第百二十二話 殺し合いの申し込み
第百二十二話 殺し合いの申し込み
私が鎧の軍団に追われながら、通路をかけて行ってから、五分ほど間を置いて、轟音が建物内に響いた。
喜熨斗さんが襲ってきた鎧を掴んで、壁に叩きつけたのだ。鎧は声を発しないが、もし出せたのなら、絶叫か悲鳴を上げていたことでしょうね。
「くくく……、何だ、こいつら。強そうな外見をしているのに、全然弱いじゃねえか」
壁にはさっき喜熨斗さんに襲いかかった鎧が、壁にめり込んで動かなくなっていた。それも一つだけじゃない。百に及ぶのではないかと思ってしまうくらいの数だ。
「真白のやつも、すっかり奥に行っているみたいだしな。のんびり追っていくから、それまでに神様ピアスを入手しておけよ。今のお前じゃ、弱すぎてつまらないからな」
「もしくは月島とやってみてえな」とも言いながら、走って移動する私とは対照的に、のんびりと建物内を歩いていた。必死になって逃げ回っている私からすれば、その余裕は羨ましい限りです。
結局、鎧の扉の先は行き止まりだった。
これ以上、進んでも仕方ないので戻ることにしたんだけど、途中で私たちを追ってきていた筈の鎧たちが壁にめり込んでいるのが見えた。
めり込んだ鎧はかわいそうに、動きを停止していた。何かとんでもないのが、ここにいるみたいね。
鎧たちと違って、そいつと遭遇したら、面倒そうだわ。早めに退散してしまいましょう。
四枚の絵が描かれた扉がある広間まで戻ってくると、体力の限界に達した私は、イルを放り出して倒れた。
「はあ、はあ……。疲れた……」
こんなに疲れたのは久しぶりだわ。もう体力を使い果たして、立ち上がる気力も残っていない。
「ど、どこかに、シャワーのある部屋はないかな。お風呂でも可……」
汗も大量にかいてしまい、身だしなみを気にする女子としては、洗い落としてしまいたかった。
私がこんなにも、虫の息なのに、イルは次の扉に入ろうとせがんでくる。
「お姉ちゃん。次は魔法使いの絵が描かれた扉に入ろうよ!」
イルの空気を一切読まない発言が、頭を悩ませる。
「ちょっと……、たんま……」
休憩を哀願しても、駄々をこねて、聞き入れてくれない。この子って、可愛い外見の割に容赦がないわね。しかも、魔法使いの扉って、魔女のお婆さんが来そうな薄汚いローブが箒に跨って飛んできそうじゃない。さっきの鎧は剣を振り回すだけだったのに対して、杖を振り回して炎で攻撃してくるとか、しそうだわ。そう思うと、全身が震えた。こんなに疲れているのに、そんなのに追われたらひとたまりもないわ。
どちらかというと、魔法使いの扉より、お姫様の方が当たりの気がするのよね。あの四枚の絵の中では、一番高貴で、神様ピアスみたいなお宝が安置されていそうじゃない。単純に考えるのが、正解に最も近いと思うのよね。
イルに提案してみると、きっぱりと断ってきやがった。何でよ!? あなたくらいの年齢の女の子だったら、普通はお姫様を真っ先に選ぶものじゃないの?
「僧侶やお姫様の扉だと、何が起こるのか予想できないから嫌。魔法使いの扉なら、どういうのが出てくるのか分かるから、却って安全だよ」
「ぐっ……!」
正論が返ってきてしまい、もう黙るしかなかった。これでは私の方が、考えていないみたいじゃない。
「お姉ちゃんはお姫様の方に行きたいの?」
さらにグサリと私の内心を見透かしたように、鋭い指摘をするイル。この子を少々見くびっていたかもしれないわね。
「じゃあ、二手に別れる?」
「こらこら……」
ずいぶん大胆なことを言うじゃない。さっき私が担いで逃げたから、ここまで戻ってこられたっていうのに、これだからお子様は……。
でも、イルって、『神様フィールド』のプログラムなのよね。もしかしたら、私よりも戦闘力があって、さっきの鎧くらいだったら楽勝なのかもしれないわ。
思いを巡らしていたら、どんどんそんな気がしてきた。弱そうに見えて、実は強いという設定は、漫画でよくあるし、現にイルは鎧から追われている時もずっと余裕だったじゃないの。あれ、もしもの際に、自分が戦えば大丈夫だから、余裕だったんじゃない?
