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第百十七話 お姉さんとの別れ

第百十七話 お姉さんとの別れ


「起きろ!」


「……お姉さん?」


 頬を叩きながら、呼びかけてくるお姉さんの声で、私は目覚めた。


 目を覚ますと、心配そうに私を見つめるお姉さんとイルの顔が目に入ってきた。


 覚醒して少しの間は、不思議そうに辺りをキョロキョロと見回していたけど、キメラたちの姿を見て、意識を失う前のことを思い出したわ。……そうかだ。揚羽の攻撃で、私は意識を失っていたんだっけ。


 状況から察するに、意識を失って倒れた私を、キメラたちの攻撃を躱しながら、お姉さんが起こしてくれたのだろう。


「またお世話になっちゃいましたね」


 何度目になるか分からないお礼を、お姉さんにした。お姉さんは呆れたような顔をしていたが、それでも笑顔は優しかった。


「全く世話が焼ける……」


「面目ないです……」


 照れ隠しのために、つい笑ってしまったけど、私一人だったら、不味いことになっていたわね。


 黄色のピアスを確認したけど、新しい傷はついていなかったから、意識を失っている間にダメージを受けることはなかったみたいね。


 安堵の息を漏らそうとする私を憐れむように、キメラが前に出て、お姉さんが隠そうとしていたことを明かした。


「ずいぶん無理をしてしまったね。真白ちゃんのために」


 それまで笑顔だったお姉さんの顔が凍りつく。余計なことを話されて、本性が垣間見えた悪役を彷彿させるわね。


 キメラの言葉の意味が分からず、私はポカンとしていたけれど、乾いた音を立てて落ちたピアスの破片で、事の重大さに気づいてしまった。


 私のピアスをもう一度確認したけれども、やはり異常なし。ということは……。


 お姉さんのピアスが見るも無残にひび割れていた。もう完全に砕けるのは時間の問題に見える。


 慌てて、お姉さんの全身を確認すると、背中に緑のナイフが突き刺さっていた。おそらくキメラがやったのだろう。


「ご、ごめんなさい。私のせいで……」


 お姉さんだけなら、こんな攻撃は喰らわなかっただろう。私が意識を失ったばかりに、致命傷を負わせてしまった。助っ人として、駆けつけておきながら、何という失態を犯してしまったのだろうか。


「ははは。責任を感じることはない。悪いのは、私にナイフを突きつけたキメラだ」


 いっそ、言葉の限りに罵倒してくれれば、気が楽だったのに、お姉さんは相変わらず優しく接してくれた。でも、ログアウトするのは時間の問題だった。


「済まないが、私はもうすぐ消滅する。そうなると、お前一人であの二人を相手にしなければいけない。不利になるのは目に見えている。悔しいだろうが、ここは一旦退け。避難場所は、お前に懐いているお嬢ちゃんに聞けばいい。キメラと同じで、異世界には詳しそうだからな」


