第百十話 賽は投げられた
第百十話 賽は投げられた
揚羽とのゲームの最中、キメラがいきなり乱入してきた。狙いは、異世界で私たちが出あった女の子。イルという名前らしいけど、この子が生きていると、キメラには、非常に都合が悪い様子。イルを前にして、いきなり殺害宣言までする始末で、いつもの余裕たっぷりの態度は影を潜めていたわ。
私の存在など無きに等しいかのように、堂々と接近してくると、そのままイルの首に、右手を添えようとした。そこで、月島さんにその手首を掴まれて、険悪な状況になってしまった訳よ。
「この手をどけてもらえないかな?」
「邪魔だったら、力づくで引き剥がしてみたらどうだ? もっとも、出来ればの話だけどな」
怖いもの知らずの月島さんの言葉は、非常に心強いものだけど、大丈夫かしら。相手はキメラ。この異世界で最も力を持っている存在よ。
もしもの時に備えて、いつでも『スピアレイン』を放つ心の準備だけしていると、先に動いたのは、向こうだった。
月島さんに向かって、真っ黒い斧が振り下ろされた。月島さんはキメラを握っていた手を放して、難なく躱すと、私の横まで飛びのいてきた。
斧を振り下ろしたのは、御楽だった。あの斧は確か『魔王シリーズ』の一つ、『最終審判』だ。久しぶりに見るけど、相変わらず髑髏で埋め尽くされている。本当に趣味の悪い外装をしているわね。御楽は私たちを見ると、あまり悪びれた様子も見せず、言葉だけの謝罪をしてきた。
「ルール違反しちゃって、ごめんね~。俺は反対したんだけど、キメラも参戦すると言って聞かないのよ」
その言葉を聞いて、私の血液は沸騰しそうになるくらい急上昇したわ。興奮のあまり、否応なしに感情的になる。
「あんたが参戦するなんて、聞いていないわよ。というか、途中参加なんて、ルール違反だわ! あの巨大なビルにとんぼ返りしなさいよ!」
キメラに向かって、強い言葉で罵倒してやった。向こうはあまり気に留めていなかったようだけどね。
揚羽の話では、揚羽と御楽以外は途中参加しないと聞いていたわ。土壇場で、キメラが参戦してくるなんて、いくらなんでも理不尽よ。
噛みつかんばかりに、まくしたてる私を、手で制して、キメラは言い訳を始めた。
「心配するな。僕がこれから行うのは、イルの処刑だ。君たちは、ゲームを続行してくれればいい」
問題ないとキメラは言っているけど、それって、ゲームに乱入するということじゃない。何の説明にもなっていないわ。
「それが何? はいそうですかと言って、この子を黙って、あなたに差し出すとでも思っているの?」
そんなことをする訳がないじゃない。寝言も休み休み言ってほしいものだわ。
「それなら、僕と一戦交えることになるね。仕方がないことだけど」
自分に都合の良い解釈をしているわね。御楽はというと、私から視線を外して口笛なんか吹いている。どいつも、こいつも、人を馬鹿にしてくれるわ。
手に入れたばかりの『スピアレイン』で串刺しにしてやろうかと考えていると、イルに袖を引っ張られた。
「ねえ、お姉ちゃん。私、殺されちゃうの?」
自分の運命を分かっていないのか、不思議そうな顔で私に尋ねてくる。この子が何者か分からないけど、キメラにとっては不味い存在で、私たちにとっては切り札になりうると言うことは理解したわ。
「大丈夫よ。私が守るから。あなたは死なない」
私が力強く宣言すると、イルは嬉しそうに笑った。笑顔だけは無邪気なのよね、この子。計算高いところがあるけど。
「……僕の邪魔をするのか? あまり賢い選択じゃないな」
「今更何を言っているのかしら。私があなたの邪魔をしなかったことなんて、今まで一度でもあった?」
こっちには、あんたたちの専売特許である『魔王シリーズ』の能力もあるのだ。前回みたいに、あっさりとやられてあげないからね。
私の反発など、キメラにとっては規定事項の様で、表情を変化させることなく、少し大きめの息を吐いた。だが、徐々に殺気が高まっているのだけは、長年の経験で察することが出来た。
「本格的に乱入してくるつもりらしいな」
「ああいうことされると、場が白けちゃいますね。痛い目に遭わせて、泣いて帰ってもらいましょう」
戦力的にはこっちが振りだけど、窮鼠猫を噛む。追い詰められた鼠の底力を見せてあげるわ。でも、真正面からの特攻を主張する私と違って、月島さんには作戦があるみたいね。
「向こうがそう来るなら、こっちもそれなりのことをしないか?」
「?」
月島さんが何を言いたいのか分からなかったが、耳打ちで内容を伝えられると、二つ返事でその案に飛びついた。
「それ、面白そうですね。やっちゃいましょう」
正面からぶつかるのも面白いけど、月島さんの作戦で行く方がさらに面白そうだわ。断る理由もないし、二つ返事で了解です!
