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第百六話 取引

第百六話 取引


 異世界に隠しておいた神様ピアスを回収している途中に、膨大な金髪で作られた龍に襲われてしまった。


 月島さんと、異世界で会った謎の女の子と一緒に逃げてはいるが、状況はあまり芳しくない。


「あの龍……。全然諦めてくれないな」


「そりゃあ、作ったやつが執念深い上に、性格まで悪いやつですからねえ」


 あの龍を作ったやつは、大方予想がつく。どうせ揚羽だろう。あの女、自分が直接来られないからって、あんなものを送ってよこすなんて。


「あいつの狙いは神様ピアスみたいだから、絶対に肌身離すんじゃないぞ。もちろん、その女の子にも渡しちゃいけない」


 月島さんの言葉で気付いたが、女の子は私の持っている神様ピアスに手を伸ばしていた。


「こら!」


 お行儀の悪い手をパンとはたくと、女の子は手を引っ込めて痛がった。ちょっと目を離した隙に取ろうとするなんて、油断も隙もあったものじゃないわ。


「その子は?」


 素行の悪い女の子に呆れ顔をしながら、月島さんが聞いてきた。


「よく分かりません。さっき道端で会った時に、妙に懐かれちゃって……」


「何だ、そりゃ……。今更置いていく訳にもいかないし、どうしたものかね」


 私と月島さんが話をしている間も、女の子は神様ピアスをせがんでいる。これには、月島さんですら、辟易していた。


「君ねえ。どうしてそんなにこのピアスが欲しい訳? お嬢ちゃんみたいな年齢の子に、使い道があるとも思えないけど。それとも、他の大人に取ってきてもらうように言われたのかな?」


 こんなところに、幼い子がいること自体が変だ。犯罪に利用されている可能性も考慮した質問だったのだろう。


「この世界のどこかに、これと同じ青いピアスがある筈だから、そっちを探しなさい」


 また月島さんったら、適当なことを……。これで女の子もすんなり騙されて、どこかに行くかと思えば、女の子は首を横にぶんぶん振った。


「いくら探しても、どこにも見つからないの。たぶんね、この世界にはないのね」


「そんなことないよ。一個はある筈だから。騙されたと思って、探してみなさいよ」


 こんな小さい子に見つけることが出来るとは思わないけどね。


「その一個、たぶん私が見つけて食べちゃった……。だから、もうないよ……」


 女の子は声のトーンを落として話していたが、聞き捨てならない台詞が聞こえたわね。


「食べた? 神様ピアスを?」


「うん! すっごく綺麗だから、パクって!!」


 楽しい思い出を大人に聞かせるように話しているけど、とんでもないことを言ってくれるじゃない。赤ん坊が、小さいものを口に放り込んじゃう話は聞くけど、小さい子がピアスを食べる話は聞かないわ。


「美味しかったから、また食べたいなあって、探していたら、そのお姉ちゃんがピアスを捨てていくのを見たの。もちろん、それもすぐに食べたわ。すごく美味しかった! だから、また食べたい!!」


 捨てていないわよ。ちょっと隠しただけ! 後で回収するつもりだったんだから。何てことかしら。私の神様ピアスは、この三個しか残っていない……。まさか、敵が揚羽意外にもいたなんて。どうせ砕かれることはないと思って、ずさんな管理をしたツケが回ってきたわね。


「君が何者なのかは知らないけど、悪いね。このピアスは俺たちにとって、とても大事なものなんだ。だから、君に上げることは出来ないんだ。諦めてくれ」


 月島さんが諭すように話しているが、目は真剣だ。恐らく、女の子が逆上して襲いかかってくるようなら、迎撃するつもりなんだろう。本当の女の子に手を上げるのは、成人男性としてよろしくないことだが、この子は人間じゃないみたいなので、やむなしということね。


「ただで駄目なら、そのピアスをくれたら、後ろから追ってくる、恐いドラゴンさんを倒せる力を上げるよ。これならいいでしょ?」


 襲ってこないだけマシだけど、力をよこす? 


