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第百三十四話 果てなき浸水

第百三十四話 果てなき浸水


 御楽との戦闘が開始する直前、哀藤が代わりに自分が戦うと交代を申し出てきた。御楽と違って、哀藤とは初対戦で、どんな攻撃を使ってくるか分からないので、緊張したわ。


 武道を嗜んでいるみたいで、洗練された動きで、当初は私を圧倒した。


 でも、私も喧嘩慣れしている人間なので、だんだん哀藤の動きに対応できるようになっていき、ついに攻撃をクリーンヒットするまで後一歩というところまできたわ。


 そうしたら、哀藤のやつ、慌てだして、『アトランティス』とかいう能力を発動したの。一夜のうちに沈没してしまったという、伝説上の都市の名前を同じ能力。発動と同時に、辺りを水が侵食してきたわ。伝説をなぞって、この辺りを沈没させるとでもいうのかしら。


 浸水の勢いは早く、もう膝まで水に浸かっている。やばい気がしたので、哀藤を倒して、能力を中断させようと思ったんだけど、使用者本人は水に溶けて消えてしまった。攻撃対象を失った私は、呆けるしか出来なかった。


「勝手に溶けていっちゃった……。どういうこと? 自分を消滅させる代わりに、辺りを水浸しにする能力?」


 そんな訳はない。それじゃ、御楽と二人がかりで攻撃してきた方がマシではないか。いくら呆然としていたとはいえ、我ながらアホな推理ね。


 とりあえずイルを抱きかかえた。私は膝まで水に浸かる状態で済んでいるけど、小さいイルは腰まで浸かってしまっていて、寒そうに見えたのだ。


「まだ浸水の勢いが止まらないわね。風邪を引いたら、どうするのよ。嫌になっちゃうわね」


「風邪だけで済むなら、儲け物だよ」


 この能力について知っているらしく、抱き上げられている状態で、イルが忠告してきた。


「斬る、殴る、燃やす、撃つ。攻撃手段は数多くあるけど、この能力の攻撃方法は「窒息」よ!」


「窒息……」


 それはとても苦しそうね。御楽が去り際に言っていた苦しいの意味がよく分かったわ。


「でも、黄色のピアスがダメージを無効にしてくれるから、窒息もへっちゃらじゃないの?」


 だから大丈夫だという私の意見に、イルは首を横に振って否定した。


「無駄よ。これも『魔王シリーズ』の能力なんだよ。現実世界と同じように、苦しくなるの」


「それは恐ろしいわね」


 恐ろしいと言いつつも、私にはまだ余裕が残っていた。いざとなったら、現実世界にログアウトすればいいという甘い考えが、頭の隅にあったのかもしれない。しかし、その考えはすぐに改められることになる。


「息苦しさがピークに達して、現実世界に逃げようとしても無駄。この能力が発動している間は、異世界移動が出来なくなるの」


「え? じゃあ、この世界で窒息死したらどうなるの? 本当に死ぬの?」


 もしもの時の逃げ道まで封じられてしまい、身が震える思いだったけど、イルからはさらに最悪の回答が返ってきた。


「死なないよ。能力が消えるまで、永遠に窒息し続けるだけ。ハッキリ言って、地獄の苦しみだね」


「何て恐ろしい能力なの……」


 ここで、ようやく事態の深刻さが理解できた。つまり、早急に非難しないと、哀藤の気が済むまで、生き地獄を彷徨うことになる訳ね。死ぬことはなさそうだけど、死ぬまで水にトラウマを抱くことになるわ。


