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第百十八話 去りゆくあなたへ、一輪の花をささげましょう

第百十八話 去りゆくあなたへ、一輪の花をささげましょう


 キメラとの二度目の対戦は、またも敗北という形で幕を閉じた。でも、手も足も出なかった前回に比べて、かなり肉薄してきている。


 しかも、私にはさらに強くなる希望があった。他の異世界で神様ピアスを見つければ、それと交換で、新しい能力を手にすることが出来るのだ。


 三度目はきっと勝てるという希望と、お姉さんを残していく後ろめたさと共に、私は別の異世界へと移動した。


 私を寸前に取り逃した揚羽は、露骨に嫌悪の感情をあらわにした。


「くそ……! 真白のやつを取り逃がしたわ。キメラと二人がかりで攻めれば楽勝だったのに……!」


 ほとんど勝利を手にしていただけに、それを逃した揚羽の怒りは相当なものだった。もっとも、私からすれば、ざま見ろという思いでいっぱいだけどね。


 心底、忌々しそうに吐き捨てた揚羽だったけど、腰に付けている人形に目をやると、辛辣な笑みを見せた。


「見せしめにこの人形を燃やしてやろうかしら。あいつ、妹想いだから、きっと発狂するわよ」


 腹立ちまぎれに、冗談じゃないことを口にした。私がこの場にいたら、顔を真っ赤にして罵倒しているところだけど、今回は意外にもキメラが制した。


「腹いせは止せ。そんなことで人形に手をかけるのは、許さない」


「え~、キメラだって、この人形の争奪ゲームに参加していたんでしょ? 今更それはないよ」


 不満をあらわにする揚羽に、キメラは諭すように話した。


「彼女にも言ったけどね。僕が潰しに走るのは、必要に駆られた時だけだ。萌ちゃんが僕の障害になることはまずないだろうからね。マスターとの約束を優先するよ」


「マスターの約束って、そんなに大事なの?」


 頬を膨らませる揚羽に、キメラは首を縦に振った。彼からすれば、マスターである私の父は、親みたいなものだから、無下に命令を無視することも出来ないんでしょうね。


「それに、今はイルの処理が先決だ。他のことに手を煩わせている暇はない」


 何が何でもイルを殺したいらしい。当然ながら、私たちを追う気満々でいる。殺気を含んだキメラの表情を見つめながら、そういうことなら、仕方がないかと揚羽も機嫌を直した。きっと頭の中では、追いついたら、どうやって私を潰そうか考えているに違いないわ。


 揚羽は視線を、虫の息の姉へと向けた。もう黄色のピアスが砕ける寸前で、私たちを追ってこられないことを知った上で、見せびらかすような口調だ。


「という訳で、私たちは今からお姉ちゃんの逃がした真白たちを追っかけるね。お姉ちゃんはもう死ぬから、関係ないだろうけど」


 顔がくっつきそうな距離で挑発されるが、お姉さんは取り乱すこともなく、落ち着き払っていた。


「死ぬことなど怖くはないさ。どうせ一度終わった命だ。それをまた失うことになった。ただそれだけの話だ」


 最期の言葉とも取れる短い言葉を呟くと、お姉さんは大きくため息をついた。それが済むと、視線を妹からキメラへと移した。


「お前のことは嫌いだけど、感謝もしているんだ。延長戦とはいえ、生前に望んでいたことが出来たんだからな」


「僕の気まぐれが、君の救いになっていたというなら、嬉しいよ」


 顔は笑っていないが、口調は穏やかだ。


「ふん! 何が望んだことよ。結局、また死ぬんなら、意味がないじゃない。人間、死んだら終わりなのよ!」


 揚羽の言葉は正論にも聞こえる。だが、お姉さんは、揚羽を憐れむように見つめながら、一言漏らした。


「死んだら終わりか。それなら、お前だって終わりじゃないのか?」


「……止めろ」


 揚羽が顔色を変えて、お姉さんに静止を求める。だが、お姉さんは構わずに続ける。


「お前だけじゃない。他のキメラの仲間たちだってそうだ」


「止めろと言っているんだ。これ以上、その話をするな!」


 語調を荒くして、脅迫にも近い言葉で、再度静止を求めた。しかし、もう最後の時を迎えているお姉さんの耳には届かなかった。


「だって、そうだろ? 私たちは、みんなもう死んでいて、黄色のピアスの……」


 お姉さんの言葉を遮るように、無数の『スピアレイン』が突き刺さった。圧倒的な止めの槍に、お姉さんは最後の言葉を中断させられて、消滅してしまった。言葉を遮られたお姉さんはただ愛おしそうに妹を見つめていた。


