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第百十六話 ある姉妹の話

今回は番外編です。フードのお姉さんの回想話で、あまり愉快な話ではないです。

第百十六話 ある姉妹の話


 時間は夕方。すれ違う人の顔がみな笑顔に見えてしまう。苦痛しかない一日がようやく終わる。


「今日もたくさん殴られたな……」


 いつから始まったのか、もう覚えていないが、私は学校でいじめに遭っている。いじめられるようになった理由に心当たりは特にない。大方、私の言動が気に障ったとか、その程度のものだろう。もしかしたら、ただ誰かをいじめたいだけで、ターゲットが私でなくても良い可能性すらある。


 どちらにせよ、いじめは理不尽なことなので、抵抗しなければいけないのだが、生まれつき気弱な性格の私はされるがままの状態だった。せめて、妹の半分くらいの気骨があればと思いながら、息を潜めるように毎日を過ごしていた。


「お姉ちゃん!」


 いきなり大きな声で呼ばれて、ビクリとしてしまった。こんな驚くこともないのだけど、日常的に殴られているせいで、過剰に反応するようになっているのかもしれない。周りには、他に人がいないので、声の主は私を呼んでいるのだろう。


 いや、そんなことよりも……。


「揚羽? どうしてここにいるの!?」


 両親が離婚した時に、父親に引き取られていった妹が目の前に立っていた。別れた時と、寸分変わらぬ笑顔が眩しい。


「えへへ。お父さんと喧嘩して、家出してきちゃった」


「家出!?」


 妹の取った無謀な行動に、素っ頓狂な声が思わず出てしまった。


「それでね。ほとぼりが冷めるまで、お姉ちゃんたちのところに泊めてもらおうと思ってさ」


「相変わらずねえ……」


 呆れながらも、つい声が弾んでしまう。別に友人の家に駆けこんで良かったのに、わざわざ私のところを選んできてくれたのが嬉しかった。昔と変わらない可愛い妹だ。


 だが、その和やかな雰囲気は唐突に崩れた。妹が、私の傷に気付いたのだ。まあ、顔中傷だらけだったので、気付かれない方がどうかしているのだけどね。


「ていうか、どうしたの、その傷?」


 体中に出来た傷を、不思議そうに見つめる揚羽。妹がちょっと焦ったように、じろじろ見つめてくる。その純粋な瞳に、私は思わず後ずさってしまう。


「学校の階段から転げ落ちちゃったの。私って、ドジよね」


 咄嗟に口から出てきたのは、いかにも嘘くさい言葉だった。もう少しマシな嘘がつけないものだろうか。ほとほと嘘がつけない性格に嫌気がさす。でも、妹は「そうなんだ」と、妙にあっさり納得した。


 その後、妹は言葉巧みにお母さんを説得して、そのまま家に転がり込んだ。昔から調子のいいところはあったが、そこのところは相変わらずらしい。


 一人増えただけで、食卓はずいぶん明るくなった。私もお母さんんも暗い性格だったから、ムードメーカーの存在は大きいのだろう。


 頼みもしないのに、学校や友人のことを、まくし立てるように話し続けた。妹の顔を見ていれば、詳しい話を聞かなくても、毎日が充実しているというのが手に取るように分かる。その話に耳を傾けながら、正反対の学園生活を送っている私は羨ましく思ってしまう。


「お姉ちゃんの方はどんな感じ?」


 一通り自分のことを話し終えると、次は私の話を聞きたがったが、自分の話など恥ずかしくて、とても出来ないので、笑って誤魔化した。


 妹は、その後も家に居座るつもりだったが、いつまでもお父さんと喧嘩したままは良くない。渋る妹を根気よく説得し続けた。私の説得に重い腰を起こして、どうにか元の家へと戻っていった。


