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第十一話 瑠花と小桜と部活動

第十一話 瑠花と小桜と部活動


「おい! また間違えそうになっとるで! ほんまはわざとやっとるんちゃうか!?」


 女子更衣室に引き続き、女子トイレに入りそうになったところに、瑠花からツッコミ代わりの蹴りを見舞われた。


 細い外見のくせに、蹴りだけは一級品なので、蹴られたところを抱えてうずくまりそうになってしまう。


 女子用の施設に入ろうとしたら、わざとやった訳でなくても、先生に突き出すと忠告されてから一週間。あまりに私が頻繁に間違えるので、徹底マークされるようになってしまった。ちなみに、武士の情けなのか、未だに先生には突き出されていない。


「大体どうしてそんなに間違えるんや。今まで男として生きてきたんやから、問題ないやろ」


 いや……、この間まで女子で、男子歴は二か月ちょっとなんだよね。だから、間違えているんだけど、どうせ信じてもらえないから、言わない。


 恒例になってしまった説教がまた始まると思ったところで、うちのクラスの男子生徒が二人、私たちの横を走っていった。


「待たんかい! 今日は掃除当番やないか!」


 自分も掃除当番だった瑠花は、声を荒げて呼び止めたが、男子生徒は足を止めなかった。


「悪い。これからバイトなんだ」


「右に同じく」


 呼び止める瑠花を振り切って、男子たちは駆けて行ってしまった。瑠花は走り去る男子たちに向かって、しばらくアホと連呼していたが、やがて静かになった。


「社会勉強にご執心なことで」


「アホ! 神様ピアスを買うために決まっとるやろ」


 やっぱりか。神様ピアスの力で、異世界の支配者にさえなれば、将来の心配をしなくても、遊んで暮らせるようになるのだから無理もない。


「ただのライフピアスが一つ十万円。神様ピアス一つが五百万円や! バイトしたって、すぐに貯まる訳ないのにアホなやつらやで」


「しかも、今は品薄状態で、順番待ちが続いているらしいしね」


 それでも、欲しがる人間が後を絶たないのは、その気になれば、異世界を終の棲家に出来るからだろう。


 さっきの男子生徒に限ったことではなく、神様ピアスを買うために、勤労に励む人間は急増していた。だが、神様ピアスの数は有限。とてもみんなの手に行き渡らず、争奪戦が始まっていた。


「ま! うちは現実世界派やから、関係のない話やけどな」


「そうそう。現実が一番」


 私だって、今は自分の体とお父さんを取り戻すために、異世界に入り浸っているが、問題が解消されたら、すっぱりと縁を切るつもりでいる。


 とりあえず抜けてしまった男子生徒の代役は、私が勤めることにした。助っ人を買って出ると、沈んだ顔をしていた瑠花に、見る見る生気が戻り、私の手を取って喜んでくれた。


「ほんまか! 助かるわあ!」


「気にしないで。瑠花が大変なことになっているのに、見捨てて帰るのも気が引けるだけ」


「くう~、何て良い奴なんや。惚れてまうやないか」


「いや、それは結構」


 ただでさえ、妹に言い寄られて困っているのだ。加えて、親友にまで惚れられてたまるか。




「殊勝な心がけだ。異世界に躍起になっているやつらに、爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいものだな」


 その日の夜、昼間の一件を話すと、煙草を吸いながら、牛尾さんが呟いた。


「彼らを唆したのは、あなたでしょ。甘い汁を吸って、恩恵を堪能しているのもあなた」


 よく見ると、牛尾さんの服装がこの間会った時に比べて、明らかに派手になっている。上から下までブランド物で固めているのだ。


「ああ、ちょっとした臨時収入があってだな……」


「説明しなくていいです。もう分かっていますから」


 説明だって、どうせ自慢話だろ。聞きたくもない。


「それより牛尾さん。実は折り入って頼みがあるんだけど……」


「断る!」


「まだ何も言ってないのに!?」


 あまりにも見事な断れぶりに、唖然としてしまう。せめて話を聞いてから、判断してほしいのに。


 呆れそうになってしまうが、この人のいい加減な性格は想定の範囲内なので、気を取り直して、交渉を続けた。


「じゃあ、面白いものを見せてあげますよ。それについて、詳しい話をしますから、私の頼みも聞いてください」


 ただでは動いてくれそうにないので、出血大サービスだ。とっておきを披露することにした。


「面白いものって、何だ? 脱ぐのか?」


「違います。それのどこが面白いんですか?」


 疑わしそうに私を見る牛尾さんに向かって、バッグから取り出した黄色のピアスを掲げた。見たことのない未知のアイテムの出現に、牛尾さんが目の色を変えるのに、時間はかからなかった。


