第百二十三話 それでも、あなたを信じたい
第百二十三話 それでも、あなたを信じたい
神様ピアス探しの途中に、偶然喜熨斗さんと再会した。以前、助けてもらったこともあるので、今回も助けてくれるのだろうと早合点して喜んだが、協力の見返りに、とんでもない提案を出されてしまった。
私が新しい能力を手に入れたら、その見返りに、私と殺し合いをしようと言いだしたのだ。
「殺し合い、ですか?」
「そうだ」
聞き返してみたが、喜熨斗さんはテープレコーダーのように、同じ口調で返してきた。この人はいつもこんな顔だから、本気で言っているのかどうか、目をじっと見つめても、イマイチ分からないわ。
「あの……、どうして喜熨斗さんが、私と殺し合いをしなければいけないんでしょうか? 戦う理由なんてないですよね」
それとも、私が知らないだけで、相当やばい人だったのかしら。でも、それなら、月島さんが私に紹介したりしないわよね。
脳内が混乱気味の私を、さらに混沌の中に叩き込む一言を、喜熨斗さんが何の気なしに話した。
「戦う理由ならあるぜ。今まで黙っていたが、俺、キメラの仲間だったんだよ。だから、キメラと敵対関係にあるお前とは戦う運命にある」
思わぬ告白に、返答をするのも忘れて、唖然としてしまった。
月島さんから、私とキメラのことは聞いているから、冗談で言うとも思えないけど、だからといって、こんなあっさりとキメラの仲間だったことを告げられても、信じて良いものか分からないわ。
もし、本当の話なら、隠そうとするか、もっと真剣な顔で言うものよね。今の月島さんの告白に至っては、すごく軽かった。自分の好きなアイドルを、友人に教えるくらいの手軽さで、サラッと言ってきたのだ。
喜熨斗さんが嘘をつくとも思えないが、こんなとんでも話をいきなりされても、無条件で信じることは出来ない。
あまりにぶっ飛んだ展開に、どうしたものかと思案に暮れていると、喜熨斗さんはこの話はもう終わりだとでも言いたげに、話を締めにかかった。
「約束だからな」
結局、強引に押し切られてしまい、喜熨斗さんの衝撃の告白タイムは本当に終了してしまった。
「そうと決まれば、善は急げだ。とっとと残りのフロアも見ちまおうぜ」
何事もなかったように、先に進もうとする喜熨斗さん。本当にキメラの仲間なら、こんな協力はしてくれないわよね。御楽に揚羽と、キメラの仲間とは何人か会っているけど、みんな私の顔を見た途端、攻撃してきたし。となると、喜熨斗さんの話は、やはり場を和ませるためのブラックジョーク……。
「違うよ」
私のおめでたい心情を読んでいたイルが、釘を刺してきた。
「あのお兄ちゃんの話は本当だよ。私がお姉ちゃんに、新しい能力を渡した途端、襲ってくるつもりだね。能力を得るタイミングは慎重に図った方が良いよ」
幼い外見には似つかわしくない、血の通っていない言葉だ。
「そ、そんなことはありえないよ。だって、あの人は、月島さんの知り合い……」
「知り合いといっても、昔の喧嘩仲間でしょ? 世間的に見れば、ろくなつながりじゃないと思うけど」
「言うねえ……」
私とイルの会話を盗み聞きしていた喜熨斗さんが、心底愉快そうに振り返った。
「お前、キメラの兄妹だけあって、肝の据わった物言いじゃねえか。普通は、俺みたいなごろつきの前では、ビビって押し黙るものなんだぜ?」
怒ってもいいところなのに、イルのことが逆に気に入ってしまったみたい。この人の感性は、どうもよく分からないわ。
「そ、それでも、私はあなたを信じます。以前も助けてくれたし……」
「甘いことだな。そんなに前回助けてやったのが、嬉しかったのか? ま、好きにすればいいさ」
喜熨斗さんはどうでも良さそうだが、イルだけは厳しい表情で私を睨んでいた。自分の言葉を聞き入れてくれなかったことを非難しているように見えたけど、そんな話、やっぱり信じられないよ。