 イルは不思議そうな顔でお姉さんを見ている。


「お姉さん……」


「そんな捨てられた子犬みたいな顔をするな。ただ単にゲームからログアウトさせられるだけだ。死ぬ訳じゃない」


 死ぬ訳じゃないという言葉を聞いて、いくらか救われた気分になった。そうか。そうよね。私としたことが、気が動転していたわ。


 そうよ。黄色のピアスが一つなくなるだけじゃない。キメラを脅して、新しいのを作らせればいいだけよ。


 そう思うと、さっきまで狼狽していたのが、少しだけ恥ずかしくなってしまった。


「逃がすと思っているのかい?」


 お決まりの台詞で、キメラが立ち塞がろうとする。でも、予想済みとばかりに、お姉さんが庇うように立ってくれた。


「私が足止めするから、お前はお嬢ちゃんを連れて逃げろ。私たちと違って、その子は完全に消滅させられたら、死ぬ。絶対に守りきれよ」


「はい」


 イルを抱く手に、思わず力が入ってしまう。私の行動に、この子の命がかかっていると思うと、責任を感じるわね。


「……もう行くの?」


 もう行くのって、こんな時にまで、イルは緊張感のないことを言っている。早く逃げないと、自分が危ないことになるというのに。


「そうよ。ここは危険だから、他の異世界に行くの。そこであなたの好きな青いピアスを探して食べさせてあげるから、期待していなさい」


 てっきり顔をほころばせて喜ぶかと思っていたが、難しいことを考えているような顔のまま。


「あのお姉ちゃんに、他に言うことはないの? きっと後悔するよ」


「?」


 変な子だとは思っていたけど、やっぱり何を考えているのか分からない子ね。言いたいとこがあるのなら、はっきりと口にしてほしいものよ。


「何を親しげにグダグダしているのよ。キメラが言っているでしょ。逃がさないって!」


 揚羽の罵倒する声で、我に返る。


 おっと! しんみりと話し込んでいる場合じゃなかったわ。私たちは依然、攻撃を受けているのだから。


「急げ。私のピアスが砕けるまで時間がない。これと引き換えに、逃げるまでの時間を稼いでやるから、早くしろ!」


 お姉さんも少し焦ったように、私たちに避難を急かした。神様ピアスの傷がさらに進んでいることから見ても、時間がないのだろう。


「イル。あなた、キメラが追ってこられないような世界を知らない? あるなら、そこに逃げるから教えてほしいんだけど」


 そんな都合の良い世界があるとは思えないけど、闇雲に逃げ回るよりはマシでしょう。何と言っても、向こうはメインプログラムだからね。ただ逃げるだけじゃ、普通に逃げても、追いつかれるのは時間の問題だからね。


「あるよ。新しくできたばかりの異世界なんだけどね」


 イルは何の気なしに答えてくれた。やはり聞いてみるものね。出来たばかりの世界というのは、今は処分されてしまった、あの巨大な花から生み出された異世界の一つね。どんな異世界なのか分からないけど、贅沢も言っていられないわ。


「じゃあ、そこに行くわよ。案内してくれるわよね」


 イルは無言で頷いた。


 そこにも神様ピアスはある筈。それと引き換えに新しい力を手に入れないとね。いえ、何も一つだけにとどめることもないわ。他の異世界も渡り歩いて、力を貯めて、いつかお姉さんの仇を取ってやる。


 イルを抱えると、お姉さんに振り返って、現実世界での再会を誓って、挨拶した。


「お姉さん。異世界ではしばらく会えなくなるけど、今度現実世界で遊びましょうよ。お世話になったお礼もしたいし」


「ああ、楽しみにしているよ」


 私と約束を交わすお姉さんが、何故か悲しそうにしているのが気にかかった。他の人間は、みな一様に何か言いたそうな顔をしている。まるで、私だけが事情を知らずに、はしゃいでいるみたいで、気持ち悪いわね。


 モヤモヤしたものを抱えつつ、別の異世界にログインした。キメラと揚羽は、妨害してこようとしていたみたいだけど、お姉さんの気迫に押されて、結局私を止めることが出来なかったわ。さすが、お姉さん!


 お姉さんが昔、いじめを受ける側だったことを、一切知らない私は、お姉さんの強さに、ただただ敬意を払った。


 そんなお姉さんも、私の姿が見えなくなると、全ての力を出し尽くしたと言わんばかりに、その場に倒れた。


「悪いな、真白。私は嘘をついた……」


 本当はもう会えないことを知った上で、私を悲しませないために、出来ない約束を敢えてしてくれたのだ。


「いいのかい、あんな約束をして。君はもうすぐ死ぬ人間なんだろう?」


 キメラが憐れむように声をかけてきたが、お姉さんは自著的に笑うばかりだった。


 そう。お姉さんは、本来はもう死んでいる人間だったのだ。瑠花と同じように、黄色のピアスで、命をこの世に留めていたにすぎない。それが砕けるということは、完全な死を意味していた。


世間ではバレンタインで浮かれているというのに、今回の話は恋愛の「れ」の字も出ませんでした。まるで、私の……。おっと!

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