第百三十三話 沈没する街
第百三十三話 沈没する街
喜熨斗さんのおかげで、再びキメラが拠点にしている異世界に舞い戻ってきた。狙いは、キメラたちが戻ってくる前に、お父さんと再会して、事態を収拾してもらうこと。
でも、物事って、自分の思う通りに進んでくれないものね。到着早々、御楽と鉢合わせすることになってしまったわ。
不運なことは続くもので、御楽に続いて、哀藤まで姿を現した。しかも、自分が私を倒すとまで宣言されてしまった。でも、私だって、そう簡単にやられる訳にはいかないのよ。
「私を倒せると思っているようだけど、それは私の台詞よ。逆にあなたを返り討ちにしてあげるわ!」
警棒を取り出し、勇ましく言い切ってやった。哀藤も受けて立つというように、長い鉄の棒を構えた。あれが哀藤の武器の様ね。能力で発生させた棒かどうかはまだ分からない。油断禁物ね。
「気を付けろよ。そいつ、結構しぶといから」
片腕のくせに、達観した様子で御楽が仲間に声をかける。でも、哀藤は無視。私を見据えたまま、距離を詰めてきた。この動き、かなりの使い手の様ね。
でも、私だって、人一倍場数を踏んだことで、腕っぷしはそれなりに鍛えているんだからね。宣言通り、勝つのはこの百木真白よ!
警棒を握る手に力を込めて、私から先に動いた。ちょっと無謀な気もするけど、先手必勝よ。
「おらあ!」
力強く警棒を振り下ろしたけど、あっさりと受け流されてしまう。柔らかい身のこなしね。やはり相当の手練れ。
流れるような動きに感心していると、哀藤が強烈なカウンターを見舞ってきた。成人男性の体重をかけた一撃に、私の軽い体が吹き飛ばされそうになるのを、根性で押し留まる。
お返しとばかりに、もう一撃を返すけど、また流される。
「無駄ですよ。その程度の動きでは、私を捉えることは出来ません」
く~、ちょっと調子がいいからって、上から目線で言ってくれるじゃない。こうなったら、意地でもあなたの顔に、攻撃をクリーンヒットさせて、その言葉を撤回させてやるわ。
頭に血が上った私は、攻撃の雨を降らせた。最初こそ、慣れた動きで余裕に躱していた哀藤も、徐々に表情を厳しくしていく。
「あなたの動き、だんだん見切れてきたわよ」
強がりではなく、本当に哀藤の動きが掴めてきたのだ。これにはさすがに、哀藤も肝を冷やしたのだろう。
「拳法を嗜む私の動きを、こんな短時間で覚えてしまうとは。キメラに盾突くだけあって、なかなかの腕ですね。ただの子供が、意地で反抗している訳ではないのですね」
あなた……。私のことをそんな風に思っていたの? 失礼しちゃうわ。
「私の恐ろしさを体感するのは、まだまだこれからよ!」
褒められたことは素直に嬉しいけど、私ごときと互角の腕だと、月島さん相手にはかなり後れを取ることになるわよ。
「この調子で、まずはあなたからノックアウトしてあげるわ!」
「小癪ですよ!」
哀藤の突きを、後方に飛んで躱した。だんだんこいつの動きが読めてきたわ。この調子なら、攻撃をヒットさせるのも時間の問題ね。
「おいおい! しゃしゃり出てきた割りには劣勢じゃないか。やっぱり俺がやった方が良いんじゃないの?」
後方で御楽が囃し立てているけど、片腕のあんたが出てきたら、間違いなく私の圧勝よ。余り適当な言動は控えることね。
哀藤も鬱陶しく感じたのか、私の攻撃を躱しながら、御楽をたしなめる。
「少し黙っていなさい。あなたは無駄口が多い……」
「そういうあなたは、動きに無駄が多いわ!」
哀藤の攻撃を躱して、華麗にカウンターを振り下ろした。寸前のところで、止められたけど、徐々に私のペースになってきたわね。
激しい攻撃の応酬がたたったのか、二人共息が上がってしまい、距離を取って、しばらく荒い呼吸を繰り返した。
「どうするんだ、哀藤。今のは危なかったぞ。いい加減、殴り合いでは不利なのを認めて、能力を使っちまえ。お前は戦闘が得意じゃねえんだから、無理をするなよ」
