第百二十七話 おはよう、お父さん
第百二十七話 おはよう、お父さん
私たちが異世界で、神様ピアス探しに悪戦苦闘している頃、キメラは自らの拠点で、地下行きのエレベーターに無言のまま、乗っていた。
エレベーターが最下層に到着すると、電子音と共に、ドアが開いた。
「向こうの異世界は、ずいぶん忙しいことになっているみたいだね」
向こうというのは、今私たちのいる異世界のことを言っているのだろう。本当なら、キメラも、追ってきたいんでしょうけど、この異世界には厄介な力が働いている。これまで特殊能力のおかげで、優位に立ってくることが出来ていたキメラにとっては、由々しき事態なのだ。
もし、感情の赴くままに私たちを追えば、かなりの確率で返り討ちに遭うだろう。だからといって、このまま放っておけば、私たちはどんどん強くなっていき、いつかはキメラを超える力を手にする危険もある。にっちもさっちもいかない状況という訳ね。
この膠着した状況を打破するために、キメラは、拠点の地下のフロアへと足を踏み入れていた。
「まさか、ここに来ることになるとはね。マスターの命令で、閉鎖した時に、もう来ることもないと思っていたんだけど」
遠回しに、私たちの抵抗へ賛辞を送った後、パスワードが必要な扉を幾つか通り抜けて、やがて一つのフロアに踏み入った。
室内には、カプセルが多数安置されており、一つのカプセルに付き、一人が中で眠りについていた。眠っているのは、『神様フィールド』の初期の開発スタッフだ。キメラが反乱を起こした日に、開発に携わっていた人たちと表現した方が分かりやすいかしら。
一つ一つのカプセルの番号を確認しながら、キメラは歩を進めていく。そして、その中の一つに近付くと、中に寝ている人を懐かしそうに見つめ、謝罪した。
「お久しぶりです。お休みのところ、申し訳ありません。不出来な僕に、どうか力をお貸しください」
いつもとは違う。畏まった口調で、中の人物に話しかける。
キメラが話しかけている相手は、私の父親だった。『神様フィールド』の開発責任者にして、ゲーム内で最大の権力を誇るマスターと呼ばれる存在に、助けを求めたのだ。
キメラとお父さんが久々の対面を果たしていた頃、私はドレスと睨み合っていた。
このドレス、寡黙なくせして、黄色のピアス保持者にのみ使用が許された特殊能力まで使用してくるなんて、なかなか味なことをしてくれるじゃないの。ただの布きれと思っていたら、痛い目を見ちゃったわね。
……痛い目か。
それにしても痛かったなあ。本当に折れたかと思ったわ。
『幻想痛覚』を食らった時に味わった、歯が折れた時の痛みを感じたところをさすった。下手をしたら、これから外れを引き続ける度に同じレベル、もしくはそれ以上の痛みを味わうことになるのね。それを想像すると、気持ちが重くなるわ。
「出来れば、もうお目にかかりたくない能力だったんだけどね……」
特殊能力が使えるにしても、他のものをチョイスしてほしかったわ。他の能力だったら、『魔王シリーズ』でさえなければ、ノーダメージで、楽勝だったのに。……だから、『幻想痛覚』にしたのか。衣服のくせに考えているじゃない。悪態をつくのも忘れて、思わず称賛してしまいそうになるわ。
痛みのお返しも兼ねて、もう一度警棒で殴ってみるも、ドレスにはノーダメージ。やっぱり直接攻撃は通じないか。ドレスは落ち着いた物腰で椅子に座った。そのままティータイムに戻るかと思ったら、私の方を向いたまま動きを止めた。
さっきまで依存症かと思うくらいに、お茶を飲む仕草を繰り返していたのに、どういう風の吹き回しかしら。
これはもしや……。私の動作に注目している……?
注意深く観察してみたけど、間違いないわね。向こうは私がピアスに手を触れると同時に仕掛けてくる気満々ね。あと、私が妙なことをしてこないように、監視しているようにも感じられるわ。
そんなに構えられると、動きづらい。少し様子を見てみたけど、向こうは臨戦態勢を崩さず、ピクリとも動かない。大した集中力だわ。
自然とこめかみを冷や汗が流れていく。
あ~あ、能力さえ使えればな。奇襲を仕掛けることも可能なのに。うん? 能力?
