第百三十二話 イカサマと約束
第百三十二話 イカサマと約束
現実世界に、対決の場を移し、月島さんと喜熨斗さんが向かい合っていた。勝負方法は、一発だけ実弾の入った拳銃を、交互に自分のこめかみに当てて、撃っていくというものだ。無論、当たりを引いてしまったら、命はない。
対決用の拳銃を、月島さんから渡された喜熨斗さんが、顔を露骨にしかめる。
「おい、月島……」
相当お冠の様子で、声からして、不機嫌だわ。
「どうした。何か気に障ったか?」
軽い感じでとぼけていたけど、喜熨斗さんの表情は緩まない。
「問題大アリだ。この拳銃、弾が入っていないんだろ?」
まだとぼけるようなら、確認して確かめるとまで言い出したので、月島さんもついに観念した。
「ばれていたか……」
喜熨斗さんの言う通り、拳銃には弾が全く装填されていなかった。さっき入れたように見えたのは、実はフェイクだったのだ。喜熨斗さんが先攻だから、これなら最後の月島さんが撃たずに終われば、イカサマに気付かれることなく、殺し合いは終了という算段なのだろう。
え? 人に心配するなと言っておいた理由がこれ!? これで、私に優しく微笑んでいたというの?
「最後の一発は撃たないように提案していたのも、この為か。撃っていたら、イカサマがばれちまうからな」
でも、そのイカサマは、喜熨斗さんの眼を誤魔化すことは出来なかった。代わりの弾を装填してしまった。
「俺の方で装填させてもらった。イカサマはいけねえ」
「分かったよ」
作戦を見抜かれてしまった月島さんは、大人しく指示に従う。これで、正真正銘の命のやり取りになってしまった。
「はあ……。ガチンコのバトルになってしまった。なあ、喜熨斗。今からでも、普通の殴り合いに戻さないか?」
普通なら、いい加減にしろと、怒りを露わにするところだけど、月島さんの性格を知る喜熨斗さんは皮肉るように笑った。
「心にもねえことを言うなよ。仕込みは他にもあるんだろ? 見え透いた弱音はナシだぜ」
喜熨斗さんが言い切ると、月島さんは口元を緩めた。図星だったみたいね。
その様子を満足そうに見つめながら、拳銃をこめかみに当てて、喜熨斗さんは引き金を引いた。
発砲音は木霊さない。外れだったみたいね。
「ずいぶんあっさりと引くなあ。当たりを引いたら死ぬんだぞ。もっと慎重にいったらどうだ?」
放られた拳銃を受け取りつつ、月島さんが苦笑いをする。
「はっ! 一発目から当たりなんか引くかよ。最初の一発で、いきなり死ぬようなら、俺もその程度の人間だってことだ」
余裕の発言だけど、月島さんが釘を刺す。
「そうかな?」
「あん?」
「俺はイカサマを仕掛けて、早期決着を図るかもしれないぜ? 俺は真面目じゃないからな」
さっき既にイカサマを仕掛けている分、そのセリフには妙な説得力があった。「そうかもな」と喜熨斗さんは薄く笑ったけど、その顔に怯えはなかった。むしろ、一本取られたと、より愉しそうにしていた。
「喜熨斗」
「あん?」
「約束しろ。俺が勝ったら、キメラを裏切って、俺たちの仲間として戦え」
あくまで喜熨斗さんのことを仲間と思っているらしい。強情だけど、いかにも月島さんらしい提案だわ。
「ふん! まあ、いいだろ。キメラたちにも、そこまで思い入れがある訳じゃねえしな」
喜熨斗さんも快く申し出を受け入れた。でも、あれ? 喜熨斗さんって、最後の一発になっても撃つって言ってなかった? そうなると、月島さんの勝利=喜熨斗さんの死ということになってしまうわ。月島さんのことだから、そこまで考えての発言なんでしょうけどね。
「その代わり、俺が勝ったら……。ああ、駄目だ。思いつかないから、何もしなくていいや」
代わりの条件を出そうとしてきたけど、頓挫。そもそも殺し合いを呑んでくれただけでも、満足すべきなのよね。
「いいのかよ……」
多少気の抜けたやり取りになってしまったけど、月島さんはこめかみに拳銃を当てて、引き金を引いた。
「人に慎重にしろと言っておきながら、お前もずいぶんあっさりと引き金を引くじゃねえか」
「そうか? これでも、かなり慎重にやっているつもりなんだけどな」
「ふん。食えない奴だぜ」
放ってこられた拳銃を手にしながら、喜熨斗さんはまた拳銃をこめかみに添えた。
舞台は変わって、ここはキメラが拠点にしている異世界。こっちでは、私と御楽が顔を見合わせていた。
「どっちが良いですって? そんなの案内してもらう方が良いに決まっているじゃない」
「案内? 地獄にか?」
「はあ!?」
見ての通り、かなり険悪な雰囲気になっていた。御楽のやつったら、月島さんに片腕を取られたんだから、もう少し塩らしくしていればいいものを、相変わらず口だけは達者なんだから。本当に腹が立つわ。
「お父さんのところに案内しろって言っているのよ!」
「そうだ。マスターのところに案内しろ!」
イルも加勢してくれたので、二人で要求を叫んだ。
「マスターのところへ? 案内する訳ないじゃん。彼は、ここの地下で厳重に眠りに落ちているんだぜ」
「でも、その眠りをキメラが妨げたんでしょ。とぼけても無駄よ。イルに全部聞いたんだから」
イルが得意げに胸を張るのを御楽は面白くなさそうに見ていた。
「やれやれ。キメラと同じプログラムなだけあって、面倒だな……」
御楽は頭に手を置いて、ため息をついていたが、すぐに目を細めた。
「だからといって、案内はしないけどね。月並みの台詞だけど、力づくできたらどうだい? これ以上、話し合っても、平行線を辿るばかりだろ」
「分かっているじゃない」
互いの言い分が平行線の以上、それでも要求を押し通そうとしたら、争うしかない。私とキメラの間に張りつめた空気が流れた。
「待ちなさい」
緊迫した空気を破って、一人の男が乱入してきた。こいつは確か、キメラの仲間で、哀藤とかいったわね。
「哀藤……」
「片腕がない状態で、戦闘など以ての外です。ここは私が戦うことにしましょう」
満身創痍の御楽ならいけると思っていたのに、別のやつと闘う羽目になってしまったわ。しかも、御楽と違って、ぴんぴんしている上に、どんな能力を使ってくるか分からない。面倒な事態になってきたわ。