不敵に笑う私たちを見て、猜疑心が呼び起こされたのか、有利な立場にいる筈の御楽の表情が曇る。
「あいつら、何かするつもりだぜ」
「正面から感情的に突っ込んでこない分、真白ちゃんも成長したんだろ。まあ、何を思いついたかは、大方予想はつくけどね」
キメラも、月島さんと同じように、御楽へ耳打ちで指示を飛ばした。怪訝な表情をしていた御楽も、指示を聞くと、私と同じように、不敵な笑みを漏らした。
「なるほど。そっちの方が勝率も高くなるもんな。馬鹿正直に正面衝突して、不利な戦いを繰り広げることもないか」
御楽も一応納得したようで、また余裕を帯びた態度に戻った。
状況が掴めていないイル以外は、ニヤけた顔をしつつも、相手を真っ直ぐに見据えて、互いの出方を警戒していた。
でも、ずっとこうしていても埒が明かないので、こちらから動くことにしたわ。私に寄り添っているイルに聞いてみる。
「お姉ちゃんたちね。ちょっと慌ただしく移動するけど、いいよね」
「何々? 楽しいことをするの?」
まあ、私にとっては、最高に楽しいことかな。
「そう。これから他の異世界に移動するんだけど、イルは付いてこられる?」
イルはピアスを持っていないようなので、普通に考えれば、別の異世界に移動することなど不可能だけど、神様ピアスを咀嚼したり、能力を他人に譲渡したりするなど、常識を超えたことをしている子だ。異世界間の移動が出来そうな気が何となくしたので、聞いてみた。
「うん! お姉ちゃんに掴まっていれば、一緒に移動できるよ!」
やはり出来たか。まあ、キメラの狙いがこの子だと分かっている以上、異世界間の移動が出来なくても、置いていくようなことはしなかったけどね。
「そうか。じゃあ、抱っこしてあげる」
イルは精神年齢が見るからに幼いので、こういうことをすると喜ぶと思っていたが、目論見通り、飛び跳ねんばかりに喜びを爆発させた。自分が殺されそうになっているという事実を忘れているんじゃないでしょうね。
こんなほのぼのとしたやり取りさえも、キメラは面白くなさそうに見ていた。相当、イルのことが嫌いなのね。
どうして、ここまで嫌われたのかについては、この局面を切り抜けた後で、イルに聞くことにしましょうか。
「じゃあ、そろそろ始めますか」
「はい……」
ここからしばらく忙しくなるわ。その騒動の中で、キメラ、もしくはキメラの仲間を減らすことが出来れば、収穫良しなんだけどね。
深呼吸をすると、月島さんと目配せをして、この異世界からのログアウトを実行した。
キメラたちが後を追ってくるが、それとも、別の作戦に出てくるかは分からないけど、とりあえず分かることは一つ。
賽は投げられた!