ふと、ある考えが脳内に閃いた。というか、どうして今まで思い至らなかったのかしら。ただの布切れが特殊能力を使ってきたから、驚きのあまり、思考停止に陥っていたのかもね。
向こうが能力を使っているということは、私も使えるということじゃない。原理は分からないけど、他の場所では使えなくても、ここだけは特別に使えるとか?
自分に都合の良い解釈かもしれないけど、もしそうなら、この戦いはかなり有利に進められる。
ドレスに悟られないように、願いを込めて、『スピアレイン』の発動を試みる。
「……駄目。何も起こらない」
やっぱり駄目。能力が発動する気配はない。
つまり、こいつのみが、能力の使用を許されているということね。何かずるい話だわ。神様ピアスの力で、結界みたいなものでも張っているのかしら。でも、神様ピアスよりも、黄色のピアスの力の方が強い筈だから、封じることなんて出来ないわよね。じゃあ、どういう理屈なのよ!
とりあえず能力の発動に失敗した以上、気持ちを切り替えて、本物の神様ピアスを見分ける方法を考えないと。
顔を近付けて凝視……は止めておいた方がいいわね。いきなり爆発されたら、避けることが出来ないから。
くう……。どれが本物か分からないわ。だって、本当にそっくりなんですもの。
確か『幻想痛覚』で感じる痛みの中には、脳死も含まれていたわね。アーミーの時は、体感する前に倒したけど、今回もその前に勝負を決めないと。
でも、私の勘って、悪くもないけど、良くもないのよね。要するに、人並みということ。どうしても早めに当たりを引きたいというのに、歯がゆいことだわ。
これでも勢いは良い方なんだけど、さっき『幻想痛覚』のせいで体験した痛みのせいで、思い切りが悪くなって、いつまで経っても決められそうにない。そんな私の姿を見かねたのか、月島さんが助言してきてくれた。
「真白ちゃん。全部のピアスにまとめて触るというのはどうだい?」
まとめて!? その作戦、強引すぎやしませんか?
思わず突っ込みそうになったけど、その前に月島さんが、説明を補足してくれた。
「爆発するだろうけど、問題はその後に使用される能力なんだろ? でも、本物の神様ピアスさえ手にすれば、上手くガードすることも出来るんじゃないのか?」
その作戦、意外にいけるかもしれない。
ちらりと目の前に積まれた神様ピアス候補の数々を見てみると、両手に抱えれば、一気に持つことも、出来なくはなさそうね。
ドレスは相変わらず私の方を見て、じっとしている。こいつに耳があれば、月島さんの作戦は筒抜けだけど、どうかしらね?
作戦がばれていたら、神様ピアスの触れる前に能力を使ってくるかも。ていうか、神様ピアスに触れる前に使っても、一向に問題ないのよね。そんなルールがある訳じゃなし。
となると、相手の出方を見て、こう着状態なんて、勝機が下がるだけ。馬鹿げている。私がやるべきなのは、……スピード勝負!
「え~い! 女は度胸よ!」
腹を括って、ダイブするような姿勢で、神様ピアスを一気に抱きかかえた。
待ってましたと言わんばかりに、ドレスから殺気が発せられた……気がした。その後の展開は想定通り。まとめて取った分、威力もまとめられたんじゃないかと思うくらい、強烈な爆発が起こった。でも、これは黄色のピアスがノーダメージにしてくれる。
向こうは、煙の向こうから、『幻想痛覚』を撃ちこんでくる筈。その前に、抱えた中から本物の神様ピアスを探し出してやる。
幸い、本物はすぐに見つかった。偽物は全部砕けてなくなったけど、これだけは原形を保っている。
「よし! 神様ピアスゲット!」
強引だけど、当たりを手にしたわ。結果良ければ、全て良しよ。
さて。神様ピアスを手にしたら、真っ先にすることはこれよ。
煙の向こうから、見覚えのあるシャボン玉が飛んできた。予想通り過ぎて、笑えてくるわ。
「残念だけど、もう食らってあげない!!」
神様ピアスの力で、ガラスを出現させて、シャボン玉の進行を阻んだ。『幻想痛覚』。自分のところで爆ぜなければ、恐れるに足らずよ。
ガラスにぶつかったシャボン玉はきれいに霧散していった。