「それを言うんじゃねえよ……」


 私を取り逃した時以上の、不快な顔で毒づいた。


 しばらく、キメラも、揚羽も、お姉さんが横たわっていた場所を見つめていた。周囲は不気味なくらいに静まり返って、揚羽が肩で息をしている声だけが聞こえた。


「死んじゃったね」


 静寂を破るように、キメラが呟いたが、揚羽からの返答はなし。険しい顔で、肩を震わせた呼吸を続けていた。


(感慨はナシか。元は姉想いの性格だったと聞くが、ふとした弾みでここまで変容してしまうとはな。琴音。君は望んでいたことが出来たと満足していたようだが、本当にやりたかったことは、妹と元通りに……)


「何を黄昏れているの?」


 思案に耽るキメラに、揚羽が声をかけた。にこにこと笑顔を作ってはいるが、キメラが何を考えているのかについては予想がついているらしく、そんなことを考えるなと、無言のプレッシャーを放っている。その意図を汲み取ったキメラは笑い返して答えた。


「たいしたことじゃないよ。ただ一度救った命を、自分の手でまた終わらせるのは、気分のが良いものじゃないからね。さて、こうしてはいられない。早く真白ちゃんたちの後を追おうか」


「ええ!」


 キメラの誘いに応じる揚羽の脳内には、もうお姉さんは存在しないのだろう。かつて、あんなに慕った姉を、自らの手にかけたというのに、自重の念はまるで見られない。涙も流していなかった。


「罪滅ぼしにもならないかもしれないが、こんなふうにしてしまった責任は、最後まで持つつもりだ。君は天国で安らかに眠ってくれ」


「ん? 何か言った?」


「ただの鼻歌だよ。最近、お気に入りのを見つけたんだ」


 揚羽の問いをはぐらかして、キメラは私たちを追って、別の異世界へと向かうことにした。移動する直線、近くにたまたま生えていた一輪の花をつまみ上げると、お姉さんが消滅した場所に置いた。彼なりの手向けらしい。




 一方、私はイルに誘われるがままに、別の異世界に降り立っていた。


 お姉さんを一人残すのは心残りだけど、黄色のピアスはすぐに砕けるだろうから、変なことはされない筈でしょう。


 そんな呑気なことを考えながら、私はこの後の作戦を練っていた。お姉さんは既に亡くなっていて、もう会えないとは夢にも思っていなかった。


「ここがキメラからも逃げ切れる世界なの?」


 私が訪ねると、得意満面と言った感じで、イルが胸を張って答えた。


「その通り! ここならキメラからだって、逃げられるよ!」


 イルに連れてこられたのは、アラビア風の世界だった。都心の大都市並みの人口密度を誇っていて、膨大な数の人が行き交っていた。


「逃げられるかあ……」


 疑う訳じゃないけど、あまり信憑性がない話ね。この異世界にログインする時だって、特別な手段を用いた訳じゃないし、キメラたちだって、追って来ようと思えば、簡単に来られる筈じゃないかしら。


 まさか、人ごみの中に紛れてしまえば、キメラも見つけられないというオチじゃないでしょうね。


「ありうるわ……」


 イルの考え付きそうなことに、気分が沈みそうになったけど、頬を両手で叩いて、仕切り直す。


 とにかく、いつキメラに襲われても良いように、しばらくは警戒を怠らない方が良さそうね。


「イル。あなた、まだお腹一杯じゃないわよね」


「うん。私、いくら食べてもお腹一杯にならないから、どんどん食べられるよ」


 お腹が一杯にならないということを聞いて、少々感心した。コンピュータのプログラムだけあって、体の構造が違うようね。


 とにかく、神様ピアスを渡せば、食べてくれるということね。


「……この世界にも神様ピアスはある筈だわ」


 それと引き換えに、また新しい能力を習得して、再チャレンジよ。向こうがどれだけ協力でも、イルがいる限り、勝機はあるわ。


「このままキメラに追いつかれて、何も出来ずにログアウトさせられたら、お姉さんに合わせる顔がないからね」


 私は拳を強く握って決意したが、それをイルは複雑そうな顔で見つめていた。


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