御楽の辛辣な応援が、哀藤に突き刺さる。反論もせずに、考え込んでいるようだったけど、諦めたようにため息をついた。
「あなたの言う通りです。このままでは、私の分は悪い。年下相手に劣勢を認めるのは屈辱ですが、そうも言っていられません」
大人のプライドというやつかしら。そりゃ私も、相手が幼稚園児や小学校低学年の子だったら、意地でも喧嘩で負けたくないものね(その前に喧嘩しないけど)。気持ちは分かるわ。
「能力バトルにもつれこむとしましょう。御楽。あなたは下がっていてください」
「おう。苦しい目に遭いたくないからな」
それまで後方で、私と哀藤の対決を観戦していた御楽が、やけにあっさり拠点のビルに戻ろうとする。
「ちょっと!」
何も御楽にいてほしい訳ではない。ただ、あまりにも腑に落ちない展開なので、つい声が出てしまっただけのことだ。しかし、動揺が声に出てしまっていたのだろう。恥ずかしいことに、声が少々上ずってしまっていたわ。
私の動揺を察した御楽が、にやけた顔で振り返り、さらに動揺を誘う一言を漏らしてきた。
「俺は逃げるけど、お前は逃げないんだろ? しっかり深呼吸しておいた方がいいぜ。こいつの能力はかなり苦しいからな」
苦しい? そこは痛い目に遭うと脅すところじゃないの?
私の懸念をよそに、御楽は立ち去ってしまった。どうせ哀藤を倒した後、拠点のビル内で、再戦することになるから、今は追わないわ。私が行くまで、謝罪の言葉でも考えておくのね。
「さて。精神集中も終わりましたし、そろそろいきましょうか」
大人しくしていると思ったら、精神集中をしていたのね。こんなことなら、御楽の相手なんかしないで、攻撃を仕掛けていれば良かったわ。
惜しいことをしたと悔しがる私を前に、哀藤は申し訳なさそうに、表情を歪めていた。
「この世界。キメラが気に入っているのですが、少し壊すことになりそうですね」
ここにいないキメラに詫びるように呟いていた。そんなに申し訳ないなら、使わなければいいのに。そして、私をお父さんのところに案内してくれるだけでいいのよ。
でも、哀藤は能力の発動を止めるつもりはないみたい。そりゃまあ、自分から使うといっておいて、やっぱり止めますはないわよね。
「この世の穢れを洗い流したまえ……。『アトランティス』」
やや中二病臭いことを言いながら、能力が発動された。キメラの仲間が使う能力だから、当然『魔王シリーズ』よね。御楽は苦しい能力って言っていたけど、どんな能力かしら。
冷や汗をかきながら、攻撃に備えていると、イルが叫びながら、私にしがみついてきた。
「お姉ちゃん。足元!」
「!」
イルに言われるがまま、足元を見ると、どこから沸いてきたのだろうか。水が沸きだしてきていた。しかも、どんどん水かさが増えているではないか。
慌てる私に、哀藤が忠告してきた。
「早くお逃げなさい。この街はこれから沈没します」
「はあ!?」
街が沈没って。確かアトランティスも海の底に沈んだのよね。伝説上の話だけど。これは、その時の惨状を再現する能力だというの!?
思わずパニックになりそうになるのを堪えて、敢えて強気に言い返した。
「はっ! こんな能力が何よ。あなたを倒せば、能力も消滅するんでしょ? だったら、このままバトル続行よ」
見た感じ、速攻系の能力ではないみたいね。これなら、能力の撃ちあいに持ち込めば、私の『スピアレイン』が有利。
上空に光の球体を出現させて、発射準備は万端。さあ、覚悟しなさいと思っていると、哀藤は解けるように水中へと消えていってしまった。
「え……?」
自分が撃つより早く、ターゲットが消えてしまい、私は途方に暮れてしまった。だが、そうしている間も、水かさは順調に増えていった。
「消滅しちゃった。私が攻撃する前に……」
もっとも、消滅していないことくらい、私にも分かる。おそらくこれも、哀藤の能力なのだろう。
既に膝の辺りまで侵食している水を眺めながら、とりあえず高いところに避難することにしたわ。