってやって来た。これがスキューバダイビングだったら、魚との触れ合いを楽しむところだけど、今回はそういう訳にはいかない。
すぐさま『スピアレイン』で一斉に掃除してやったわ。光の槍は、水中でも威力に変化はないようね。
しかし、一体一体は大したことがなくても、数だけは多い。仲間がやられていると言うのに、次々と新手が向かってくるわ。恐怖心がないやつは、これだから面倒なのよ。仕方なく『スピアレイン』を連射して、応戦した。
一見すると、順調なようだけど、こっちには制限時間がある。息が切れる前に、酸素を提供してくれるクラゲとやらを見つけないといけないのに、これじゃ探せないじゃない。もう結構潜っちゃっているから、今からだと、水面に戻るのもきついのよ。
そんなことを考えていると、だんだん苦しくなってきた。水中に潜って、もうそろそろ一分が経とうとしている。酸素を補給しないとやばいわ。
「イル……。酸素クラゲはまだ?」
「今、探しているところ。……いた! あそこ!」
イルが指差す先に、赤いクラゲが漂っていた。あれが酸素クラゲ? 何か触ると危険そうな色をしているけど、大丈夫なんでしょうね。
アレに顔を突っ込むのはかなり勇気がいるけど、私の息ももう限界。躊躇している暇はないわ。
運を天に任せるつもりで、クラゲに顔を突っ込んだ。
「……。本当だ。呼吸が出来る!」
地獄に仏とは、まさにこのこと。さっきまで苦しかったのが嘘のようだわ。息苦しいのが解消されて、天国にいる気分ね。
でも、天国は一瞬だけ。私とイルが顔を突っ込んだことで、クラゲが消滅していく。
また息苦しくなる前に、次のクラゲを見つけていく。それを繰り返して、哀藤を探せばいいのね。
幸い、クラゲは落ち着いて探すと、辺りにちらほら漂っていた。数に余裕はあるみたいね。全部いなくなる前に、哀藤を探し出さないと。
「ねえ、イル。水棲生物になった哀藤を見分けるポイントとかってない?」
都合の良いことを、イルに聞いてみたけど、芳しい返事はなかった。となると、しらみつぶしに探すしかなくなる。こういう場合、しらみつぶしって、一番やっちゃいけないことなんだけどな。私、大丈夫かしら?