「……力って?」


「あの金色のドラゴンさんと同じくらいかなあ?」


 あの龍と同じ? つまり、『魔王シリーズ』と同程度の力が手に入るということなの? それが本当なら嬉しいことだけど、そんな上手いことがある訳ないと、私は女の子の話を頭から信じていなかった。


「その顔は私のことを信じていないね?」


 そりゃそうよ。たぶん誰に言っても、同じ反応をされるわ。もし、本当に力をくれるというなら、証拠を見せてほしいくらいよ。私の考えは、女の子にも伝わったらしい。お安い御用とばかりに、こんなことを言いだした。


「お姉ちゃんには、すでに一個ピアスをもらっているからね。代金代わりに、お試しさせてあげる!」


 お試しプレイねえ……。


 訝しる私のおでこに、女の子が手を置いた。軽い眩暈に襲われたけど、すぐに収まった。


「今、お姉ちゃんが力を使えるようにしてあげたよ。試しに使ってみて!」


 使ってみてって……。まあ、いいわ。いつも特殊能力を使っている時と同じ感覚で、試してみるかしら。


 すると、上空から光が射したのだった。見上げると、そこには『スピアレイン』が発動した時に出現する光の球体があった。


 一瞬、揚羽が追いついてきたのかと思ったが、近くに彼女の姿はない。もしやと思って、念じてみると、上空から、私のタイミングで、光の槍が降り注いだ。


「マジかよ……」


 滅多に驚かない月島さんまでが、言葉を失っている。信じられないけど、今のは、私を散々追い詰めてきた『スピアレイン』ではないか。


 後ろでは龍が、依然として、私たちに向かってきている。対抗手段がないから、逃げる一方だったけど、これなら……。


 私は、龍に狙いを定めるように、再度光の槍を降らせた。それもさっきより速いスピードで。


 槍は私の思い通りに動いてくれた。光の槍がヒットすると、龍は地面へと豪快に叩きつけられて、絶叫に近い声で鳴いた。体のあちこちからも、体が焼けるような音が聞こえてくる。龍にダメージを与えることが出来ているわ。


「お姉ちゃん、どう?」


「すごい……。最高よ! のどから手が出るほどに欲しかった、『魔王シリーズ』の圧倒的な力が、この手に溢れているわ!」


 このゲームに勝つどころの話じゃないわ。これでキメラたちにも対抗できる!! お父さんを救うことも可能よ! ……さらに言うなら、憎き揚羽を戦闘でボコボコにしてやることも可能だわ。


 思わぬボーナスに、全身の震えと笑みが止まらなかった。


 崩れ落ちた龍は、すぐに体を起こした。また私たちに襲いかかるつもりらしい。『スピアレイン』を浴びせたというのに、懲りないわね。


「格下をいじめるのは好きじゃないけど、向かってくるというのなら、仕方がないわね」


 あんなに逃げ回っていたのに、『スピアレイン』を手にしただけで、すっかり強気に出るようになった。我ながら、なかなかの増長ぶりね。


「永久に眠りなさい、金髪龍!!」


 決め台詞と共に、『スピアレイン』を発動! ……したつもりだった。それなのに、何も起こらない。


「何も降ってこないけど?」


「あれ? おかしいな」


 月島さんと二人で、顔を見合わせるが、心当たりが一つだけあった。傍らで、ニコニコしている女の子に訳を尋ねてみる。


「能力が使えないんだけど……」


「お試しは終了しました。また使いたいんなら、青いピアスを頂戴!」


 やはりそうきたか……。


「これは、能力を使用するたびに、神様ピアスが一個必要になるのかな?」


「もしそうだとしたら、何とも燃費の悪い話ですね……」


 神様ピアスがいくらあっても足りないわ……。上手い話には裏があるっていうのは、あながち嘘でもないようね。そんなため息をつく私の裾を、女の子はグイと引いた。


「そんなことないよ。今のはお試しだから、途中で取り上げたけど、次はちゃんと能力を渡すからさ。もう能力が使えなくなるなんてことはないよ?」


 だったら、お試しプレイなしで、いきなり使えるようにしてほしかったわ。あ、そうか! 神様ピアスを一個余計にねだるためね。


 そう思うと、合点がいくわ。龍が怒ったのを見計らって、お試しプレイを終了させたわね。こうすれば、こっちが取引に応じざるを得ないから。可愛い顔をして、なかなか性格の悪いことをしてくれるじゃないの。この商売上手め……。


 私が反撃できないのを良いことに、龍は思いきり突進してきた。上手く躱したものの、対抗手段を持たない私たちの旗色は悪かった。


「これって、大ピンチってやつだよね。ね、ね!」


 女の子はしきりに、神様ピアスを凝視しながら、取引を強要してくる。ピアスを差し出す以外に、ピンチを切り抜ける方法はないとでも言いたげだ。


 龍と女の子の顔を交互に見比べながら、思いを巡らせた。この取引が成立すれば、夢にまで見た『魔王シリーズ』の能力が手に入る。でも、与えたピアスが当たりだったら、私も萌も二人とも死んでしまう。究極の選択を迫られてしまったわね。


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