 それまでが明るかっただけに、妹がいなくなった途端、また生き地獄のような生活が戻ってきた。


 ただ、一つの変化が起こっていた。私をいじめていたグループの主犯格が、他の高校に生徒にリンチされて入院したのだ。


 そのおかげか、いじめは依然続いていたが、だいぶ緩和されたものになっていた。


 でも、これで気分が明るくなってしまう辺り、相当病んでいるなと、自嘲的に笑いながら、帰路についていた。


 呼び止められたのは、数日前に妹から声をかけられたのと、同じ場所だった。


「お姉ちゃん!」


 数日前に、家に帰った筈の妹がそこに立っていた。また家出してきたのかと思って、彼女を見て、唖然とした。


「どうして……?」


 何故か、妹は、私の学校の制服を着ていた。時々、意味不明なことをして、私をからかうことはあるが、この行動の真意は本気で分からない。妹の行動の意味が分からず、呆けている私に向かって、あっけらかんとあり得ないことを話し出した。


「私ね。お姉ちゃんの高校に転校することにしたの」


「……え?」


 いきなり何を言い出すのだろうか。私は冗談だと思って聞いていたのだが、どうやら本気らしい。しかも、妹が続けて話したことに、さらに面食らってしまった。


「……それでね。お姉ちゃんをいじめた連中をみんなまとめて地獄に落としてあげるんだあ……。アハハ……!」


 手始めに主犯格の少年を、病院送りにしてやったらしい。これを皮切りに、私を苦しめてきた連中を一網打尽にする気なのだ。


 妹は、私がいじめに遭っていることに、とっくに気付いていたのだ。


 そりゃそうよね。幼稚園児じゃないんだから、顔に出来た傷が転んで出来たものでないことくらい、すぐに分かるわ。


 今思えば、あの頃から揚羽はおかしくなっていたのかもしれない。その兆しは、確かに見えていた。でも、私は妹が自分のために転校までしてくれたことに対する、喜びと不安の方が重要だった。


 いや、そんな綺麗なものではない。自分がいじめから救われようとしていることを、無邪気に喜んでいただけだ。そのことで、妹がどうなろうが、あまり重要には思っていなかったような気さえする。


 つまり、私は自分のことしか考えていなかったのだ。そのせいで、妹がおかしくなっていっているのも、見てみぬ振りをした。


 本当は、あの時、いじめなど自分でどうにかするから、馬鹿な真似はするなと叱りつけるべきだったのだ。


「私の大事なものを傷つけるやつは許さない。絶対にね」


 安い正義の味方が言いそうなセリフを呟いて、妹はクスリと笑った。


 妹は、その後、私をいじめていた連中を、せきを切ったように血祭りにあげていった。その過程で、いじめとは無関係の人ともトラブルになることもあったようだが、私はずっと黙って見ているだけだった。ただ、いじめがなくなっていくことに、ホッと胸を撫で下ろすだけだった。姉としてしなければいけないことを、丸っきり放棄していたのだ。


 気が付いたら、妹は学園の支配者に上り詰めていた。妙なオカルトじみたことにも、精通するようになっていた。


 妹の目はもう、私を見ていなかった。




「……こんな時に、なんて夢を見ているんだ。私は」


 思い出したくもない、過去の過失を夢に見たせいで、気分は最悪だ。そうでなくても、最悪な状況にいるというのに。


 ……まだ消滅していなかったか。私も結構しぶといんだな。


 確かキメラに痛い目に遭わされたんだっけな。瞬殺されたかと思ったのに、止めを刺さないとは、性格の悪いやつめ。


「お姉ちゃん、動いちゃ駄目だってば」


 立ち上がろうとする私に、妹が声をかける。私を心配しているように聞こえるが、言葉に温もりがないことは、私にははっきり分かる。


 私のために動いてくれた、乱暴だが、優しい妹の面影は、もう残っていない。


 やり方は間違えていたとはいえ、私のことを一途に想ってくれていた自慢の妹の変貌を思うと、未だに悲しい。


 黄色のピアスにガタがきていることは、触らなくても分かる。私の命ももうすぐ果てるか。不思議と怖くない。この時がきたら、もっと怯えるものだと思っていたのだけど、意外に冷静なものだ。


 さて。残りの時間で、何が出来るかな。このまま何もせずに、死ぬことだけは、何としても避けねばなるまい。


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