でも、冷や汗は止まらなかった。喜熨斗さんと会った時は、助かったと浮かれていただけに、その後の展開に対する反動が大きかったのだ。
私は冗談だと思うのだが、喜熨斗さんがさっさと先に進もうとするので、その話はひとまず流れることになってしまった。
「さて、残りの扉は三つか」
騎士の扉には、もう入っているので、残りはお姫様、魔法使い、僧侶の三つだ。
「どこでもいいぜ。何が出てきても、叩き潰すだけだからな」
喜熨斗さんなら、あっさりとやってのけるでしょうね。この人と一緒だったら、残りの三つの内、どれを選んでも外れにはならない気がするわ。
「じゃあ、僧侶の絵が描かれた扉に入ることにしましょう」
どうしてここを選んだのかというと、一番右だったから。どれを選んでも大丈夫というのなら、右から順番に探索していこうと思っただけのこと。深い理由はございません。
扉を開けると、中には墓地が広がっていた。僧侶の絵柄にちなんで、てっきり教会が広がっているのかと思っていただけに、予想が外れた形になる。
「もうここからの展開がすごく読めますね。地面から体が腐ったやつが今にも出てきそうですよ」
「何の問題もない。出てきた準備、地中に送り返せばいいだけだ。リアルもぐら叩きと思えば、楽しいもんだぜ」
見ると、向こうの方では、早くも地面が浮き上がりだしていた。何者かが地中から出てこようとしているのか、丸分かりだったわ。
「くくく……。早速お出ましだぜ」
言うが早いか、喜熨斗さんは素早い動きで、浮き上がる地面のところまで行くと、もう手が出ているのをお構いなしで、思いきり踏みつけた。それっきり盛り上がることはなかったが、喜熨斗さんは怖いもの知らずね。
「お姉ちゃん。他のところも浮き上がってきているよ」
地面から這い出てくるゾンビは一体だけじゃないということね。予想していた事態なので、慌てることはないわ。
「手分けして踏んでいきましょう! 地面から出てこなければ、たいしたことありません」
踏んでも大丈夫そうなので、私ももぐら叩きならぬ、ゾンビ叩きに参戦することにした。
「二人がかりでやると、思いのほか、サクサクいくな。このままじゃ、暇過ぎるから、何体か地上に出してやるか?」
「縁起でもないことを言わないでください」
そんな展開を喜ぶのは、戦闘狂のあなたくらいのものです。私は穏便に過ごしたいので、余計なことをしないでください。
喜熨斗さんは不満そうだけど、ゾンビ叩きは順調に進んだ。
時間が経つにつれて、向こうから錫杖を振るう音が聞こえてくる。見ると、僧服が錫杖を持って、誰かに命令を下すような動きで振っていた。何をしているのか、最初は分からなかったけど、僧服が錫杖を振るうのに合わせて、幽霊が当たりの墓から出現してきたのだ。
「ふん! 死霊使いか。なかなか面白いことをするじゃないか」
上機嫌で呟きながらも、喜熨斗さんは僧服に駆け寄っていくと、思い切り蹴りつけた。死霊を使うという強力な能力を持っていても、直接攻撃には滅法弱いみたいで、喜熨斗さんの蹴りを食らうと、僧服はそのまま地面に崩れ落ちると動きを停止した。錫杖も地面に乾いた音を立てて、地面に転がると、呼び出されていた死霊も消えてなくなった。
「……何だ。もう終わりかよ、つまんねえの」
こんなことなら、もっと手加減してやるんだったと、不満をあらわにする喜熨斗さんの言葉を背に、私の方もゾンビ叩きを終了させた。もう、うごめいている個所は一つとして、存在しない。終わってみると、あっけないものね。
その後、いくら待っても、新しい敵が現れることもなく、脅威は完全に去ったようだ。隅々まで探しても、何も発見されず、扉の広間まで戻ることになった。
「次はもっと計画的に倒していかなきゃな」
よく分からない決意を喜熨斗さんがしている。普通は、ピンチに陥らないようにする決意だが、喜熨斗さんはむしろ自分を追い込むためにしている。頼むから、私が関係していないところでやってほしいんだけどね。