別れちゃう? 二手に。もしイルがやればできる子だったら、一緒に行動する意味もないし、私だって小さい子を担ぎながら行動しなくて済むし、効率も良いじゃない。
小さい子を一人で危険な場所に向かわせるという、倫理上の問題を横に置いて、本気で二手に別れることを考え始めていた。
バァ~ンと大きな音がして、騎士の絵の扉が吹き飛んだ。考え事に夢中になっていたので、思わず飛びのいてしまった。
「なっ、何なの? 何が起こったの!?」
携帯している警棒を構えて、何者かの襲来に備えた。でも、扉を吹き飛ばして現れたのは、月島さんの昔馴染みである喜熨斗さんだった。
「けっ! ここの騎士どもは、手ごたえがないやつばかりだぜ。ゴミだな、マジで」
文句を言いながら、顔を出した。話から察するに、鎧たちを壁にめり込ませていたのは、喜熨斗さんのようね。久しぶりに会うけど、相変わらず滅茶苦茶な人だわ。
「さて。他の扉にも入るか。ここよりはマシなことを心底願うぜ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
喜熨斗さんが、私の存在に触れることもなく、そのまま立ち去ろうとしていたので、慌てて呼び止めた。喜熨斗さんは、どうでも良さそうな顔で振り返ると、ようやく私に気付いてくれたようだった。このことを、キメラたちが聞いたら激怒しそうだけど、この時の私は、そんなことは知らなかった。
「てめえは確か、月島の義妹の真白……」
「ああ、忘れていたぜ。てめえを追って、ここまで来ていたんだった!」
「え? 私を追って?」
きっと月島さんが頼んでくれたのだろうと、無邪気に顔を輝かせた。以前助けてもらったことがあるので、まさかキメラの命令で、私を抹殺に来たとは、夢にも思わない。喜熨斗さんを信頼しきっていたのだ。
「本当に助かりますよ。喜熨斗さんが出てきたところにいた鎧たちに追っかけまわされて、この先どうしようかと思っていたところだったんです」
「はっ! あの程度の連中に背中を見せるなんて、だらしねえなあ」
「ははは……、面目ない」
物言いは辛辣だけど、ここで喜熨斗さんに出会えたのは、本当にありがたいわ。
「ここには何で来たんだ?」
「はい。神様ピアスがあるかもしれないので、探索に来ました」
「へえ、そいつがねえ」
喜熨斗さんの視線が、イルをとらえる。喜熨斗さんに怯えてしまったのか、イルが厳しい顔で、私の後ろに身を隠してしまった。
私がいくら、喜熨斗さんは怖い人じゃないと伝えても、警戒を解こうとしない。
「お姉ちゃんは分かっていないよ。この人、危険だ……」
いくら宥めても、そればかりだ。気を悪くされるのも嫌なので、喜熨斗さんに謝ると、「こいつの方がよっぽど分かっているな」と、むしろ上機嫌だった。何か、私だけが蚊帳の外にいるみたいで、良い気がしないわね。
「よし! せっかく会えたんだ。神様ピアス探しを手伝ってやるよ」
「良いんですか!」
願ってもない申し出だった。喧嘩の腕が優れている喜熨斗さんが加わってくれたら、鬼に金棒だわ。
「その代わり、能力を得て、強化したら、真っ先に俺と殺し合いを演じようぜ」
「……へ?」
これまた、藪から棒の一言に、私は硬直してしまった。殺し合いって……?