「それは何だ?」


「特殊な経路で入手したスーパーアイテムです。そして、面白いのはここからです」


 牛尾さんにライフピアスで、異世界にログインするように指示して、一足先にログインした。


 遅れて異世界入りした牛尾さんは、私の姿を見て、驚きの声を上げた。


「なっ……!?」


 私の見せた光景に、牛尾さんもしばらく声を失う。


「どうです?」


「……なかなか面白いことになっているじゃないか。知っている限りを詳しく話せよ」


 よし! 牛尾さんが乗り気になってくれた。私は交渉が順調に進むことを内心で確信していた。




 牛尾さんとの交渉を無事に終えた私は、また昼間学校に行き、放課後から異世界に入り浸る生活に戻っていた。


 今日の授業はもう終わっているので、後は学校を出て、異世界に行くだけだが、ちょっとした問題が発生していた。


 運動部の生徒から追われているのだ。追われているといっても、いざこざがあった訳ではない。運動部に入れと勧誘がしつこいのだ。


 体育の授業で活躍するたびに、激しくなっている。いっそ、手を抜いて、わざと失敗してみるか? いや、でも、演技とはいえ、自分から手を抜くことは私のポリシーに反する。


 とにかく、今は運動部の追撃をかわさなくては。本気で走り始めると、運動部員の姿はぐんぐん遠ざかっていった。女子の時から足は速かったが、男子の体になったことで、スピードアップを果たしていた。ちょっとしたチートになった気分だ。


 運動部員の姿が見えなくなったところで、どこかに隠れることにした。走りながら、隠れるのに適した場所を探していたが、使っていない教室の一つに隠れることにした。


 運動部の連中が追いついてくるまでに、身を潜めてしまうつもりだったが、誤算だったのは、少女が一人座っていたことだ。


「あ……」


 互いに目が合ってしまう。どうしよう。いきなり入ったから、変なやつだと思われていないだろうか。


 謝って、教室を後にすることも考えたが、その時、後方から運動部員の足音が聞こえてきた。やばい、とにかく隠れなくては。


「説明は後でするから、匿ってくれ」


「え? え?」


 少女は返答に窮していたが、私は強引に教室のロッカーに隠れた。


「あの……。あなたを追っかけていた人たちだけど、もう行ったみたいだよ」


 まだ不審そうに見ていたが、俺に危機が去ったことを伝えてくれた。感謝、感謝。


 ロッカーから出ると、少女からじっと見つめられた。頬が染まっていないので、惚れられた訳ではなさそうだ。


「た、確か、転校生の水面くんだよね」


「違う。水無月」


「! はわわわ……。ごめん。わざとじゃないんだよ」


 相変わらず人の名前を覚えるのが苦手なんだな。ていうか、水面はないだろ。


 久しぶりに会った親友のボケにため息が出てしまう。この少女は神宮寺小桜といって、瑠花と同じく、私の親友だった。成績は良いが、周りの女子に比べて、体の発育が遅れているのを、本人は気にしている。


「部活に勧誘されているの?」


「ああ。俺は入る気が一切ないのに、迷惑だよ」


 無駄な時間を過ごしてしまった。私は早く異世界に行きたいというのに。


「そ、それじゃあさ! うちの部に入らない?」


「へ?」


 おいおい、部活に入る気はないって言ったばかりだろ。もしかして、運動部に入る気はないという意味で捉えたのか?


「私たちね。旅行部っていう部活をやっているんだけど、やってみない? 今までは近場の温泉に一泊旅行に行ってばかりだったけど、これからは異世界にも活動範囲を広げようと思っているし!」


 広げる方向を完全に間違っている。健全に外国旅行でも提案した方が、私的には、海外に目を向けてほしいところだ。しかし、親友までが異世界に毒されている現状に、ちょっと悲しくなってしまう。


「今、私を含めて二人しか部員がいなくて、このままだと、定員割れで廃部になっちゃうの。お願い! 私たちを助けると思って!」


 そう言えば、去年は五人だったのに、先輩二人が今年の春に卒業して以来、一度廃部の危機を迎えていたのよね。今年度が終わるまでに部員を二人追加すれば、廃部を見送るという話になっていたけど、私が失踪したせいで、さらに減っちゃって廃部の危機をまた迎えている訳だ。


「二人とも女子だから、今入れば、両手に花だよ。しかも、どっちも彼氏なしだから、狙い放題だよ」


 いやいや、体は男でも、中身は女だから、女子に興味がないのよね。しかも、親友相手でしょ。尚更、対象外。


 でも、このまま困っている小桜を見捨てるというのもな。いやしかし、入ると、異世界に行く時間がまた減るし。


 どうしたものか、私は話すのを止めて、考え込んでしまった。


異世界でなくてもいいので、旅行に行きたいです。ただ仕事の都合がつかなくて、時間ばかりが流れていく日々です。

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