 にわかに慌てだした私の目が、不自然な個所を発見した。


「あ、れ……?」


 キメラが拠点にしているビルの周りだけ水がないのだ。まるで、あそこだけ別世界の様だわ。


「結界を張っているみたいだね。そうしないと、あのビルの中まで浸水しちゃうから。でも、今からあの中に入ろうとしても無理。結界が張っているから」


 さすがに自分たちの拠点まで壊す訳にはいかないものね。


 一つ確かなのは、哀藤を倒すまで、あのビルに押し入ることは出来ないってこと。そういうことなら、今は哀藤の相手に集中しましょう。


 でも、当の哀藤は、消えてしまい、姿はない。これじゃ倒せないわ。


 しばらく考えあぐねた結果、まずは哀藤がまた姿を現すまで、高いところに上って、難を逃れることにした。


 辺りを見回して、この近辺で一番高いビルに駆けこむ。


「どうするの?」


「と、とにかくこのビルの最上階まで登るわよ。あなたはしっかり捕まっていなさい」


 イルがやけに冷ややかな視線で、私を見つめているのが気になったけど、気にしないように努めてエレベーターに駆けこんで、最上階のボタンを押す。幸い、電気は通っているのか、ちゃんと稼働してくれた。


「エレベーターが動いてくれて助かったわ。あなたを抱えて、非常階段を上るのは、この私でもしんどいからね」


 冗談のつもりで笑いかけたけど、イルはピクリとも笑わない。何でもない時は、鬱陶しいくらいに笑顔のだけに、嫌な予感がしたわ。でも、聞くのも怖い。知らない方が良いことを知ってしまいそうだから。


 屋上に着くと、どこまで水が増えているのか確認しようと、すぐにフェンスに駆け寄った。


 せめて、五階部分くらいまでで勘弁してほしいと思っていたけど、階下の光景を目にして、愕然としたわ。


 このビルは百階建ての筈なのに、もう九十階くらいの高さまで、水かさが増えていたの。浸水の早さが尋常ではない。明らかに上がってきている。このままだと、ここも浸水しかねないわ。


「ね、ねえ。この能力って、最大でどこまで水かさが増えるの?」


「最大? そんなものはないよ。この水は、無限に増え続けるの。だから、一万メートルの高さまで上がっても、この水から逃れることは出来ないわ」


 い、一万メートルでも駄目なの? エベレストの頂上に上っても浸水されるの? それじゃ、どこに逃げてもアウトってことじゃない!


「ついでに、もう一つ恐ろしい話をしてあげる。この世界には宇宙はないわ。どれだけ高く飛んでも、ずっと空が広がるだけ。それも無限に」


 イルが何を言いたいのか分かってしまった。この水は、私たちを飲み込むまで止まらない。徐々に追い詰めて、最後には確実に、私たちを窒息地獄に引きずり込む。


「くっ……」


 自棄を起こして、『スピアレイン』を放ったけど、膨大な水の前に、数本の光の槍など、焼け石に水にすら、なりはしない。


 やがて訪れる苦痛の時間を想像して、その場にへたり込んでしまう。イルも、私の隣に腰かけた。


「絶体絶命ってやつだね」


 こんな時にやけに明るい声で話しかけてくるイルに、ちょっとだけ腹が立ってしまった。さっきまで冷めた顔をしていたくせに、私が落ち込んだ途端に明るくなるなんて、性格が悪いわ!


 ……明るい?


 その時、私はあることに気が付いた。イルが、この絶望の状況に置いても、自棄に落ち着いていることだ。イルの話が本当なら、彼女だって、窒息地獄は避けられない。それなら、いずれ訪れる恐怖の時間に、もっと怯えてもいい筈だ。


「イル。あなた、知っているでしょ。この能力に対抗する方法を。でなきゃ、そんな落ち着いている筈ないわ」


 もし、イルがとぼけるようなら、両側の頬を引っ張ってでも、白状させるつもりだったわ。でも、イルは意外に素直に頷いた。


「うん、知っているよ。この能力の攻略法」


 よし! これで助かる。


 まだ何も聞いていないのに、能天気にほくそ笑んでしまった。まがりなりにも、『魔王シリーズ』に名を連ねる能力。攻略法といっても、簡単に実行できるとは限らないのにね。


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