第百二十四話 知ってたよ
第百二十四話 知ってたよ
イルに連れてこられた異世界で、新たな能力を手にするために、ただ今神様ピアスの真っ最中。
途中で、月島さんの知り合いの喜熨斗さんと再会したんだけど、ピアス探しを手伝う代わりに、決闘の申し込みをされてしまった。
喜熨斗さんの発言か本気かどうかは分からないけど、彼は私とは比べ物にならないくらい喧嘩が強い。とりあえず心強いことに変わりはないので、協力を頼むことにした。その後のことは、その時に考えることにしましょう。
さて、今はどのあたりかというと、意気揚々と進んだものの、行き止まりに当たってしまったので、途中まで引き返しているところ。
ただ黙々と歩いているのも気が引けたので、思い切って喜熨斗さんに話しかけてみることにしたわ。
「……喜熨斗さん。一つ聞いても良いですか?」
「あ?」
ぶっきらぼうに振り返ったけど、拒否はされなかったので、そのまま質問を投げかけてみた。
「喜熨斗さんは、どうしてキメラの仲間になんかなったんですか?」
さっき喜熨斗さんが、自分はキメラの仲間だという告白について、ずっと気になっていたのだ。その話を全部信じた訳じゃないけど、もし本当なら、仲間である月島さんを裏切ることになる。
イルは、不良同士の付き合いなど、簡単に切れると、ドライなことを言っていたけど、私はそうは思わない。それだけのことをするからには、相当の理由があると睨んだわ。
「けっ! 別に大した理由なんざねえよ」
いきなり私の想いが踏みにじられてしまった。喜熨斗さんの無粋な告白は続く。
「トラブルの匂いがしたからだ。キメラとつるんでいれば、戦闘に困らない。こいつの良く先には、血の匂いがした。だから、キメラの傘下に入った。それだけだ。他に理由なんざねえよ」
どう返したものか、質問した私の方が黙ることになってしまった。
戦うために、月島さんを裏切ったのか。ある意味、この人らしいわ。
「だから、言ったでしょ。ろくなつながりじゃないって」
「う……」
私に寄り添いながら、イルが、それ見たことかと、やや非難めいた口調で突っ込んできた。私は、気まずい思いで、またも押し黙ることになってしまったわ。
微妙な空気のまま、四つの扉があるフロアまで戻ると、私たちを待っている人がいた。
「あ……!」
その人の姿を確認すると、私は思わず声を上げてしまった。
御楽を一人で引き付けていた月島さんが、元気そうな姿で立っていたのだ。
「待たせたね……」
月島さんは、私の顔を見ると、ニッコリ笑った。
「月島さん!」
私もつい嬉しくなって、月島さんに駆け寄ると、抱きついてしまった。イルも、そんなに月島さんに懐いている訳でもないのに、私の真似をして一緒に抱きついた。
「おいおい!」
月島さんは照れたように笑っているが、これくらいなら、お姉ちゃんも許してくれる筈よ。とにかくやったわ! 月島さんが来てくれれば、百人力だわ。
私とイルに抱きつかれながらも、月島さんの視線は、もう一人をとらえていた。
「珍しいな。喜熨斗まで一緒とは」
喜熨斗さんの姿を確認すると、目を丸くして驚いていた。この反応を見る限り、喜熨斗さんを、ここに呼んだのが、月島さんじゃないということはよく分かった。
「よお!」
月島さんににやけた顔で、喜熨斗さんが近付いていく。どうしよう、さっきの冗談のことを言うべきなのかしら。
「どうしてお前がここにいるんだ? 偶然会ったにしては、出来過ぎているよな」
疑いの眼差しで喜熨斗さんを見る月島さん。刑事としての勘なのか、不穏な空気を察知したみたいね。
「もちろん偶然じゃないぜ。真白がここにいることを知った上で、やってきたんだよ。殺すためにな」
「何!?」
堂々と犯行の予定を打ち明ける喜熨斗さんに、月島さんの目に殺意がわずかに宿る。警戒のレベルを上げているのが、傍らの私にも分かった。
「真白ちゃんと殺し合い? どうして?」
「キメラと敵対しているからだ。ずっと黙っていたが、俺、キメラの側についているんだよ」
私にした時と同じように、衝撃の告白をサラリとしてしまった。この潔さには、眩暈すら覚えてしまうわ。
でも、眩暈を覚えるのは、まだ早かったわ。だって、この後、さらに眩暈を覚えることになるんですもの。
月島さんは、告白された瞬間こそ、目を見開いていたが、すぐに落ち着きを取り戻して、これまたサラリと言い返した。
「ああ、知っていたよ」
「……」
知っていて当たり前のことの様な顔で、月島さんはあっさりと認めた。てっきり仲間の裏切り発言に、かなり狼狽すると思っていたのに。え? 知らなかったの、私だけ?
「キメラたちは、この世界だと能力が使えないから、負ける危険があるとか抜かして渋っているから、俺が来たんだよ。それで真白に追いついたから、提案した訳よ。神様ピアス探しを手伝うから、新たな力を手に入れたら、殺し合いをしようってな」
月島さん相手にこんな冗談を突くとも思えないし、喜熨斗さんの、さっきの言葉が冗談でないことが証明されてしまった。え? 本気で戦わなきゃいけないの?
「それで、真白ちゃんは、その提案を受けたのかい?」
「いや、返事はまだ聞いていない。もっとも、能力を手にしたら、強引に仕掛けるつもりだがな」
喜熨斗さんが妙に愉しそうに、私を見た。対照的に、蛇に睨まれた蛙のように、私は固まってしまった。そんな私を月島さんが無言で見つめている。
月島さんは何か考え事をしているような顔だったけど、妙案を閃いたのか、私に近付いてきた。そして、私の右手を掴むと、持ち上げて捻った。
「つ、月島さん!?」
いきなり右手を持ち上げられて、私は慌てて抵抗したが、月島さんの力は強く、拘束を解くことが出来ない。
その様子を、月島さんは、まざまざと喜熨斗さんに見せつけた。こんないたいけな美少女をいじめているところを見せて、どうしようっていうの?
月島さんらしからぬ行動に、頭を捻りつつ、抵抗を続けていると、この行動の意図を話し出した。
「真白ちゃんは見ての通り、俺たちに比べて力の大分劣る子だ。喧嘩の腕だって、そうさ。同年代の子に比べれば、強い方だけど、俺たちのレベルには到底達していない。こんな子と闘ったところで、お前が満足できるとは、到底思えないんだがね」
「ほお……?」
この後、ただ私と殺し合うのを止めろと言ったところで、喜熨斗さんが聞かないことくらい、付き合いの長い月島さんは見抜いている様子。喜熨斗さんも、それを分かっている上で、台詞の続きに耳を傾けていた。
「真白ちゃんの代わりに俺とやろうぜ」
喜熨斗さんの顔が一気にほころんだ。月島さんと本気の殺し合いなんて、私なら冗談じゃないのに、この上なく、満ち足りた表情をしている。
「その言葉を待っていたぜ、月島」
まるで、ずっと月島さんと本気で戦いたかったという顔ね。
月島さんから、殺し合いの申し込みが出ると、私の存在など忘れてしまったかのように、飛びついた。
そんな……。仲間である二人が殺し合うなんて。
思わず止めに入ろうとした私を、月島さんが制した。
「大丈夫。俺に任せておいて」
そう言って、にっこりとほほ笑んだ。月島さん、何か考えがあるの?